杯が乾くまで

鈴木真弓(コピーライター/しずおか地酒研究会)の取材日記

20年後のビッグビジネスを語る

2015-10-07 11:04:50 | ニュービジネス協議会

 ノーベル物理学賞のニュースで、素粒子ニュートリノがふたたび脚光を浴びています。ニュートリノといえばカミオカンデ。カミオカンデといえば浜松ホトニクスの光電子倍増管。ちょうど1年前に浜松ホトニクス中央研究所を訪問して、スーパーカミオカンデに設置された20インチの倍増管(実物)を見せていただいたことを鮮明に思い出しました(こちらの過去記事を)。

 同研究所の訪問は、昨年11月20日に開催された【新事業創出全国フォーラムIN静岡】のパネルディスカッションに、原勉所長をお招きすることになったため。パネルディスカッションの記録を読み返してみると、新しい産業というのは日本の科学の、地道で陽の当たらない基礎研究の積み重ねによって支えられていることが伝わってきます。そして科学者は、その研究が社会にどう活かされるか、その視点が必要なんだろうと実感します。自己探究心を満足させ、名を残すだけを目的にしちゃいかんのだと。これは白隠禅師がよくおっしゃっていた「上求菩提 下化衆生」=つねに衆生(庶民)とともに救済されることを念頭において自己を向上させよ、という教えと同じではないでしょうか。

 大村智教授が受賞された医学生理学賞でも土中の微生物が注目を集めています。微生物とニュートリノ・・・人間の眼には見えない存在ながら、人のいのちや暮らしに大きな存在となっている・・・無と有、まさに禅の世界だなあとしみじみ思います。

 

 それはさておき、私がまとめたパネルディスカッションの記録は、ニュービジネス協議会の会報誌で発表しましたが、多くの方に読んでいただきたいと思い、再掲いたします。

 

パネルディスカッション「ふじのくにから未知への挑戦~20年後のビッグビジネスを語る~」(抜粋)

 第10回新事業創出全国フォーラムIN静岡 2014年11月20日 グランディエールブケトーカイにて開催

<パネリスト>

山口 建氏(静岡県立静岡がんセンター総長)

木苗直秀氏(静岡県立大学学長)

山本芳春氏(㈱本田技研工業取締役専務執行役員 ㈱本田技研研究所代表取締役社長執行役員)

原  勉氏(浜松ホトニクス㈱常務取締役 中央研究所所長)

 

<コーディネーター>

鴇田勝彦氏(一般社団法人静岡県ニュービジネス協議会会長 TOKAIグループ代表)

 

 

(鴇田)2005年からスタートした新事業創出全国フォーラムは今回で10回目を迎えました。今回のテーマは「ふじのくにから未知への挑戦」ということで、日本のみならず世界をも驚かす技術をもっておられる静岡の企業、大学、医療機関の方々をお招きし、ディスカッションをしていただきます。まだ誰も知らない世界、誰もがほしがる世界、そんな未知の世界へ果敢に挑戦されている方々です。ぜひとも20年後のビッグビジネスについて、妄想を語っていただければと思っております。

 

(山口)医療機関とは究極のサービス業だと考え、いのちの質(Quality of Life)、死の質(Quality of Death) というものと向き合っております。

 静岡がんセンターはまったく新しいところから始まった病院です。私は徳川慶喜公の孫にあたる故高松宮妃殿下の主治医を務め、「おもてなしをしっかりするように」と教えていただきました。最近、東京オリンピック決定以降、軽薄なおもてなしが流行っておりますが(笑)、真の、重厚なおもてなしの精神を以って静岡でガン医療を提供しようと努力しております。

 医療城下町構想は患者さんのために産学官金が一丸となって「モノづくり、ヒトづくり、まちづくり、カネづくり」に取り組もうと10年前に提唱したものです。最近になって政府が「まち・ひと・しごとづくり創生本部」というのを立ち上げましたが、我々は10年先取りしてやっております。

 

(木苗)どの大学でもそうですが、大学の使命とは教育、研究、社会貢献(地域貢献、国際貢献)であります。私が6年前に学長になったときに作ったキャッチフレーズが「個を磨き強い絆で知を発信」です。ようするに各学部や教室でそれぞれ個人が自分を磨き、それから強い絆で一致団結して国内外に発信する。集団でやることによって10年20年後、一人では出来ないような大きな仕事ができるということです。

 食品関連では文科省から5年間の研究予算をいただいております。今年採択された事業では「ふじのくに静岡県、体の健康・心の健康・地域の健康」を合言葉に10年20年先にも地域そして世界で貢献できる事業にしていきたいと考えております。

 

(原)浜松ホトニクス中央研究所の原です。今日は全国からお集まりということでご存知ない方もいらっしゃるかもしれませんが、浜松というのはテレビ発祥の地であります。高柳健次郎先生が浜松高等工業(現・静岡大学工学部)に赴任され、1926年、テレビジョンの画像にイロハの「イ」の字を映し出すことに成功しました。20年30年先の産業の種を創ったということで、高柳先生の弟子の一人が当社の創業者堀内平八郎でございます。堀内は現会長の晝間輝夫とともに1953年に会社を創立しました。哲学は「真の価値はお金ではない、新しい知識だ」。現在、光情報処理・計測、光材料、光バイオ、健康医療という4つの分野を中心に一生懸命やらせてもらっています。

 

(鴇田)山口さん、最先端医療技術はわが国の社会経済にとって大変インパクトを与えるものと思われますが。

 

(山口)現在、県内産業はトータルで15兆円ほどの規模で、輸送機器や電気機器に次いで6位ぐらいに医療薬品分野の製造出荷額がランクインしています。規模としては1兆円。47都道府県の中では第一位です。もともと強い分野ですね。今後の目標は10年間で1兆円プラス。そうなりますと近い将来、3位ぐらいに上げていきたいと思っており、6000~7000億円ほどの目処が立っております。

 医療は社会経済に非常に密に関係しており、70歳定年時代を前にその備えという意味で考えると、医療を「消費」ととらえたら、確かに大変でしょう。しかし消費ではなく「投資」と考えてみたらどうでしょう。日本国民への「投資」だと考えれば非常に重要なポイントになります。

 私自身、定年というのは我々人類が近年になって編み出した悪しき習慣だと思っています。20万年間の人類史の中でたかだかここ100年ぐらいの概念です。それまでは、身体が動き続ける間は死ぬまで働き続けてきた。それを助けるのが医療です。やはり50歳を過ぎると身体能力は落ちてきますが、幸いなことに人間の心は老いない。知恵は100歳になってもテレビのニュースを見ればそれなりに増やすことができます。喧嘩をすれば知恵は増えますね(笑)。

 今日、一番申し上げたいのは個別化サービスということ。これが21~22世紀の大きなビジネスになろうかと思います。医療はその人の身体の状態や心のケア等、完全に一人ひとり個別のサービスです。胃がんですと一人300万円ぐらいの出費になり、保険制度によって月10万円ぐらいで収まります。私の息子はHONDAのCR-Vに乗っておりますが、いつも胃がんの患者さんの手術と同じぐらいの値段だなあと見ています(笑)。

 

(鴇田)浜松ホトニクスは過去2回にわたってノーベル賞受賞に貢献されましたね。

 

(原)いきなり関係の無い話で恐縮ですが、2年前から京都の龍安寺にある蹲(つくばい)に惹かれています。真ん中の四角いところに水が溜まるのですが、その周りの四文字と中央の四角を組み合わせて読むと「吾唯足知」となります。禅の教えだそうです。地球は環境資源、食糧、人口、エネルギー、健康長寿といろいろな問題を抱えていますが、日本はこれらの分野の先進国でもあります。ちょうど1年前の読売新聞のコラムで、京都のある高僧に「少欲知足」という禅語を英語に訳すとどうなるかと訊いたところ、即座に「sustainable(持続可能)」と応えたとありました。日本の生活の知恵や考え方、東洋的な思想はすばらしいと思いました。

 ライフコミュニケーションやライフサイエンスという言葉はありますが、我々が掲げた「ライフホトニクス」とは、医療やバイオ関連に特定されたものから、生命や生き方などいろいろ広い意味を込めて、我々の技術を活かせる分野を探っていこうというものです。ここで言うライフとは人間ではなく地球のライフを指します。

 まず「光情報処理・計測」は光を使ったさまざまな計測技術ですね。離れた場所で接触しなくても計測可能な光を使った情報処理を進めています。「光材料」分野では量子カスケードレーザという色純度の優れたレーザー機器をすでに販売しております。とりわけ環境計測に威力を発揮し、炭酸ガスの中でもCO13やCO14など細かな割合を計測できます。たとえば静岡で計測したCO2が、この建物から発生したものか中国から飛来してきたものかが判るのです。欧米では使っていただいているのですが、残念ながら国内にはユーザーがおりません。ぜひこの機会によろしくお願いします(笑)。

 「健康医療」ではPET(Positron Emission Tomography)の技術開発に取り組んでいます。もうひとつはX線や放射線を使わず、光を使って体の中を見る光マンモグラフィーのような装置。実際に臨床検査も行なっています。集団検診に使うにはもう少し時間がかかりますが、もともとガンを持っている患者さんがX線マンモでは頻繁に検査できないところ、光ならば無害ですので安心して検査を受けられる。乳がんは簡単に切らず薬や放射線で小さくしてから切るというケースもあるようで、小さくするための投薬や放射線治療も人によって効き方が違うそうです。たとえば1週間後、光マンモで大きさがわかれば薬の量も判断できる。そういうことで浜松医科大学と共同研究を進めています。「光バイオ」では京都大学のiPS細胞のお手伝いをしています。植物の遅延発光の応用は工場排水が生態に及ぼす影響を短時間で検出できます。こんなことをやりながらライフホトニクスに向けて努力をしています。

 1926年に浜松でテレビジョンが誕生してから100年後の2026年ぐらいまでに浜松で何か新しいものを誕生させたいと思っています。

 

(鴇田)木苗学長は静岡県のクラスターの中でもフーズサイエンスヒルズとして地元資源を活用した新しい食の開発、マーケティングによって産学官金の連携を積極的に進めておられます。

 

(木苗)静岡県は富士山や駿河湾があり海の幸山の幸に恵まれ431品目も食材があります。そして静岡県は健康寿命日本一(女性1位、男性2位)。その理由としては食材が豊富でお茶を良く飲むということが考えられます。最近若い人が急須のお茶を飲まなくなったといわれますが、一世帯あたりのお茶の年間支出額は静岡市が全国第1位、浜松市が第2位を占めています。

 我々の研究のきっかけは徳川家康公です。家康公は75歳で亡くなりましたが、当時の平均寿命の2倍。家康公の食事を調べると、ビタミンやカルシウム豊富な麦ご飯、具沢山の味噌汁、丸干しの魚や根菜類、お茶などを摂取しており、薬は自分で調合していた。久能山東照宮にはさまざまな器具が残っています。

 最近の疫学的調査によるとお茶を飲んでいる人の大腸がんや肝がんの発生率が低く、ガンにかかる年齢が後ろになっているというデータもあります。糖尿病や認知症に関してもお茶は有効です。またノビレチンというみかんの皮に多く含まれる成分をアルツハイマーのモデルマウスに投与したところ、脳の組織が徐々に修復した。次いで20人ほど高齢者にお菓子として食べてもらったところ、それなりの効果が得られました。ただし治験人数が少ないのでもう少し検討の余地があります。

 私がセンター長になり、平成21~22年にかけ、研究開発から需要開発まで一貫した地場産品活用の研究開発の促進、それによる地域の活性化、人材育成、食による地域づくりに取り組んでいます。光を遮断して栽培したお茶の中に、アミノ酸が3倍含む白いお茶を開発することもできました。このクラスターは500社で1兆3千億円規模です。

 

(山本)環境、とりわけCO2の問題はさまざまな機関で話し合いが行なわれていますが、我々としては自分たちが出来ることをやりきろうと電気自動車や燃料電池車等さまざまなチャレンジに取り組んでいます。燃料電池車に関してはスマート水素ステーションの設置も進めています。私どもの独自技術を使い、水を電気分解して水素を作るもので、従来のガソリンステーションのように設置に大量のコストと時間をかけるのではなく、1日で設置できるような実証実験を進めています。

 FCVは2015年度中には発売したいと思って開発を進めています。水素を使い、排出は水だけ。走行可能距離は700kmで5人乗り。水素を充填する時間はガソリン車と同等の3分以内。これも我慢することなく利便性と環境を向上させるためです。当然我々が作る車はキビキビ楽しい車でありたい。安全装置もしっかり盛り込んでお届けしたい。

 ワクワクドキドキのモビリティとしては来年からF1に参戦します。二輪の世界では連続して参加し、個人もチームも優勝メダルを取ることができました。このマシンはF1よりも速く、二輪の世界で時速350キロで競い合っています。我々の想像を絶する世界なんです。来年から闘うF1も同様の世界ですが、従来と異なるのはCO2を配慮しているということ。F1のエンジンは1600ccターボですが、ハイブリッド車で、ガソリンエンジンは3割が実際の動力に使われ、6割は排出される。ただし排気ガスのエネルギーを回収して利用する。大変厳しい燃費規制の中で効率のよいレースを行います。音のレベルでいえば、マシンのそばに近寄ると身体がふるえるほどだったのが、今はマシンの近くでもイヤホンなしで会話ができます。

 最後にホンダジェットをご紹介します。これも来年から引渡しが始まります。全長13メートル、幅12メートルほどで、パイロットを含めて6人乗り。時速750kmで高度は1万3千メートル。ふつうのエアラインは1万メートル程度を飛んでいます。航続距離は2200キロメートル弱。静岡空港を拠点にすれば日本全国ほぼカバーできると思います。車と違い、エンジンと機体をそれぞれ開発したのは世界の中でもホンダだけで。世界中ではそれぞれ別のビジネスができるというわけです。両方ともアメリカのノースカロライナ州で生産しており、私も先週現地へ行って試乗してまいりました。もちろんライセンスは持っていないので客席に搭乗したわけですが、従来のビジネスジェットと違い、快適で広々とし静かで最新のエレクトロニクスを登載しており、非常に気持ちのよいフライトでした。燃費も同じクラスの飛行機の3割減。日本でも出来るだけ早くお披露目したいと思っています。鴇田会長、今ご注文いただければ、5億円ほどでお引渡しできますので、ぜひご検討ください(笑)。

 

(鴇田)ありがとうございました。実は最初にホンダジェットはいくらするのかお聞きしたかったのです。察していただきありがとうございます(笑)。私の印象では、今日の4名のお話だけでも大変広範囲なビジネスが育ち始めており、中小や新規企業にもビジネスの種を拾い、命を吹き込むことが出来る。そういうものが目の前に広がっているということがご理解いただけたのでは、と思っています。パネリストの皆さまありがとうございました。(了)

 

 

 なお、来る10月19日(月)、静岡県ニュービジネスフォーラムIN浜松が開催されます。今年のテーマはIT農業と6次産業化。一般の方も参加できますので、ぜひふるってお越しください。詳細はこちらを。

 



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