3月18日 編集手帳
追っ手から逃れる必要もあってか、
江戸時代の遊(ゆう)侠(きょう)は皆、
歩くのが速かった。
三度笠(がさ)を胸に当て、
手を離して歩いても笠は落ちなかったという。
国定忠治にまつわる伝説を、
作家の子母沢寛が随筆につづっている。
速足で歩くことでみずから風を起 こし、
その風圧というピンでおのが胸に何かを留める。
昔の渡世人にとっての“何か”が三度笠であったとすれば、
その人が胸に留めたものは夢だろう。
競歩の国内レースで、
鈴木雄介さん(27)が世界記録を塗り替えた。
男子三日ならぬ三年会わざれば刮目(かつもく)して見よ。
3年前のロンドン五輪は36位に終わっている。
伸び盛りとは、
そういうものだろう。
いつか世界で金メダルをとって、
競歩の魅力を広めたいという。
両足が同時に地面を離れてはいけない決まりである。
〈駈(か)けるに駈けられぬその厄介な制約は、
ちょうど夢の中で悪者に追いかけられるときの動きのようで…〉(講談社編『東京オリンピック 文学者の見た世紀の祭 典』)。
三島由紀夫は初めて見た競歩の印象をそう記している。
厄介な制約に耐え、
夢を胸にかざして一歩ずつ。
人生のような競技である。