杯が乾くまで

鈴木真弓(コピーライター/しずおか地酒研究会)の取材日記

静岡いちご「きらぴ香」デビュー

2015-02-01 01:10:26 | 農業

 昨年暮れ、取材に奔走したJA静岡経済連情報誌スマイルの静岡いちご特集号が完成しました。『紅ほっぺ』『章姫』『きらぴ香』と、静岡県で開発された品種の特徴や栽培の難しさや面白さなど、作り手のメッセージを満載した構成になっています。

 私は農業系の取材をすると、味やネーミングや販売先の情報よりも、どちらかというと生産者や技術者の“生んで育てる苦しみとやりがい”に心惹かれ、一般消費者向けの情報誌なのに小難しい解説記事が増えてしまう、というのが悪いクセ。今回もとっつきにくいページが多いかもしれませんが、作り手の顔や声をきちんと伝えることが、小手先のキャッチコピーなんかよりも価値がある・・・とコピーライターらしからぬ?信念を以って制作しました。手にする機会があったらぜひご覧ください。

 注目は、紅ほっぺの誕生以来10年ぶりに登場する待望の静岡新いちご『きらぴ香』。静岡県農林技術研究所の開発チームに取材したページを紹介します。

 

 

光沢ボディに包まれたフルーティーな香りと甘み、

静岡いちご「きらぴ香」デビュー

(解説)静岡県農林技術研究所 野菜科上席研究員 井狩徹さん/育種科上席研究員 河田智明さん/品質商品開発科主任研究員 佐々木麻衣さん/経営生産システム科研究員 菊池佑弥さん

 

『きらぴ香』の特徴

 平成26年(2014)11月、県知事の記者会見で発表された静岡いちごの新品種『きらぴ香』。昨年末から市販も始まり、話題を集めています。今シーズンは県内の限られた生産者による試験栽培で収量は多くありませんが、次シーズン以降、産地が拡大しますので、より身近に味わう機会も増えると思われます。

 『きらぴ香』とはどんないちごか、特徴を分かりやすくまとめると―

①     果実の表面の光沢に優れ、外観がスマート。

②     紅ほっぺより甘く、香りがフルーティ

③     酸味は紅ほっぺと章姫の中間ぐらい。酸っぱさが苦手な人でも大丈夫。

 

 

 生産者や流通業者にとってのメリットもあります。

①     11月中旬から収穫できる。クリスマスに向けた計画出荷が可能な早生品種。

②     栽培管理がしやすく安定した収穫が見込める。

③     11月から5月まで連続収穫でき、収量変動が少ない。

④     紅ほっぺより果皮が硬く、傷みにくい

 

 そして『きらぴ香』という名前は、

○     キラキラとした宝石のような輝き

○     みずみずしくなめらかな口あたり

○     品の良い甘みとフルーティーな香り

 

というセールスポイントを総括し、野菜ソムリエ、大学生、マーケティングアドバイザー、コピーライター、生産者、生産者団体および県関係者等より名称を募集。応募957点の中から「静岡いちご戦略協議会」で候補を決定し、県知事の承認を得て決まりました。

 

 

『きらぴ香』誕生の経緯

 きらぴ香は、正式名が決まるまで県農林技術研究所内では『静岡15号』と呼ばれていました。今も研究所内の試験栽培ハウスでは静岡15号の札が立っています。

 

 平成6年(1994)、研究所では『章姫』と『さちのか』を交配した『紅ほっぺ』を誕生させました。章姫の強みである作りやすさと形状のよさ、弱点だった果皮の弱さと酸味の少なさをカバーし、福岡の『あまおう』、栃木の『とちおとめ』といった県外の強力ブランドに対抗しようと開発された紅ほっぺでしたが、研究所にとって、それはゴールではなく、次なる品種の育種スタートを意味します。

 紅ほっぺの2次選抜が終了した平成8年(1996)、今度は紅ほっぺを親に、さまざまな試験品種を掛け合わせる育種が始まり、試行錯誤を繰り返しました。途中で手ごたえのある有望品種が出来ても、紅ほっぺと比べ、品質面でも生産性の上でも優位かどうか見極めなければなりません。

 紅ほっぺは一般的な栽培で収穫始めが12月中旬とやや遅く、温暖化の影響で収穫始めがさらに遅れることが懸念されています。また収穫の山谷が大きく、最初の摘果が終わって次の花芽がつくまで時間がかかり、収穫期の途中で空白が生じるという欠点があります。香味や形状の良さはもちろんのこと、このようなデメリットを解消できる品種にたどりつくまで足掛け17年、9回目の交配組み合わせにより計28万株の中から誕生したのが静岡15号=きらぴ香です。

 平成21年(2009)、研究所内で誕生した静岡15号は、1年目の選抜で2万分の45の難関をくぐり抜け、2年目には作りやすさをチェック。3年目には収量と品質のチェック。4年目に所内の土耕ハウスと高設ハウスで試験栽培を行なうとともに、3回の品種選抜検討会を開催。圧倒的な支持を受けて選抜され、5年目の平成25年(2013)、県内の生産者5人(高設4人、土耕1人)に実際に試験栽培してもらいました。

 平成26年(2014)には生産者95人(栽培面積5ヘクタール)で試験栽培が行なわれました。県では平成27年(2015)には10ヘクタール、28年には30ヘクタール、平成29年以降は普及拡大時期として100ヘクタール超を目指す予定です。

 

『きらぴ香』の光る個性

 きらぴ香の開発にあたっては、紅ほっぺとの差別化に加え、福岡のあまおう、佐賀のさがほのか等、全国区ブランドに匹敵する個性を意識しました。今までのいちごにはなかったフルーティーな香りと高い糖度の両立です。

 きらぴ香の香りを分析したところ、確認された香気成分は129種類。このうち主要成分35種を抽出したところ、いちご香(Furaneol)やバラ香(Geraneol)に加え、りんごやバナナのようなフルーティーな香りが多く含まれていました。いちごでありながら、りんごのような香りを放つというのは今までの品種にない個性です。

 収穫期間を通して紅ほっぺよりも果皮が硬く、表面はピカピカと光沢があり、形状はスマート。糖度は紅ほっぺと同等以上、酸味は同等以下という結果を得ました。このような際立つ個性を持ったいちごを、静岡県の顔として育て、普及させていくためには、さまざまな努力が求められます。

 九州や北関東のライバル県に比べ、公的研究機関や産地の規模が小さい静岡県ですが、大市場においても付加価値の高さが認められ、キラリと光るいちごブランドを官民一体で育てていきたいと思っています。

 

■問合せ 静岡県農林技術研究所 静岡県磐田市富丘678-1 TEL 0538-35-7211

 <2015年1月発行 JA静岡経済連季刊誌【S-mail (スマイル)】52号より>

 

 

 「りんごやバナナのようなフルーティーな香りで酸が低い」というフレーズを聞いた時、「あら、静岡酵母と同じだ!」と思わず反応してしまいました。考えてみると、章姫→紅ほっぺ→きらぴ香と、静岡いちごの系統はさわやかな香りであまり酸っぱさを強調しない、おだやかで上品な味わい。まさに静岡吟醸と同じで、食べ飽きない。香りや酸味を極端に強調した他県の品種に比べたらおとなしい・・・ってのも静岡吟醸に似ているけれど、「さわやかな香りと調和のとれた上品な味わい」がひょっとしたら静岡県産食材に共通した特徴なのかもしれません。

 取材でお世話になった研究員の皆さんに静岡吟醸の某銘柄をお勧めしたところ、後日、「グラスに注いで香った瞬間、フルーティーな香りがふわっとして、ほのかにアップル感を感じた。大変飲みやすく、女性に好評だった。新品種「きらぴ香」は名前に香が付いているくらいなので、是非とも“香り”を武器に売り込めたらいいなと思う」とメールをいただきました。 

 異分野同士のこういう愉しみ方を、開発者や生産者レベルで共有できると面白いなって思います。

 

 スマイルは県下主要JA、ファーマーズマーケット等で無料配布中ですが、ご希望の方にはスズキから進呈しますのでご一報くださいませ!