杯が乾くまで

鈴木真弓(コピーライター/しずおか地酒研究会)の取材日記

しずおか地酒研究会20周年アニバーサリー第2弾「ZEN to SAKE ~白隠禅師の松蔭寺と白隠正宗酒蔵訪問」

2016-05-01 16:59:18 | しずおか地酒研究会

 このブログでも再三紹介しているとおり、私は日本酒と同じぐらい、いやセーラー服を着ていた頃から歴史や仏教が好きで、地酒の取材をライフワークにしてからも、酒の味わいや、味わうスタイルの追求もさることながら、地酒が育まれてきた地域の歴史や文化を正しく理解し、後世に伝える仕事が出来たらなあと願ってきました。

 今年1年間、予定している地酒研20周年アニバーサリー企画でも、地酒ファンに歴史の面白さを、歴史ファンに地酒の魅力を相互に伝える機会をつくろうと、まずは4月29日、実験的なツアーを開催しました。タイトルはずばり「ZEN to SAKE~白隠禅師の松蔭寺&白隠正宗蔵元訪問」。以下は会員に宛てた企画趣旨です。

 

◆当会設立20周年アニバーサリー企画第2弾は、「駿河に過ぎたるもの二つあり、富士のお山と原の白隠」と謳われた白隠禅師のふる里・沼津の「白隠正宗」高嶋酒造を訪問します。

◆近年とみに人気うなぎのぼりの白隠正宗。ANAの国際線ビジネスクラス機内食にも採用されるなどブランド力は国内外に浸透しています。既成概念にとらわれず、新たな米や酵母や製法にも果敢に挑戦する若き蔵元杜氏・高嶋一孝さんの酒造りに熱い注目が集まっています。

◆酒銘となった白隠禅師(1685~1768)は、禅宗において500年に一人といわれる中興の祖。ジョン・レノンもスティーブ・ジョブスも心酔したZENを確立させた功労者です。とはいえ、実際にどのような功績を遺されたのかよく知らない・・・という静岡県民は少なくないと思います。

◆今年から来年にかけ、白隠禅師遠忌250年の記念行事が全国各地の博物館や宗門施設で行なわれます。当会でも蔵元見学に加え、白隠禅師が生涯を過ごした松蔭寺で年に1度開かれる寺宝展を鑑賞し、専門家の解説を聞きながら、白隠禅師の人となりに触れてみたいと思います。

◆当日は、寺宝の白隠禅画(通常非公開)が“虫干し”され、全国から白隠ファンが詰め掛けます。白隠正宗のラベルに描かれたおなじみの達磨像(真筆)も間近に鑑賞できます。

◆現在、高嶋酒造の井戸から汲み上げる仕込み水は、白隠禅師が生きておられた250300年前に富士山に降り積もった雪が地下を浸透し、湧き出た雪解け水だといわれます。沼津の原から世界に発信するZENSAKEのクロスオーバーを、しかと体感しましょう!


 募集後すぐに定員20名が満席となったものの、地酒研の会員さんはやっぱり蔵元見学がお目当てだろうなぁ、私の個人的な趣味に付き合わせる独りよがりな企画かもなぁと一抹の不安。4月29日当日は13時に原駅に集合してもらい、まずは松蔭寺を訪問しました。

 

 白隠禅画についてはここ数年、にわか勉強を始めたばかりで、天下の松蔭寺で弁を立てるほどのスキルはまったくないため、駿河白隠塾の運営委員としてお世話になっている県観光政策課の久保田豪さんに白隠禅画の解説をお願いしました。


 久保田さんは県の職員ながら、歴史や仏教の知識は玄人はだし。昨年、プラザヴェルデ開館1周年記念「国際白隠フォーラム」を仕掛けた人で、そのまんま歴史番組のコメンテーターになれるぐらいトークも玄人はだし。「難しい禅の話はそこそこでいいから早く蔵元に連れていってくれよ~」と内心思っていただろう(笑)参加者も、いつの間にか久保田解説に聞き入り、我々以外の一般のお客さんも便乗し、ゆうに30人を超える聴衆が久保田さんの白隠禅画トークに魅了されました。


 当日は松蔭寺の本堂で、所蔵の白隠書画30数点が鴨居から吊るされ、「南無地獄大菩薩」「すたすた坊主」「出山釈迦像」「布袋隻手音声」といった白隠ファンお馴染みの傑作がズラリ。国立博物館級の名品が目と鼻の先で凝視できるのですから、ファンにはたまらない唯一無二の展覧会です。堂内撮影禁止ゆえ、文字報告だけになりますがお許しください。

*白隠画については2012年に渋谷Bunkamuraミュージアムで開かれた白隠展の動画が花園大学国際禅学研究所のサイト(こちら)で閲覧できますので参考にしてみてください。

 

 参加者が目を引いたのは、やはり、白隠正宗のラベルに使われた達磨像。白隠さんが描かれる達磨像に必ずといってよいほど書かれる賛『見性成仏(けんしょうじょうぶつ)』を、この機会に地酒ファンにも覚えてほしいと、久保田さんにしっかり解説してもらいました。

 元は、禅語『直視人心 見性成仏』。心の根っこをずばり指し示し、人が誰でも持っている仏性に目覚めなさい、という意味です(詳しくは禅宗のネット解説(こちら)を)。カッと目を見開き、睨み付けるような厳しいお顔の達磨大師ですが、仏は外にいる誰かではなく、あなた自身の内側にいるんですよ、と励まし、勇気づけてくれているんです。

 このラベルの白隠正宗特別純米誉富士を飲むとき、私は「誰かの評価ではなく、自分自身が心底、美味しいと思える呑み方で味わおう」と勝手に解釈しながらいただいています。後で訪ねた高嶋さんが、図らずも「冷でも常温でも燗でも、どんな呑み方でもちゃんと呑める酒を造りたい」「そのためにも、吟醸造りと同等に酒質を磨く努力を怠らない」と語っていましたが、造り手が目指すそのような酒の本質をしっかり理解し、感じられる呑み手でありたいと思うのです。

 この酒は今年6月まで、ANAの国際線ビジネスクラスの機内食に採用されています。大吟醸や生もと・山廃のような特殊な造りではなく、日常酒として愛飲される純米クラスの酒が、ANA社内で全国の銘酒100品をセレクトした中から選ばれた2品のひとつだったと聞いて、溜飲が下がる思いがしました。

 


 松蔭寺を後にし、旧東海道をブラ歩きしながら、高嶋酒造へ到着。すでに造りは終了し、連休休みに入っていて、高嶋さんお一人でお出迎え。日本の酒蔵では一番旧型と思われる精米機や、県内唯一の縦型ヤエガキ式上槽機(写真は昨年1月の上槽作業中に撮ったもの)、高嶋さんが発案したパストライザー(加熱殺菌機)など珍しい酒造機械の解説に、メカ好きの男性会員が熱心に聞き入っていました。私はパストライザーの上にディスプレイされたミニフィギュアに思わずクスッ。

 釜場と洗い場のそばには、湧き水が流れる音が絶え間なく響く水槽があり、その上にしめ縄がさりげなく吊るされていました。酒蔵にとって水質・水温・水量が大きく変化することなく年間を通して湧き出づることがいかに重要か、「仕込みはもちろん、米洗い、道具洗いにも半端のない量の水を使うから」と高嶋さんも強調します。高嶋酒造のこの水は約300年前に富士山頂に降り積もった雪が地中で自然にろ過されて湧き出たものといわれます。前述の企画趣旨にも書いたように、白隠さんが生きておられたころに降った雪、ということ。日本酒の歴史は約2000年、臨済禅師が日本に禅宗を伝えて約1200年・・・長い長い時間軸の中で、こういう偶然に立ち会えるというのは、ある意味、とても幸せなことですね。



 


 見学&試飲を終え、白隠正宗をお土産に買って帰りたいという参加者リクエストに応えるべく、電車で沼津まで移動し、駅前の松浦酒店で爆買い。ちょうど連休中のサービスイベントとして、店頭でちょい呑みが出来るということで、ベアードビールで乾杯しました。まだ陽が明るいうちから駅前の大通りに机と椅子を出して堂々と呑めるなんて、この上ないサービスです!


 ツアーの〆は地酒本「杯が満ちるまで」で紹介した『くいもんや一歩』。カウンター10席の店に20人無理やり押し込めた全然くつろげない、すし詰め状態の宴会でした(苦笑)が、酒縁を結ぶのに程よい密着感だったんじゃないかな。ちょうど一歩で盛り上がっていた時間、沼津は大雨に見舞われていたようですが、まったく気が付きませんでした。


 


 二次会はオーセンティックバーFRANKに移り、ゆったり座ってじっくり酒談義。別の酒の会に参加していた高嶋さんも合流してくれて、終電ギリギリまで楽しく過ごしました。

 半日のツアーながら、これだけ盛り沢山のプログラムが組めたのは、沼津に日本屈指の禅文化と酒文化が根付いているおかげです。このことを再認識できただけでも、まあまあ企画として初志貫徹できたかなと独りよがりの自己満足に浸っています(笑)。


 静岡には東海道の歴史があり、街道沿いに酒蔵も多く点在していますので、いろいろなツアー企画が可能ですね。次回は夏ごろ、今度は日本酒の源流を訪ねる奈良・京都の酒造聖地巡礼を予定しています。会員限定でのご案内になるかもしれませんが、ぜひとも有意義なツアーにし、いずれ酒と歴史と文化を訪ねるガイドブックとしてまとめられたらいいなあ、なんて思います。出版関係の皆さま、よろしくお願いします!