杯が乾くまで

鈴木真弓(コピーライター/しずおか地酒研究会)の取材日記

一夜漬け介護学習

2016-01-28 09:45:18 | 社会・経済

 広報のお手伝いをしているNPOのお誘いで、昨年10月から週一で受講してきた介護ヘルパー初任者研修が、今月末ようやく終了します。・・・といっても試験に合格しないと卒業できないんですけどね。今、にわか試験勉強中で、初めて聞く介護の専門用語をどうやって覚えようか四苦八苦。私の場合、とにかく書き起こすことである程度、脳内整理できるので、ここで忘れそうな専門用語をインプットしておこうと思います(現在、介護職に就かれている方にはタイクツさせる内容ですがお許しください)。今の日本の介護って欧米のやり方を導入しているので、やたらカタカナ用語やアルファベット省略用語が多いんですよー  

 

ICF、ICIDH

 超苦手なアルファベットの省略用語。介護の現場でホントに使ってるんですか~??って訊きたくなるけどで、すごーく大事な「介護」の考え方の指針のようです。ICIDH(International Classification of Inpairments.Disabilities and Handicaps)とは、1980年に世界保健機関WHOが示した「障害」レベル。機能形態障害、能力障害、社会的不利の3レベルで分け、環境や個人の努力によって障害がもたらす影響は変わるんだって点があまり考慮されておらず、“できない面”を強調するネガティブな考え方のようです。この考えだと障害を持つ人=できないことが多い人=何でも助けてやらなきゃならない対象って上から目線の介護になっちゃうわけです。

 2001年にWHOが新しい国際生活機能分類として示したICF(International Classification of Functioning)は、障害を生活機能に関する問題ととらえ、“できる面”を強調します。この考えだと、少しでもできることがあるなら自分でやってもらおう=一緒にできることがないか考え、増やしていただこうという介護になるわけです。今はこちらが主流。専門的にいえば、障害をプラスの面から見て、背景にある環境因子や個人因子の観点を加えたノーマライゼーションの考え方、ということになります。ノーマライゼーション(高齢者や障害者が普通の人と同じように普通に生活できるようにすること)はバリアフリーと同意語として認識していましたが、やっぱり介護の思想の核となるキーワードだったんですね。

 

 

ADL

 これもホントに現場で使ってるのかなーと思ったら、視察した施設の職員さんがわりと使ってました。ストレートに意味が伝わる言葉より、職員にしかわからない言葉のほうが現場では(利用者さんへの配慮から)使いやすいってこともあるのかなと思いました。

 ADL(Activities of Daily Living)とは、食事、排泄、整容(着替え・洗顔・歯磨き・整髪など)、移動、入浴など日常の基本動作全般を指します。身体介護とは、ADLに支障がある人に対して行なう介護、ということになります。

 

 

バイタルサイン

 これも一般には耳馴染みのない言葉ですが、介護現場ではよく聞く、数値化できる生命サイン=体温、脈拍、血圧、呼吸のこと。体温は腋窩検温法(わきの下に体温計をさす)、口腔検温法(体温計を口に加えて測る)、直腸検温法の3つあり、脈拍は橈骨動脈(手首の親指付け根あたり)に人差し指・中指・薬指の3本を並べ、1分間測定(通常1分間に60~100回)。血圧は血液が血管壁に与える圧力のことで、バイタルサインの中でもとくに重要。低い値で70~80mmhg、高い値で120~130mmhg。 呼吸は健康な成人の安静時、1分間に12~20回。これらは一般常識として覚えておかなければいけませんね。

 

 

エンパワメント&ストレングス

 “個人が自分自身の力で問題解決できる能力”を意味するエンパワメント(Empowerment)って一般にも使う英単語だけど、介護分野では自立支援方法を意味します。そのために個人の内にある強さ=ストレングス(Strength)を引き出す。その人がもともと持っている意欲や能力、可能性、志向を活かす支援方法を考えようというわけです。ふと、坐禅のときに唱える白隠さんの「坐禅和賛」の冒頭【衆生 本来 仏なり・・・誰もが仏性を持っている=仏になれる力や可能性がそなわっている】という素晴らしい人間賛歌を思い起こしました。高齢者や障害者を介護するって先に希望を持てない仕事のように勝手に思い込んでいましたが、浅はかな思い込みでした・・・。

 

 

バイスティックの7法則

 英単語にありそうな響きですが、アメリカの社会福祉学者Felix P.Bistek が提唱した介護職の相談援助の基本原則のことだそうです。①個人として尊重する、②自己決定を促し尊重する、③あるがままの気持ちを受け止める、④相手を一方的に非難しない、⑤自分の感情を自覚しながら関わる、⑥相手の感情表現を大切にする、⑦秘密を守って信頼関係を築く。・・・これって何も介護職に限ったことではなく、すべての人間カンケイづくりに共通するマナーですよね。

 

 

レスパイトケア

 これも介護の教科書で初めて知った単語です。自宅で高齢者や障害者をお世話しているご家族のケアのこと。一時的に介護生活から離れてもらい、リフレッシュしていただくための代替サービス。ショートステイ等が該当します。1976年に始まった心身障害児(者)短期入所事業がきっかけで、当初は家族の病気や事故等の事情がなければ利用できなかったそうですが、今では介護疲れといった理由でもOKです。

 私自身は介護の実体験はありませんが、もし介護職に就いたら、心して臨まなければならないのが、ご家族との関わり方だろうなあと想像します。教科書には【介護職が認知症の人に「わかる?」とか、「Fさん、だれだかわかる?」と言ったとすると、聞いている家族は傷つく】とありました。認知症の人に「わかる?」と聞くこと自体間違っていると。認知症の人はわからないことに不安を感じ、家族はそのことに大きな苦悩を抱えている。そういう気持ちを思いやり、「Fさん、娘さんですよ」とサラッと言えばよいと。この仕事は心理学やコミュニケーション能力をしっかりわきまえたプロの仕事だなと実感させられます。

 

 

BPSD

 認知症には、ほとんどの患者さんに共通して見られる中核症状=記憶障害、判断力低下、見当識(時間・場所・人物の認識)障害、失語、失行、実行機能障害等と、行動・心理症状を意味するBPSD(Behavioral and Psychological Symptoms of Dementia)があります。BPSDは1996年の国際老年精神医学会で合意された呼び方だそうで、それ以前は「問題行動」とか「行動障害」といった捉え方をされていました。問題行動って言い方は、介護する人にとって手を煩わせる問題だというニュアンスだし、行動障害と言う言い方も、障害は基を正せば行動ではなく認知機能にあるのだから適切ではありません。

 BPSDには行動症状(徘徊、攻撃性、不穏、焦燥、不適切な行動、多動、性的脱抑制等)と心理症状(妄想、幻覚、抑うつ、不眠、不安、誤認、無気力、情緒不安定等)があり、不適切なケアや環境によって悪化させることも。対処方法としては薬物療法のほかに生活環境を工夫したり、心理学的アプローチで症状が低減・軽減するケースもあるようです。ドラマやドキュメンタリー等で時々見る、回想法、音楽療法、バリデーションセラピー(認知症の人にとっての現実を受け容れたコミュニケーション方法)、アニマルセラピー、園芸療法、化粧療法等ですね。現在、このようなプログラムを導入しているのは全国のグループホームの97,7%に達しているそうです。

 

 

マズローの欲求の5段階

 人は誰しも齢を重ねると、見た目の変化、運動機能の低下、自己調整機能(体温調整や免疫機能)の低下、回復機能の低下と、「低下」のオンパレードにさいなまれます。私も時折、自分の親に「頑固」「わがまま」「自己中」「子どもみたい!」とカッカすることがありますが、これも加齢による身体変化が心に影響するから。さらに介護が必要な年齢になると、人生で積み重ねてきた能力や社会との関わりが衰退し、障害を背負うことで自己概念が崩壊するような喪失感を味わうこともある。介護職はこうした心身の変化を理解しなければ冷静で適切な介護はできないといわれます。その適応行動の指針になるのが、人間性心理学の設立者といわれるアメリカの心理学者A.H.マズローの「5段階欲求」。自己実現論やモチベーション向上の法則等で知られています。

 5段階とは①生理的欲求(息をする、食事をする、排泄する、寝る等=人間の本能的な欲求)、②安全欲求(危険、障害、苦痛を避けたい)、③所属欲求(家族、社会、組織の一員として認められたい)、④自尊欲求(自分の価値を認められたい)、⑤自己実現欲求(自分の能力を最大限に高め、発揮したい=知的生命体である人間の究極の欲求)。介護とは違いますが、もし自分が地震や水害等で九死に一生を得て避難所に長期滞在することになったら、こういう心理変化を経験するだろうと想像しました。仏教では、このように欲求を向上させていくことが苦しみにつながるゆえ、欲を棄てよと教える。今でもテレビなんかで、②や①の本能的な欲求にさえ抗って命がけで荒行をする僧侶の様子が紹介されますが、それもこれも、棄てたくても棄てられない人間にこびり付いた欲求だからでしょう。自分もそうだし、高齢者も介護を必要とする人もおなじ人間。その視点を忘れないためにも、こういう知識を持つことは大事だな、と思いました。