杯が乾くまで

鈴木真弓(コピーライター/しずおか地酒研究会)の取材日記

グレートトラバースを観て

2016-01-05 19:14:01 | 日記・エッセイ・コラム

 2016年が本格始動しました。9年目を迎えた【杯が乾くまで】、今年もどうぞよろしくお願いいたします。

 今年の年賀状はちょっと奮発してカラー印刷。1本の稲が手から手へつながれ、一杯の酒、一冊の本へと結実した過程を紹介させていただきました。お世話になった皆さまにはあらためて御礼申し上げます。

 

 

 年末年始は久しぶりにお寺のバイトで体を動かし、世の中が動き始めてから本格的に寝正月です(笑)。昨年末に京都の松尾大社、奈良の正暦寺に【杯が満ちるまで】の出版報告御礼参りに行ったので、初詣はパス。録画していた映画や紀行番組を観たり、山積みしてある未読本をめくったりとダラダラ過ごしています。

 正月番組でついつい見入ってしまったのが、日本百名山ひと筆書き踏破のグレートトラバース(こちらを参照)。プロアドベンチャーレーサー田中陽希さんが、屋久島・宮之浦岳からスタートし、北海道・利尻島の利尻岳まで総移動距離7,800km、累積標高10万mをおよそ200日間、完全人力(徒歩とカヤックのみ)で踏破した番組で、一昨年に放送されたものの再放送でした。

 

 正月に実家で母が百名山についてやたら熱く語るのにつきあううちに、百名山の名前ぐらい知っておかないと恥ずかしいかなあ~と思い始め、百名山をいっぺんに観られるなら、と録画してみたらすごく面白くって、プロアドベンチャーレーサーという職業が存在するんだな~、百名山がひと筆書きのように順番に回れるんだな~、それぞれの山を一般登山者の半分ぐらいのタイムで踏破しちゃう田中さんに完全密着するカメラクルーもすごいな~など等、いちいち感心させられました。芸能人がやらされるチャレンジ番組とは違い、プロがスポンサーを集めて企画したチャレンジレースにテレビが密着取材した、という形のようです。そりゃそうですよね、百名山を完全人力200日で踏破するなんて、テレビ局が企画したところで挑戦者を探すのは困難でしょう。

 印象的だったのは、田中さんがもともと自分で挑戦したい!楽しみたい!と思って始めたことなのに、テレビを観て感動したという視聴者から追いかけられたり待ち伏せされたり、「頂上でずっと待っていたのに着くのが遅い」と言われたりしてナーバスになり、加えて肉体的疲労でドクターストップがかかったり、落雷にあったりカヤックで転覆したりと命の危険を経験し、やがて、「自分の挑戦を通して日本の自然の素晴らしさや登山の魅力を多くの人が知る機会になれば」という意識に転換していったこと。最初っから「日本の自然の素晴らしさや登山の魅力を伝えるために」なんて大上段に構えてなかったんですね。個人的な動機が社会的な使命へと変容していく様子が心を打ちました。

 

 登山経験皆無の私には、しんどい思いをして山を登る楽しさや魅力が、いまいちピンと来ないんですが、何かをひたすら続けて行なう、途中で挫折しそうになる自分を奮い立たせる、厳しい目標に挑戦し続ける・・・そういう経験を経た人にしか見えてこない景色がある、ということだけは観念的に理解できる気がします。それは、変化に富んだ、“常に非ず”の風土に腰を据えて生きる、農耕民族たる日本人が、もともと根っこに持っていた強靭さ。あきらめない強さというのか、あきらめたくてもあきらめようのない、どうしようもない自然の移り変わりや気候変動に対して、ときには攻め、ときには引くなど柔軟に立ち向かう。米や作物を育てる人、自然災害に遭った人からはそういう話をしばしば聞くし、登山家にもそういう判断力が必要なのではないかと想像します。田中さんも「自分の身体に訊きながら」、攻め時、引き時を見計らって進んでいました。

 

 山登りといえば、日本には山岳信仰の実践者たる修験者がいて、富士山にも登拝という伝統があります。私が勉強している白隠禅師も、若かりし頃、己の悟りや鍛錬のために全国を行脚し、山中で禅病(うつ病)と闘い、やがて憑き物が落ちたように大悟し、後年はひたすら人々の魂の救済に努めたといわれます。

 田中さんはもちろん宗教者ではありませんが、田中さんの行為はきわめて基層的というか、視聴者が感動するのも日本人として根っこに眠っているものをくすぶられるから、かもしれませんね。

 

 自分も山登りに挑戦!と宣言できるほどの自信はまだありませんが、静岡新聞社から低山ウォーキングや伊豆ジオパークめぐりのような初心者うってつけのガイド本も出ていますので、ちょっとずつ挑戦してみよっかな~と若干前向きになってます。登山した後の一杯の酒ってのもじっくり味わってみたいですしね・・・!