2021年3月2日 NHKBS1「キャッチ!世界のトップニュース」
毒殺未遂から奇跡的に回復し今年1月に帰国した野党勢力指導者 ナワリヌイ氏。
2月の裁判で
過去の経済事件を理由に2年6か月服役することになり身柄は刑務所に移された。
ナワリヌイ氏の釈放を求めて大規模な抗議活動が起きたが
その中でロシアが抱える深刻な世代間の対立が浮かび上がってきた。
ナワリヌイ氏の逮捕が呼び水となり
ロシア全土に広がった抗議の声。
デモが起きた都市の数は120を超えた。
抗議拡大の原動力となったのがネットのSNSである。
ナワリヌイ氏の陣営は様々なSNSを使って全国の支持者にデモを呼びかけた。
SNS上では各地でデモ隊と治安部隊が衝突する動画が拡散。
スマートフォンに慣れ親しんだ多くの若者たちの目にとまった。
治安部隊の乱暴な取り締まりの様子に強まる若者たちの反発。
SNSにアップされた動画には
高校の教室に掛けられたプーチン大統領の肖像画を持ち去る女子生徒。
ナワリヌイ氏の写真に掛け替える生徒も現れた。
(大学生)
「これがロシアの刑事訴訟法です。
こんなもの忘れてください。
ナワリヌイ氏の逮捕は刑訴法に違反しています。
こんなもの なぜ必要なの?」
プーチン政権は抗議活動は違法だとして
これまでに1万人以上の参加者を拘束。
“欧米諸国が背後で画策している”として
厳しく取り締まる姿勢を崩していない。
(プーチン大統領)
「ロシアは封じ込められようとしている。
我々を弱体化し支配下に置くことが目的だ。」
政権側も
動画の影響力の大きさに気づき
若者向けの宣伝動画を拡散させている。
登場するのはインターネット通販で売り上げを伸ばしている会社の社員たちである。
♪誇りを持って頭を上げよう
母なる祖国のために
われわれは最後まで立ち上がる
母なる祖国のために
プーチンこそ大統領!
♪ロシア ロシア
その名が示す炎と力
その名が示す勝利の炎
国旗を高く掲げよう
プーチン大統領!
支持します!
21年にわたりロシアを率いてきたプーチン大統領への支持を呼びかける。
政府系機関や民間の世論調査ではいずれも
プーチン大統領の支持率はナワリヌイ氏の解放後も横ばいで
今のところ政権批判は抑え込まれている。
プーチン大統領を支持しているモスクワ在住の テリャトニコフさん(53)。
ナワリヌイ氏がプーチン大統領の退陣を求める一方
自らの政策は示さないことに共感できず
抗議活動を冷めた目で見ていた。
(テリャトニコフさん)
「ナワリヌイ氏には理念が欠けています。
将来性のあることは語れません。
いまはプーチン大統領でいいです。
事態は極端に悪くなりません。」
テリャトニコフさんは
30年前ソビエトが崩壊後の混乱を鮮明に覚えている世代。
経済や治安が極度に悪化するぐらいなら体制に従う方がましだと考えている。
(テリャトニコフさん)
「ロシア皇帝もソビエトの書記長も死ぬまで続けました。
頻繁に政権が変わった経験はありません。
民主的な政権交代は気質に合わないのです。」
民主主義なロシア人に合わないというのはロシア人の本音か。
政権の宣伝工作
いわゆるプロパガンダがそう思わせている側面が大きい。
プーチン大統領は
“過去の混乱を収拾したのは自分だ
自分がいなくなればロシアは再び混乱する”
というプロパガンダを就任以来21年間続けてきた。
そして7年前の2014年にウクライナのクリミアを併合したことをきっかけに
欧米の経済制裁が始まってからは
欧米を敵視する傾向が強まった。
つまり
外に敵を作り国民に団結を訴えることで
プーチン政権を批判するべきではないという世論を
特に中高年の間で作ることに成功したと言える。
一方 若者にはそのようなプロパガンダが浸透しないのはどうしてか。
実感がわかないからである。
ソビエト崩壊から今年で30年が経ち
当時生まれてもいない若者にとって90年代の混乱はもはや遠い昔の話である。
実感がわかない昔ばなしよりも
リアルタイムで入ってくる動画の方がはるかに説得力がある。
そして興味がわいたらスマートフォンでさっと情報を仕入れ
SNSやチャットで共有するため
政権のプロパガンダが浸透する隙がないというのが現状である。
若者たちの“プーチン離れ”を表す興味深い世論調査が2月末に公表された。
プーチン大統領が2024年以降も続投を望むかを世代ごとに尋ねた。
18~24歳の回答者は57%が“望まない”
31%が“望む”と答えた。
55歳以上の回答者は59%が“望む”
31%が“望まない”と答えた。
若者と中高年で真逆の意見が示されたのである。
全ての世代を合計すると
プーチン大統領の続投を望む人の方がまだ7%ほど多いが
あきらかに政権にとって逆風が吹いている。
政権側が抗議活動を厳しく取り締まる背景には
こうした統制できない若者たちが増えることへの危機感がある。
世代の溝が深まることは避けられない。
プーチン政権はここ数年
インターネットの規制強化を進めてきた。
具体的には
ロシアで活動するインターネット事業者に対して
ユーザーのデータを一定期間保管することを義務付けたり
当局がメッセージや動画の削除を要請できるようにした。
さらに2021年からはフェイスブックなどに対しても
当局が必要と判断すればサービスの遮断をできるようにした。
今のところ大規模な遮断が行われたケースはないが
こうした締め付けの目的がインターネット検閲の強化であることは明らかで
若者たちは反発を強めている。
ロシアの若者はインターネットの自由を
言論の自由や表現の自由と同じ
基本的・普遍的な価値観のひとつと受け止めている。
政権側がナワリヌイ氏を収監し
その主張を社会から排除できたとしても
今の路線を続けていけば若者たちのプーチン離れはますます加速する。