今週末の3連休中日の14日(日)、JR東静岡駅前のグランシップ交流ホールで、第34回しのだ日本酒の会(篠田酒店主催)が開かれます。篠田さんは、私が地酒取材を始めた頃、すでに地酒の会を定期的に開催し、まだなじみの薄い静岡吟醸の価値を伝道する地道な活動をしていました。私自身、酒販店主催の会に参加したのは、この篠田さんの会が初めてでした。
当時は旧清水市内の小さな料理店を会場に20人足らずでこじんまりと開いていましたが、年々参加者が増え、ベイエリアに大型施設がオープンしてからは、100人以上集めてのパーティー形式となり、近年はホテル大宴会場で200人規模の会に。参加蔵も、県内外から20社以上集まる県内屈指の地酒イベントとなりました。
昨年、ホテルサンルート清水で開かれた会に招待された私は、挨拶で「地酒の映画を作りたいと思っています」と宣言してしまい、好奇の目を集めました。実はこの時点では資金のめどどころか、脚本の方向性も決まっておらず、口ばかりで終わってしまうかも、という不安を抱えていて、このときの宣言は、退路を断つというギリギリの心境でした。
その後の二次会で、隣に座った開運の土井社長と酒杯を酌み交わしながら、土井さんがお若い頃、酒を売るのにご苦労されたお話や、静岡酵母HD-1を発見したころのお話を改めてしみじみ聞いているうちに、「こういう貴重なお話を聞かせてもらえる自分には、何か役割があるんじゃないか」という自覚をハッキリ感じました。静岡県酒造組合に映画制作の相談に行った時は、色よい返事がもらえなかったので、会長である土井さんはどんなふうに思っているんだろうと不安でした。立場上、いろいろ難しいんだろうなとも思っていました。
とにかく、去年の篠田さんの会の二次会で、土井さんとじっくりお話できたことが、ひとつ、私の勇気と励みになったことは確かです。1年後の今年、この会でパイロット版を紹介できるなんて、感無量です。
30分、ナレーションなし・未完成の地味なドキュメンタリー映像を、呑んでいるお客さんがどれだけ集中して観てくれるのか、正直、自信はありませんが、チャンスを与えてくれた篠田さんや背中を押してくれた多くの蔵元への感謝も込めて、30分という貴重な時間をお借りしようと思っています。参加予定のみなさん、会の後半、19時ころからの上映(予定)ですので、なにとぞよろしくお願いいたします。
さて、昨日、篠田酒店へ打ち合わせに行ったとき、話題に出たのが「事故米」のニュース。実際、篠田さんで扱う焼酎の中にも“被害”にあったものがあり、朝から取引先の電話に追われていました。昨日午前中の時点では、名前が出たのが焼酎メーカーだけだったので、焼酎って結局、安かろう悪かろうの原料を使うんだ、これは日本酒には追い風になるな、と思いました。
ところが夜になって日本酒メーカーの名前が出てきて、少なからずショック…!日本酒にとって原料の米は命のはず。誰がどこで作ったどんな米かを知らない日本酒メーカーなんてあり得ないと思っていました。
今でこそ、県外の契約農家を熱心に訪問したり、地元農家と一緒に田植えや稲刈りに汗を流す蔵元が増えてきましたが、私が取材を始めたころ、一番不思議だったのは、メーカーなのに主原料(米)について外部機関(組合やJAなど)に任せっきり、という蔵元の体質でした。個人農家から買いにくい、リスクが高いという背景もあったと思いますが、主原料、ましてや口に入るものですから、常識的に考えればメーカーは最重要課題で取り組むべきではないかと。しかしながら、当時は米よりも酵母への関心のほうがはるかに高かったのでした。
12~13年前、山田錦を県内でも育てようという機運が起こり、酒米研究の第一人者である永谷正治先生(元国税局酒類鑑定官室長)が静岡県に巡回指導に入られた同時期、運よく、「しずおか地酒研究会」を立ち上げた私は、みんなでもっと酒米について勉強しようよと呼びかけ、先生を講師にお招きしました。
原料のことをしっかり勉強すれば、気候変化等の要因で米の生育が悪くても、しっかりとした酒ができる。そのことは、今回のパイロット版でもしっかり紹介しましたので、お見逃しなく。もっとも、「事故米」の件は、原料への理解云々以前の問題ですが。
最後に、またまた長くなりますが、毎日新聞連載「しずおか酒と人」より、永谷先生を紹介した回を再掲します。昨年夏、急逝された永谷先生のお別れ会で、ご遺族にお渡ししたイラストも添えて。
「酒造家がふる里を豊かに」 文・イラスト 鈴木真弓 (毎日新聞「しずおか酒と人」 1998年10月15日朝刊掲載)
私のような女性のフリーライターが地酒の取材をしていることを不思議がる人は少なくありません。真弓というのも男性名だと思い込んでいたマスコミ人がいるくらい。なぜ地酒を?との問いに、以前は単に「飲むのが好きだから」と答えていましたが、最近、自分でもようやく確信を持って答えられるようになりました。地酒を通して静岡というふる里の今と未来の姿がみえてくる気がするから―と。
「名水あり静岡県は酒どころ」とは県酒造組合のキャッチフレーズですが、現在、編集を手伝っている県森林協会の会報誌で、静岡県の水のおいしさは、豊かな森林資源おかげだということを知りました。
県の林野面積は県土総面積の64%。全国平均に比べたらそう高くはないものの、南面傾斜で健康な木が多く、保水能力もある。大半が水源涵養保有林で、富士山や南アルプスなどの積雪を抱き、豊かな湧水をもたらしてくれます。大きな河川の上流域の平均降水量が多いということも好条件の一つでしょう。
森林に降った雨の35%は地下に浸透します。この自然貯水機能が潤滑に働くには、山間地の水田の存在が重要です。流出する雨水を一時貯留し、河川に供給しているからです。
しかしながら、今、森林や水田を守る人は確実に減っています。水は恒久の恵みと言えなくなっているのです。
一方で、地酒の取材を通して最も手ごたえを感じたのは、米作りの価値を知り得たことでした。酒米・山田錦研究の第一人者である永谷正治氏に、県内の山田錦作りを実況見分していただいた過程で、「良田は赤っぽい粘土質。静岡県は青黒い火山灰質の土が多いが、南部海岸から北部山岳まで複雑な地形で一枚ごとに土が違うので、丹念に調べれば良田は必ず見つかる。山裾の地肌や道路の盛り土・底土などの“色”をよく見なさい」と教えられました。
その上で、意欲と情熱を持つ稲作農家に思う存分働いてもらう。酒造家が彼らと共存共栄の精神でやれば、まさに日本酒が日本のコメを守ることになると。
地元の米で地酒を造ろうという動きは、県内各地で活発ですが、酒造家が「農家やJAに頼まれて」造るのではなく、「農家と一緒に作る」気持ちをどれだけ持てるかです。酒造家が稲作を手伝い、農家が蔵人になれば、さぞかし“気合い”の入った酒になるでしょう。そういう酒は、フランスの銘醸蔵(シャトー)と対等に評価されると永谷氏は言います。
水と米。醸造業にとっては命の源です。酒造家が真剣に地元の森林保全や農業に目を向け始めたら、静岡県の豊かさの質が変わってくるような気がします。