杯が乾くまで

鈴木真弓(コピーライター/しずおか地酒研究会)の取材日記

富士山~水の恵みと銘酒

2013-07-03 09:02:46 | 地酒

 富士山の世界文化遺産登録に関する記事、6月23日・24日に続いて、7月1日・2日にも中日新聞広告特集に掲載しました。

 2日の記事では、水にまつわるお話を紹介しました。6月30日のNHKスペシャル富士山で紹介された幻の地下水源探検のようなスペシャルなネタではありませんが、個人的にはなんとか地酒ネタにつなげようと頑張りました(笑)。

 この夏は、富士山を登る人も眺める人も、冷酒でスカッと乾杯してくださいね!

 

 

水の山・富士山の恵み<o:p></o:p>

(中日新聞 7月2日朝刊 祝・富士山世界文化遺産登録広告特集)

 

 

富士山は、世界遺産登録基準の文化的項目によって評価されたが、精神文化を育んだ自然の美しさや気高さにこそ価値がある。とりわけ、信仰や芸術の“源泉”となった湧水や伏流水、富士山の景観美を倍増させる湖沼や海・・・富士山ほど〈水〉と相性のよい山も珍しい。(文・写真 鈴木真弓)<o:p></o:p>

 

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湧玉池(富士宮市・富士山本宮浅間大社境内)<o:p></o:p>

 

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富士山本宮浅間大社境内にある湧玉池は、富士山麓の雨水が溶岩流の末端で湧き出したもので、富士宮市内を流れる神田川の源泉。室町時代の富士登山を描いた『絹本著色富士曼荼羅図』には、この池で登拝者が身を清める姿が認められる。彼らは六根清浄を唱えながら禊(みそぎ)を行い、霊山富士への思いを新たにした。池に連なる神田川の遊水ふれあい広場は、涼を体感する避暑スポットとして市民に愛されている。<o:p></o:p>

 

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白糸の滝(富士宮市)
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無数の白い糸を垂らしたように水が流れ落ちる『白糸の滝』。高さ2025m、幅約200mの溶岩壁から1日10万トンの水が湧き出し、水温は年間を通して15℃前後で一定している。<o:p></o:p>

 

常葉大学富士キャンパス社会環境学部の藤川格司教授は「この滝の湧水は約10万年前の古富士泥流層の溶岩と、その上に積もった約1万年前の新富士溶岩層の間から湧き出している。異なる地質から異なる年代の地下水が流出する、富士山麓特有の湧水の仕組みが分かる」と解説する。多くの和歌や絵画のモチーフになり、修験者の修行場として信仰されてきた名瀑は、地質学的価値も高かった。<o:p></o:p>

 

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猪之頭湧水群・陣馬の滝(富士宮市)<o:p></o:p>

 

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『白糸の滝』の北、芝川の上流に広がる『猪之頭湧水群』はニジマス養殖で知られ、養殖池がある一帯は、「井之頭」と表記されていた。この地で養殖業では珍しく、天然素材の餌にこだわる柿島養鱒の岩本いづみ社長は「ニジマスが川の中で長い時間をかけ、自然に育つ環境を再現したい。それには豊富な流水量が不可欠」と湧水群の保全に努める。
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 芝川の支流・五斗目木川にかかる『陣馬の滝』は、1193年に源頼朝が巻き狩りを行ったとき、陣を張った場所として知られる名勝。滝の一帯はマイナスイオンに包まれ、絶好の避暑ポイントにもなっている。

 滝の入口では毎月第2・第4火曜日に猪之頭地区の住民が東日本大震災チャリティーマーケットを行っている。(雨天中止。問合せは0544-52-0123 篠塚さんまで)。<o:p></o:p>

 

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富士山麓の酒蔵<o:p></o:p>

 

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22日、世界文化遺産登録決定の瞬間を待ちわびる富士宮市民は、昼12時から市役所で用意された祝賀イベントに集まり、市内4蔵(高砂、白糸、富士正、富士錦)が提供した日本酒で乾杯の前祝いをした。登録が決まった翌23日は、市内各所で晴れ晴れした表情で乾杯酒を酌み交わす人々の姿が見られた。<o:p></o:p>

 

 

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 富士宮市内の4蔵は、冬~早春の酒造期、共同で蔵巡りイベントを開くなど、富士山麓の名水に育まれた地酒の価値をアピールしている。世界文化遺産登録が叶った今年の酒造期は、さらに多くの地酒ファンで賑わいを見せることだろう。
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名水が必要不可欠である酒造業。近年、酒質の高さが評価されている静岡県の吟醸酒は、洗米から始まる仕込み工程で大量の水を使う。仕込み水を道具洗いにもふんだんに使えることに、県外出身の杜氏や蔵人が感心する。「原料米や職人は外から調達することもできるが、水だけは持って来られない。この地で酒造業を続けられるのは、この水あってこそ」と富士山周辺の蔵元は口々に語る。

富士宮市猪之頭の南西、芝川町柚野地区にある富士錦酒造の清信一社長は「水を扱う事業者として、毎年2回欠かさず水質検査を行っていますが、まったく変化がない。富士山のろ過機能というのは凄い」と言う。<o:p></o:p>

 

 

 

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一方、御殿場には、富士山頂の浅間神社に湧く霊水・金明水にちなんだ地酒『金明』がある。醸造元は御殿場市保土沢にある根上酒造店。『富嶽泉』『富士自慢』など富士山にちなんだブランドもそろえる。<o:p></o:p>

 

 

蔵の敷地には、富士山の雪解け水が勢いよく湧き上がる自噴井戸がある。水温は年間を通して1213℃と安定し、水質はやわらかな軟水タイプ。平地で湧く川の伏流水とは若干異なり、火山質の土壌をくぐりぬけ、ほどよく含んだミネラル分が酒の発酵を活発にする。自ら杜氏を務める根上陽一社長は「この水と相性がよく、富士山麓の土にあう酒米を育て、水も米も杜氏もオール富士山育ち、という酒を醸していきたい」と意欲的だ。

*金明については、こちらの記事もご参照ください。

 

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忍野八海(山梨県忍野村)<o:p></o:p>

 

富士山の伏流水が溜まった8つの湧水池・忍野八海。いにしえの巡礼者が8つの竜王を祀り、富士講信者が富士登山の前に身を清めた聖地でもある。<o:p></o:p>

 

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『湧池』は
忍野八海のなかで一番賑やかな通りに面しており、観光みやげ物店や蕎麦粉をひく水車小屋等が整備されている。伝説によると富士山の噴火のとき、天から木花開耶姫命の救いの声が響き、その直後、溶岩の間から水が湧き出し、池となったとされる。現在でも住民の飲用や灌漑用水の供給源として利用されている。

 

 

 

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隣接する『濁池』は実際に濁っているわけではなく、池底から少量ながら湧水が確認されている。伝説によると、ある日、みすぼらしい行者がやってきて一杯の飲み水を求めたところ、地主の老婆がただの乞食と思って無愛想に断った途端、池は急に濁ってしまったという。水は器に汲み取ると、不思議なことに澄んだ水に変わったそうだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

柿田川湧水(静岡県清水町)<o:p></o:p>

 

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 富士山の湧水地として名高い柿田川は、最後まで世界文化遺産の構成資産候補入りが検討されていた。残念ながら〈信仰と芸術の源泉〉という条件には適わないとの判断をされたが、構成資産候補になったことで注目され、国天然記念物の指定を受け、保全整備が進んだ。

 県世界遺産推進課の小野聡班長は「長年、地元の人々が手弁当で保全に努めていた活動が功を奏した。世界遺産に登録されなくても、地域が率先して富士山の恵みを守り伝えた経緯を、貴重な事例にしたい」と語る。

 

 

湧水や川の保全を考えるということは、その流域全体の暮らしや産業の在り方に向き合うことだ。世界文化遺産と共生することになる富士山麓の人々にとって、避けて通れないテーマになりそうだ。