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20歳のアスリートが流した涙

2021-04-26 11:33:44 | 編集手帳

2021年4月6日 読売新聞「編集手帳」


 「大きな感動」あるいは「感動を超える感動」といった表現でもまだスケールが足りないとき、
イタリアの人は「コンムオーベレ(commuovere)」と言うらしい。

『翻訳できない世界のことば』(前田まゆみ訳、創元社)で、
著者のE・F・サンダースさんは次のように説明している。
「涙ぐむような物語にふれたとき、
 感動して、
 胸が熱くなる」――
と教わって辞書で調べてみたところ、
やはり日本語に当てはまる語句は見つからなかった。

何も言わない方がいいとさえ思う。
競泳の池江璃花子選手が、
東京五輪のメドレーリレー代表に内定した。

「勝てるのはずっと先のことだと思っていた」。
白血病の発症から、
2年余りしかたっていない。
日本選手権女子100メートルバタフライ決勝で、
1位でゴールしたことがわかると、
水のなかで肩をふるわせて泣いた。
その涙に感動し、
胸を熱くした方は多いことだろう。

涙はしょっぱい。
アンデルセンは言ったという。
「涙は人間がつくる一番小さな海である」。
20歳のアスリートが流した涙は、
命のまぶしさでは世界の七つの海が束になってもかなわないだろう。

 

 


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