杯が乾くまで

鈴木真弓(コピーライター/しずおか地酒研究会)の取材日記

ポートランド紀行(その1)オレゴン健康科学大学の卒業式

2016-06-21 11:59:44 | 旅行記

 6月8日から14日まで、アメリカ西海岸のオレゴン州ポートランドへ行ってきました。現地在住の妹Kaoriがオレゴン健康科学大学の大学院博士課程を無事終了し、6月13日に執り行われた卒業式に参列したのです。約30年前、彼女が都内の短大受験のときに泊まりで付き添ったときのことを思い出し、まさか30年後にアメリカの大学院の卒業式に呼ばれるなんて・・・と、本当に感激ひとしおでした。

 

 オレゴン健康科学大学(Oregon Health & Science University; OHSU)はオレゴン州の公立大学で、ポートランドのホームステッド地区南西部にあるマーカムヒル(通称ピルヒル)という静岡でいえば日本平のような小高い丘に、3つの病院とメインキャンパス、ポートランド市郊外のヒルズボロに小規模なキャンパスがあります。オレゴン州内における歯学教育、医学教育、看護学教育の総合大学として1974年に開学。2001年にオレゴン科学技術大学院大学を吸収して現在の名称となったようです。やがてサウス・ウォーターフロント地区にキャンパスが拡張され、2006年にはキャンパス同士を結ぶロープウエイ「ポートランド・エアリアル・トラム」が建設されました。大学のためにロープウエイを作るってスゴイですよね。

 

 そんなキャンパスで、彼女がどんな研究をしたのかはさておき、アメリカの大学の卒業式ってアカデミックドレス(クラシックなガウンみたいなの)を着て、トレンチャーキャップ(角ばった帽子)をかぶり、式が終わったらみんなで帽子を放り投げるってイメージだったので、そんな映画みたいなシーンが見られるのかとワクワク気分。

 会場はポートランド市のコンベンションセンター。周辺に大劇場やアリーナが集積していて、ほかの大学の卒業式も開かれていたため、会場探しに大慌て。アカデミックドレスをまとった卒業生軍団とその家族の晴れやかな姿を目の当たりにし、日本の大学の羽織袴姿の卒業式とは一味違う雰囲気を感じました。クラッシックかつインテリジェンスな卒業生を、普段着、いやバカンスにでも来たようなラフな格好で取り囲む家族や友人たち。卒業式はクリスマスのような、大盛り上がりのファミリーイベントなんですね。妹には夫のショーンしか家族がいないので、日本から私と私の友人の平野斗紀子さんが加わったことで多少のにぎやかしにはなったかなと思いました。一応ちゃんとしたスーツを持参していったのですが、妹から「礼服姿の家族なんていない、恥ずかしい」と却下され、普段着&スニーカーで参列しました。

 

 

 13時から始まった卒業式は、まず全学部合同の式典から。偉い方々の祝辞が続いたあと、来賓のサンジャイ・グプタ博士(Dr.Sanjay Gupta)が記念スピーチを行いました。CNNの医療時事リポーター&コメンテーターとして有名なインド系アメリカ人脳外科医で、オバマ政権で公衆衛生局長官候補にも挙がった方だそうです。スピーチの内容は(もちろん英語なので)理解できませんでしたが、ところどころで会場の聴衆が爆笑し、ウィットにあふれた楽しいスピーチだったようです。

 

 15時からは妹が所属する看護学部(School of Nursing)の卒業式。エルガーの「威風堂々」が流れる中、拍手の渦の中を、博士課程修了者を筆頭に卒業生たちが入場したときは目頭が熱くなりました。「威風堂々」って日本では焼き肉のたれや缶ビールのCMソングにも使われるけど(もとは英国女王の戴冠式のために作曲されたものだし)こういう席にこそふさわしい音楽だと実感しました。

 

 教授陣代表や卒業生代表のスピーチが続いた後、大学院博士課程修了者から順番に名前と研究名を呼ばれて登壇。証書を授与された後、担当教授からストールのようなものを掛けてもらいます。今回、Docter of Philosophy-nursing(Ph.D.=直訳すると『哲学博士』ですがアメリカでは広く学術一般を指すようです)を授与されたのは10人。Kaori以外は全員白人でした。ショーンと平野さんが立ち上がって懸命に拍手する隣で、私は写真を撮るのに必死。席がステージからかなり遠い端っこだったので、寄りのカットはスクリーンに映し出されたものでガマンです。あっという間に終わってしまいましたが、唯一の日本人・アジア人として壇上に立った彼女の姿を、「威風堂々」のBGMとともに日本国中にオンエアしたい!と思わずにはいられませんでした。

 

 

 その後、大学院修士課程、そして大学卒業生の学位授与が17時ぐらいまで続きます。登壇し終わった卒業生たちは楽屋で同級生たちと記念写真を撮ったりした後、ロビーに用意されたケーキパーティー会場で教授や家族と改めてお祝い。家族や友人から花束をもらって記念写真におさまる卒業生たちにまじって、私は日本から島田市金谷の染色画家松井妙子先生の新作『花影』をお祝いに持ってきました。生花の華やかさには負けるけど、一生モノの記念になるはずです。

 ちなみに帽子を放り投げるようなパフォーマンスはなく(ちょっと残念(笑))、とても落ち着いたアットホームな卒業式でした。

 

 日本の大学だと、この後、謝恩会とかゼミ仲間での卒業パーティーとかがあるんでしょうけど、アメリカでは「家族の支えがあって無事卒業できた」ということが第一義。卒業式の夜は家族で過ごすのが定番のようです。私たちもこの日の夜は、予約が取れない人気レストランで有名らしいフレンチ『BEAST』で乾杯しました。

 

 

 実はKaoriにとって大学院の卒業式は2回目。日本でごく普通のOLだった彼女は、ショーンと結婚して彼の勤務地であるイギリスに転居し、現地での保険事務のアルバイトからセカンドキャリアをスタートさせました。

 もともと世話好きだった彼女は事務職よりも実際に体を動かすサービス業のほうが性に合っていると思い、リスクの高い仕事(米国空軍)に就く夫のサポートになればと、一念発起し、アメリカの大学の通信教育等を活用して看護師資格を取得。ショーンの転勤でイギリスからアラスカに移り住むと、アラスカの公立病院に就職し、ハードなICU夜勤業務等を必死にこなしました。努力が認められ、首都ワシントンの国防省系列大学院に推薦をされ、上級実践看護師/advance practice nurses(APNs)の資格を取得しました。

 

 APNsは通常4年の大学教育を受けRN(Registered Nurse)になり,さらに修士課程の約2年を終えて認定試験を通った人たち。CNS(クリニカルナーススペシャリスト)=看護学・麻酔学・産科学(助産師とほぼ同義)の専門知識やARNP(プライマリケア=日本の保健師以上の権限を持つ)についての専門知識をもちます。全米で16~17万人程度の資格者がいるようです。

 詳しいことはよくわかりませんが、アメリカでは看護師という仕事について、本人たちの職業意識はもちろん、医療従事者すべてが、看護師はスペシャリストであるという認識が徹底しているよう。やっぱり大学や大学院を卒業した資格者が多いためだと思われます。

 

 自他ともにスペシャリストであるという認識があるから、結婚や出産で辞めてしまうような人も少ない。努力すれば妹のような外国出身者にもチャンスは与えられる。日本も、そう簡単にはいかないかもしれませんが、看護師や介護士という仕事が専門性の高いプロの仕事であるという認識を徹底させるためにも、高等教育機関やそれに伴う資格制度の整備・充実を図るべきだろうと、素人ながら感じました。

 

 ちなみに大学のサイト(こちら)にも紹介されていますが、彼女の博士論文のテーマは、

「Daily Hassles,Mental Health Outcomes,and Dispositional Mindfulness in Student Registered Nurse Anesthetists」。

 直訳すると「麻酔看護師における日常の不安とその対策のためのマインドフルネス」ということでしょうか。以前、このブログ(こちら)でも妹がマインドフルネスについて研究していると紹介し、その後、坐禅や白隠禅師についての英語本を送ったりして「私を仏教徒にするつもり?」と笑われてしまったこともありましたが(苦笑)、4年ぶりに再会した妹は、どこか穏やかで気分のムラもなく、仏教については学ぶべきことの多い哲学・心理学だとしみじみ語っていました。このような研究テーマはこちらの大学院でも例がないということで(そうでしょうね)、高く評価されたようです。

 

 いつか彼女が日本のナースの卵たちや、修行中の禅僧の前で、命と対峙する職業人にとってのメンタルヘルスについて語る日が来るんじゃないか・・・なんてひそかに夢見てしまいます。

 身内ですが、彼女は今、私が最も尊敬する女性だと言わせてください。