杯が乾くまで

鈴木真弓(コピーライター/しずおか地酒研究会)の取材日記

柳陰と日本酒カクテル

2017-07-27 10:26:43 | 地酒

 前回記事で、広島県鞆の浦の『保命酒』のことを書いた後、日刊いーしずの連載コラム〈杯は眠らない〉2013年8月掲載の記事を思い出しました。再掲しますので、この時期の家呑みに参考になれば幸いです。

 

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 静岡弁で“やっきり”するほど暑い夏。人前では日本酒しか呑みません宣言をしている私も、外出先から帰ってくると冷蔵庫からまず取り出すのが冷え冷えの缶ビールになっちゃって、これじゃぁ日頃お世話になっている蔵元さんや酒屋さんに顔向けできないと忸怩たる思い…。できるだけこの時期、日本酒を消費する対策をあれこれ試している最中です。

 先日、フェイスブックに「暑いから日本酒をソーダ水で割って飲んでいる」と書いたら、「そんな飲み方があるの!?」というコメントをもらいました。「自由にアレンジしていいんですよ♪」と返信しながら、自分もちょっと前まで、“蔵元さんが丹精込めて造った酒を、勝手に加工しちゃいけない”と思い込んでいたよなぁ…とセルフ突っ込みしてました(苦笑)。

 実は、しずおか地酒研究会で2012年7月、藤枝市文化センターで【酒と匠の文化祭~夏版】というイベントを開いたとき、酒販店会員の後藤英和さんに、日本酒を使ったサマーカクテルをあれこれ考案してもらい、お客さんと一緒にテイスティングを楽しんだのです。

 

 こちらがそのレシピ。合わせる量はお好みです。

 

●SAKE・ライム/ロックアイス+日本酒+ライムジュース

●SAKE・ロック/ロックアイス+どぶろく

●ドブ・ハイ/どぶろく+ソーダ

●SAKE・リッキー/日本酒+ライムジュース+ソーダ

●SAKE・トニック/日本酒+トニックウォーター

●SAKE・フィズ/日本酒+レモンジュース+サイダー

●SAKE・バック/日本酒+レモンジュース+ジンジャーエール

●SAKE・カルピス/日本酒+カルピス+ソーダ

●SAKE・オレンジ/日本酒+オレンジジュース

●SAKE・アップル/日本酒+アップルジュース

●SAKE・ピーチ/日本酒+モモの果肉(みじんぎり)

●SAKE・梅ハイ/日本酒+梅酒+ソーダまたはサイダー

●酒茶漬け/水洗いした冷や飯に好みの具(鮭・梅・塩から等)をのせ、キンキンに冷やした酒を注ぐ。

●酒しゃぶ/出汁のかわりに酒で肉・魚・野菜をしゃぶしゃぶする。沸騰させてアルコールを飛ばす。

 

 

 冒頭の「SAKEライム」は、日本酒をライムで割ったカクテル「サムライ・ロック」でおなじみですね。外国人受けを狙ったネーミングなのかな。いずれにしても、このレシピのおかげで、気分や体調に合わせて氷やミネラルウォーターで割って飲むスタイルを自然に楽しめるようになりました。レシピの中では日本酒をレモンジュースとジンジャーエールで割った「SAKEバック」がお気に入り。爽快で飲みやすくて、これなら日本酒が苦手という女子たちにも薦められます。

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 【酒と匠の文化祭】では、後藤さんのカクテル片手に、フリーアナウンサー國本良博さんに、酒の名文を朗読してもらうスペシャルステージを行いました。國本さんに読んでいただく文章をあれこれ探していたとき、目に留まったのが、篠田次郎氏の『日本酒ことば入門』(無明舎出版)。その中に、こんな一節があります。

 

 

8月の酒 柳陰

 猛暑のシーズン、だれもが疲労回復の妙薬が欲しいと思うだろう。現代人なら健康ドリンクの小鬢の蓋を開けて、グイーっとやって、しばしスタミナが回復したと思うのであろうが・・・。それと同じ効果を、江戸の人たちもやっていた。

 ビタミン剤とか疲労回復剤なんどが発明・発見される、はるか以前のことである。

 私たちの体を活性させる一番の妙薬は、体を動かすエネルギーを補給することである。それは、枯渇した糖分を補給すればいいのだ。糖分でなく、デンプン質でもいいし、アルコール分なら、より効き目は早く来る。ウソと思うなら、お手元のドリンク剤の成分をよく読んでみてほしい。

 ごはんのデンプンを、麹の力で糖化した『甘酒』は、江戸の人の夏の飲み物だった。甘酒売りから甘酒を買って飲む。そうすれば疲労感はすっ飛ぶのだ。

 それに、少量のアルコールが入っていれば、効果は倍増する。「甘酒なんて女・子どもの飲み物だ」とおっしゃる飲んベイ、江戸っ子はそれなりの智恵を働かせた。

 彼らは夏の真っ盛りの飲物に「柳」に「陰」と書いて「柳陰」というのを愛用した。それは、酒屋で売っているのではなく、自分で作ったのである。

 作り方はいたって簡単。酒にみりんを加えるだけだ。みりんは主に調理に使われる甘さとうまみ材である。甘さがたっぷりはいったアルコール系飲料だから、エネルギー欠乏時の活性剤としてはまさにずばりの飲物である。

 ウソだと思う人は、ドリンク剤の成分をもう一度お読みください。

 篠田次郎氏『日本酒ことば入門』(無明舎出版)より

 

 

 文中に出てくる「柳陰(やなぎかげ)」という酒、気になりますよね。古典落語の『青菜』に登場する酒です。

「植木屋さん、こっち来て一杯やらんかいな。」

「へえ。旦那さん。おおきにありがとさんでございます。」

「一人で飲んでてもおもろあらへん。植木屋さん相手に一杯飲もうと用意してましたのじゃ。どや、あんた柳蔭飲まんか。」

「へっ! 旦那さん、もうし、柳蔭ちゅうたら上等の酒やおまへんか。いただいてよろしいんで?」

「遠慮せんでよろし。こうして冷やしてました。さあ、注いだげよ。」

「こら、えらいありがたいことでおます。」

 

 ってな感じの軽妙なやりとり。最初に聴いたとき、「柳陰」ってどこの蔵元のどんな高級酒かと思いましたが、調べてみたら、焼酎をみりんで割った“酒カクテル”だったんです。

 

 確かに丁寧に醸造された本みりんは、ストレートでも飲める美味しさ。度数の高いアルコールとブレンドすれば、アルコール由来のつんつんとした辛さを甘くまろやかにコーティングしてくれるでしょう。オンザロックや炭酸水で割れば、度数が低くなり、グイグイ爽快に飲めます。

 わが家には焼酎の買い置きはないので、日本酒に、ふだん料理に使っている杉井酒造(藤枝市)の純米みりん『飛鳥山』と、広島県福山市の薬草酒『保命酒』をそれぞれ半量混ぜてロックにして飲んでみたら、篠田氏ご指摘のとおり、時々飲む栄養ドリンク剤からクスリ臭さや香料臭さを除去したような、自然の甘みがふんわり口中に広がり、ビックリするほど美味しかった。この時期の滋養強壮にピッタリだと実感しました。

 ちなみに、保命酒というのは、広島県福山市鞆の浦で江戸時代から造られている薬草酒。2007年静岡市製作の映画『朝鮮通信使~駿府発二十一世紀の使行録』の脚本を担当したとき、鞆の浦で見つけた通信使ゆかりの地酒です。幕末には、老中阿部正弘(福山藩主)が下田でペリー一行にこの酒を振舞ったという逸話も残っています。 

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 体力が落ちているとき、人は甘いものを欲するといいます。鑑評会出品酒が甘い酒になっているのは、甘い=オイシイの代名詞になっている傾向の表れだし、何でもかんでも甘味を第一評価するというのは、現代日本人が疲れている、あるいは味覚が原始化?しているのでは、と考えさせられます。自分も、日本酒に甘味や酸味を加えてアレンジしたくなるのは、やっぱりいつもの調子じゃないときだって自覚します。

 日本酒は、夏を越し、涼しくなる秋口からグーンと旨味が増してくるといわれます。それは、熟成の妙だけでなく、受け止める人間の味覚も“本調子”に戻ってくるからじゃないでしょうか。

 

 自分も、この暑さがひと段落したら、日本酒本来の香味バランスと繊細な渋味や辛さを美味しく感じられる状態に戻れるんじゃないか、と期待しつつ、それまでは江戸っ子の知恵や流儀を上手に取り入れ、汗をかきかき、今夜も冷蔵庫や調味料棚を物色しています。杉井酒造では、日本酒「杉錦」、焼酎「才助」、みりん「飛鳥山」が揃っているので、杉錦トリプルブレンドに挑戦してみようかな。

 

 

 



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