箕面三中もと校長から〜教育関係者のつぶやき〜

2015年度から2018年度に大阪府の箕面三中の校長を務めました。おもに学校教育と子育てに関する情報をのせています。

夜空は宇宙への窓

2022年03月31日 06時27分00秒 | 教育・子育てあれこれ

わたしは、子どもの頃、自宅から星空をよく観ました。

今でこそ、周りが明るくなり、空が白くかすんで見えにくくなりましたが、今でもまだ星空を観ることはできます。

星空はいつ見ても同じではありません。

わたしは天文の専門家でもないですし、星や星座の知識をたくさんもっているわけでもありません。

でも、見慣れているはずの星が見えなくなっていたりします。また、月にしても少しずつ形が変わります。

そのような変化を追いながら、じっと夜空を眺めていると、日常の煩雑さやつまらないことは忘れている自分に気がつきます。

わたしはこの瞬間が好きです。落ち着いた気分になり、気持ちをリフレッシュできるのです。

ふだん自分と宇宙は関係なく、遠い存在のように思っていますが、じっと天体を見つめると自分が宇宙と一体だとさえ思うのです。

私たちのからだを作っているものは、すべてが過去の天体から生まれたものです。地球と宇宙の大きな流れの中でできたものです。

夜空を見上げ、見渡すことは誰でもできます。すべての人に開かれた宇宙への窓です。

心のもやが晴れ、軽やかな気持ちになります。

動き出す春

2022年03月30日 08時13分00秒 | 教育・子育てあれこれ

冬の自然は茶色というのが、わたしの実感です。

家の周りに生える草は冬の訪れとともに冬枯れし、あたりは殺風景な茶色一色になります。

朝には霜が降り凍りついた植物も、春になると草木の柔らかい芽を地表に出そうとします。

気温には正直なもので、緑色の芽が吹き出してきます。

それは、たくましい生命力を、私たちに見せつけるようでもあります。



日本では、4月が学校や生活、人生の区切りになっています。9月入学案も話題にはなりましたが、4月の区切りはは本来、自然の摂理に基づいているのです。

「あらたな躍動の時期ですよ」といっているようです。
厳しい冬を乗り切り、やる気と英気に満ちる人が多いのです。

この運気に順応して、新たな一歩を踏み出すことができます。

一方で、新しい環境や場面に不安があるのももっともですが、みずからの天分を信じて前に進めばいいと思います。

公立学校教職員の人事

2022年03月29日 05時54分00秒 | 教育・子育てあれこれ
 
 
最近の学校の教職員の異動は早くなっています。
 
教員が数年ごとに、市内の他の学校へ異動する、また他の学校からやって来ます。 
 
もちろん何人もの教員が何十年も同じ学校に居すわることは、組織が硬直化しますので、好ましくありません。 
 
しかし、一定期間が過ぎれば異動させるような人事は、学校の利益にならないし、ひいては子どもたちにとってもよくありません。

校長が学校のデザインを描くこともできません。 
 
そもそも、学校は人と人が作用しあって、子どもの成長を育む場です。どのような教員がいるかによって、学校の雰囲気や教育内容まで変わるのが公立学校です。校風まで変わることもあります。 
 
「学校は人なり」です。校長なら多くの人がそう考えています。 
 
私は、教職員の人事は、「どんな学校にするか」という学校のデザインを描くものと思ってきました。 
 
校長は、「こんな学校にしたい」と思い、組織づくりに傾注しても、教員が一定期間以上同じ学校にいることを許さない、それは教育活動の中核となる役割をもった教員やキーパーソンでも異動させるのが公立学校の教職員人事です。 
 
このような事情で、公立学校の場合、学校づくりは、構成メンバーによって大きな影響を受けます。 
 
一方、私立の学校には確固たる校風があり、人事異動も少ないので、学校のフィロソフィーは簡単には変わらないのが通常です。 
 
 
ただ、一つ言えることは、私立を選んだ場合は、その学校の校風に子どもが合わせなければならないという点だけは、踏まえておかなければなりません。
 
 公立・私立それぞれの特徴を踏まえたうえで、子どもに一定程度自立心が育っていたり、自己の世界を築いている子の場合は、公立学校がいいのかもしれません。 
 

日本は環境後進国

2022年03月28日 07時57分00秒 | 教育・子育てあれこれ

地球環境の回復力はもう限界にきています。

先進国が行ってきた大量生産・大量消費・大量廃棄の経済を見直して、世界がどのように持続可能な経済に変換していくのかという課題への取り組みは、待ったなしです。

日本人の多くは、日本が環境先進国だと思っていますが、世界の動きから見れば、けっしてそうではありません。

日本では気候変動でこれほど自然災害が深刻になっているのに、変動対策を進めると生活水準が下がると考えている人が多くいます。

そうではなく、石炭、石油、天然ガスのような化石燃料を使わなくても、経済・社会の発展は可能であるという技術革新を実現するべきなのです。

温室効果ガスの大半は発電に伴うものです。
日本の企業が電気をすべて再生可能エネルギーに変えればCO₂はかなり減らすことができます。

製品を製造して消費者に届け、捨てるという製造過程全体を見渡し、どうすることが環境にいいのかを考えなければならないのです。

私たちも使い捨てになるものは使わないなどの発想の転換と習慣づくりが必要です。

そのためには、次世代を担ういまの子どもへの学校教育の役割も大きいと思います。



環境先進国と言われるオランダの場合、資源を調達して、作って、捨てるというワンサイド型ではなく、最初から廃棄が出ないしくみができています。

たとえば、オランダのあるジーンズは、消費者が購入するのではなく、月額いくらで借りています。はきつぶすとレンタルを返し、企業は再び繊維に戻し、新しいジーンズを作って消費者に供給するという双方向型の循環ができています。

オランダの代表企業である「フィリップス」は循環型モデルを照明器具と医療機器で進めています。2020年までに収益の15%を確保済みです。
環境への負荷をやわらげ、経済効果もあげています。

日本では、いまだに企業は作って、売り、あとはゴミが出るしくみから脱却できていないのが大半です。

もう時代は、企業が「やるかやらないか」ではないのです。「できるかどうか」が企業の取り組みの価値基準になる時代なのです。

資源や原材料は手に入らなくなる時代がすぐ先に到来します。一度作ったものを分解し、回収できないのなら、モノをつくることができない時代がやってくるでしょう。

精神論的にいえば、日本は本気にならないと「持続可能な開発」は進展していかないでしょう。

海外ではどのようにして社会を変えていくかが議論されているのに、日本国内で人びとは大量生産、大量消費の呪縛にいまだにとらわれています。

海外では、大量生産、大量消費をしなくても成長ができるという考えが確立されつつあります。

日本はIT産業で大きな遅れをとり、その上で持続可能な開発からも、また遅れをとっているのです。

当事者が語る思いや願いは聴く人に迫る

2022年03月27日 07時08分00秒 | 教育・子育てあれこれ


広島、長崎には、来訪者や修学旅行生に、被爆体験や原爆投下の当時の様子を話し、平和を求める思いを伝える「語り部」が高齢になりながらもおられます。

沖縄にも、沖縄戦の当時の様子を話し、平和への思いを伝える「証言者」が、同じく高齢になりながらもおられます。

また、東北地震のような大災害についても、津波で町や人が流されて、なくなった当時の話を語ってくれる人がいます。

いずれも共通しているのは、当事者の語る言葉が圧倒的な力をもち、聴く人の心を突き動かすのです。

それは自身が体験しているからこそ、その言葉がリアルであり、その当時の様子を現実味をもって伝えることができるのです。

その紡ぎ出す言葉の中に、聴く人は当事者の願うあくなき平和を希求する願いやいのちを慈しみ尊ぶ姿勢に突き動かされるのです。

ウクライナ情勢で世界の平和が脅かされる今、日本の戦争体験者の言葉は、ふたたび鮮やかに色づくのです。



家庭教育は私的な営み

2022年03月26日 07時23分00秒 | 教育・子育てあれこれ


岡山県で「岡山県家庭教育応援条例」案が、県議会に提案され物議が起きました。

この条例案は、家庭教育での親の役割などを定めています。

前文では、「家庭や地域の教育力の低下」を問題として、保護者の役割、地域の役割、県の責務が書かれています。

この条例案のパブリックコメントに、条例案への反対意見がほかの自治体や市民から多数寄せられたのでした。

また、市民グループが反対署名を集め、県議会に提出し、撤廃するよう求めました。

最初の案は「子どもを産むべきだ」という価値観の押しつけになるという猛反発を受け、提案者側から修正案が考えられました。

そして、2022年1月に可決されました。

この経過をふりかえり、条例案作成に関わったある県議会議員のコメントに、わたしは注目しています。

「特定の考えを勧めているのではない。家庭により事情が違うこともふまえている。一部の人を排除しているのでもない。子どもたちを社会でバックアップしていこうという条例が、なぜここまで反対されるのかが不思議だ」(「毎日新聞2022年3月16日号」)。

なぜ反対する人たちの考えが理解できず、不思議と感じるのでしょうか。
また、このように声をあげることの大切さを発案者側が認識されていないのではないかと、わたしは思います。

まず、家庭教育とは本来、私的なものです。それとは対照的に学校教育とは公的なものです。

つまり私的な領域である家庭での教育のあり方へ自治体が入り込み、法律で規定することには問題があると思います。

さらに、子どもの健やかな成長を保障するのは、家庭、学校、地域、地方自治体、国が共同で責任を負うものであり、とりわけ国と地方自治体の役割は大きいのです。

それを、「今の家庭、親はなっていない!」と、家庭教育での親の役割をこの条例が第一義のように規定し、親に責任を負わそうとする姿勢を感じるから、反発が起きるのです。反発はきわめて当然だと思います。

これが進行していけば、地方自治体は公権力で今後、家庭での子育てやしつけのあり方に介入してくる危惧を感じます。

さらに、3月22日のブログにも書きましたが、「賛成」か「反対」の態度を示さなければ、市民はサイレント・マジョリティになってしまいます。

この点で、反対の態度を示した自治体や市民の動きは、きわめて健全であると思います。

民主主義は手間もかかるし、時間もかかります。

「だれかがやってくれるだろう」と他人任せにすることで、「毎日自分の畑の野菜を見ているのでわからなかったが、ふと気がついたときには、野菜はとんでもなく大きくなっていた」(ドイツの農夫の言葉)ということになりかねません。

 年度替わりには・・・

2022年03月25日 07時01分00秒 | 教育・子育てあれこれ


年度が替わるのは、多くの人びとにとって大きな節目となります。

一昨年、新型コロナウイルスが広がり全国一斉休校となった頃、降って湧いたような9月入学案が論議されましたが、すぐにたちぎれとなりました。

4月は特に学校の関係でいえば、わが国では子どもたちにとって大きな節目であることは、昔も今も変わりません。

進級する子、進学する子、入学する子にとって、学ぶ環境が大きく変わります。

そのような節目であるからこそ、3月段階でのふりかえりが大切だと思います。

ふりかえりというと、よく1年間の反省を思いつき、「これができなかった」と、悔い改めることが多いものです。

たしかに、できなかったことから目を背けてはいけませんが、できたことにも目を向けたいものです。

できなかったことから学べることはもちろんありますが、できなかったことだけに目を向けていると気分はネガティブになります。

しかし、できたことを考えることで、自己を肯定する気持ちが高まり、達成感を感じることで前向きな気持ちになり、前向きな一歩を新しいスタートにできます。

それでも、大きな失敗やイヤな経験を思いつくことが多いのなら、「その経験や失敗からなにか学びとることはなかったか」と考え方を転換して、ポジティブなイメージを膨らませ新しい年度を迎えたいのです。

観光とは人と人をつなぐ機会

2022年03月24日 07時47分00秒 | 教育・子育てあれこれ

2014年頃、これからの日本は観光立国でやっていくという言説が鼓舞されていました。

国の内外から観光客を呼び込み、人びとが落とすお金が日本経済を支えることになるという考えでした。

しかし、新型コロナウイルスは観光立国の概念を根底から覆しました。

インバウンドはピタッと止まり、国内の人びとは自由な移動ができなくなりました。

しかし、今になって考えてみると、感染症ウイルスだけでなく、そもそも観光は気候条件や自然災害などの外的な要因にも影響を受ける、きわめて脆弱な産業です。

この点を軽視してきた結果を、今回見せつけられていると言えるでしょう。

そこで、観光業界には危機に備えたリスク管理が求められることになります。

また、観光の外国人がゴミを捨てたり、裕福な外国人が爆買いをしている一方で、国内には貧困にあえぐ人がいるという問題があります。

観光とは本来、人と人をつなぐ大切な機会です。

日本文化に興味関心をもった外国人が料理店や民家を訪ね、野菜作りや椎茸栽培、日本酒造り、温泉、お好み焼きなど学ぶのを支援するテレビ番組があります。

そこには、外国人と日本人の心のあたたかいふれあいがあります。

誰かを犠牲にして、踏みつけて展開する観光ではなく、地域を訪問したり、地域に住み、働いたり、活動し、そこの自然にも十分配慮するような観光が望ましいと思います。

人びとの暮らしに焦点を当て、暮らしの豊かさを認識する方向に観光業をもっていくべきだと思います。

ふるさとで子育てがしたい

2022年03月23日 07時17分00秒 | 教育・子育てあれこれ

自治体や国が教育や子育てにお金を使うことは、日本社会の将来の発展の先行投資的な側面があると思います。

ところが、日本は他のOECD国の中では、この分野にお金を使っていません。

学校教育や家庭教育に十分なサポートがあってこそ、学校や家庭は安心して子どもを育てることができます。

現状では、「子どもの課題は学校や家庭が引き受け自己完結させなさい」と言われているようで、その結果、いじめや虐待などの問題で保護者や学校の教員はあたふたすることもあるのではないでしょうか。

家庭に関して言えば、かつての日本社会では三世代同居家庭や地域が子どもを育む役割を担って、なんとか回っていました。

私自身も祖父・祖母のもとで大きくなりましたし、近所の人は「いま帰りか?」とか気軽に声をかけてくれました。ときには、いたずらでため池の樋を抜いて水が溝をあふれ出し流れ、池の管理のおっちゃんにこっぴどく怒られ、反省したことを思い出します。

しかし、その後日本社会では核家族化は当たり前になり、おじいちゃん・おばあちゃんや近所のおっちゃん・おばちゃんにかわり、国や自治体が子どもや親をサポートするべきなのが今という時代です。

まずは、近いところで言えば、自治体こそがこの認識に立つことが必要不可欠です。

では、自治体で子育てに力を入れているまちはどこでしょうか。

その一つは、兵庫県の明石(あかし)市です。

子ども政策を担当する職員の数がとにかく多いのです。

弁護士資格や福祉司資格をもつ専門職員が任用され、契約書作成がスピーディに行われますし、法的なパートを担うので、政策のしくみをゼロから作ることができます。

そして、一般行政職職員と協力して、子ども政策を進めています。

とくに「5つの無料化政策」は、子どもを育てる家庭に手厚く実施されています。

①18才以下は医療費無料
②中学生の給食費無料
③第2子以降も保育費無料
④遊戯施設利用は小学生以下(同伴保護者1名)無料
⑤1才以下はおむつが配達可能

いずれも、保護者の所得制限なし、かつ自己負担なしとなっています。


子どもを産みたいが、今の時代、成人までにかかる教育費・諸費用は莫大であり、出産をためらう人もいるのが日本の社会ですが、明石市の場合は出生率が伸びています。

また、ずっと人口が増え続けています。

子育てがしやすいまちは、子育てが終了して大学進学や就職で転出したとしても、また戻ってきて「わたしのふるさと・明石市で子育てをしたい」という流れをつくるのではないでしょうか。

「子育てにやさしいまち」を標榜する自治体の参考になる明石市の取り組みです。


サイレントマジョリティに向けたメッセージ

2022年03月22日 07時18分00秒 | 教育・子育てあれこれ

日本では、まかなかコロナ渦がすっきりとおさまりません。

失職した非正規雇用の人、また閉店に追い込まれた飲食店などがある一方で、大企業に勤める人はオンラインで仕事ができる環境が整えられるなど、かなりの差が浮き彫りになってきています。

ヨーロッパでは、国がロックダウンをかけ、経済や社会を一斉にストップさせて、まん延防止を実行しています。

こちらのほうが感染症がおさまりやすいと言えるのかもしれません。

しかし、一方で国家の権力が強制力をもち、感染症がおさまっていくのをみると、今のウクライナ情勢に関するロシアの動きと重ねてみると、不安を感じます。

今という時代、国が個人の私権を制限することが当たり前になり、人びとがそれに従うという世界の流れが動いているように思うからです。

「声をあげないものは、賛成していることと同じである」(People who do not raise their voice are poople who agree.)というニクソン大統領の言葉があります。

それは、ニクソンがベトナム戦争を実行するアメリカを正当化するために使われた言葉であり、曲解して伝わっていることもあります。

その曲解の内実はこうです。

「黙っている⇒賛成か反対を保留している⇒だれかの決定に従うという意思表示である⇒だから、賛成派にまわってもいいだろう」という権力者がトップダウンを進めるロジックに使われるのです。

しかし、実際のところ、黙っていても反対の人はいます。声をあげられない人もいます。

だから黙っておらず、反対なら反対の意思表示をするべきだ、また意思表示ができる環境や条件を整えるべきだ、というのが「サイレント・マジョリティ」(Silent Majority)に向けられる本来のメッセージです。

ですから、黙っていてはいけないのであり、個人の自由は、個人がその権利を行使してこそ保障される、侵すことのできない権利なのです。

高齢者が孤立しないために

2022年03月21日 07時16分00秒 | 教育・子育てあれこれ

いわゆる「団塊の世代」と呼ばれる人たちは、そろそろ後期高齢者に入る年齢になっています。

70歳代といえば、まだ健康な人が多いのが今という時代です。

ただ、仕事は引退し、働かない人が多くなります。

なかでも、サラリーマンを退職して、妻が先立つた男の人の動向が気になります。

誰からも連絡がない。孤独を感じながら、孤立していく。・・・

この人たちの生きがいになるのは、若い世代のために尽力することで、自分自身が若い世代に寄与できることにやりがいを感じ、生きるはりあいを確かめることができます。

昭和の「企業戦士」として日本の高度経済成長に貢献してきたが、退職とともに自分の地域へ戻り、地域の活動やボランティア活動に関わることで、やりがいが高まります。

人は誰かから必要とされるとき、貢献感が高まるのです。

人間は社会的なつながり、人とのつながりが大切だということでしょう。

そのつながりを次世代の子どもたちや今の若い世代のためにいかす。

箕面市でも、昔の遊びを子どもたちに教えたり、小学生に地域の歴史や祭を伝授している人がいます。

それが回り回って自身の健康やしあわせ、いきがいにつながっていくのではないでしょうか。

高齢者が楽しんで目を輝かせて行う活動は、子どもの関心をひきつけます。

節目を大切に、しなやかに

2022年03月20日 10時08分00秒 | 教育・子育てあれこれ

以前、年度の変わり目の頃に、中学生に次のような話をしました。

竹には節があります。なぜ節があるのでしょうか。

それは竹に節目がなければ、1年間でどこからどこまで伸びたかがわからなくなるからです。

この年度替わりの「節目」を大事にしてください。そして、自らの成長を確かめ新しい年度をスタートしてください。



さて、「節目」として卒業や修了、入学や進学・進級があります。この春にさまざな身辺上の変化に出会うことになるでしょう。期待や希望にあふれることが多いでしょう。

今までと同じ環境ならば慣れているので、人は不安などは感じないでしょう。

でも、ちがった環境やちがった道へ進むとか、迷いながら、または不本意ながら選んだ場合、人間関係が大きく変わるときなど、前向きな気持ちになれないこともあるかもしれません。

かりに、前向きな気持ちになれなくても、またはせっぱ詰まってどちらかにしなければとか、できるかできないかという考えではなく、「今の自分にできる程度(範囲)のこと」を地道に続けていくようにすればいい。

硬直化せず、竹のしなりのように柔らかい、、ある意味で「いい加減」を実践していけばいいのだと思います。

将来なりたい職業は

2022年03月19日 08時03分00秒 | 教育・子育てあれこれ


大阪府箕面市の小学校では、卒業式がきのう開催されました。

卒業式の卒業証書授与の時、一人ひとりの卒業児童が将来の夢について会場にむけアナウンスするのが恒例になっています。

「僕は将来、プロ野球選手になります」とか「わたしは将来、お花屋さんになります」というように、校長から卒業証書を受けとったあと、会場の出席者全員に向かい宣言するのです。

さて、このたび生命保険会社が、「将来なりたい職業ランキング」を公表しました。

インターネットでの調査でした。

小学生の女子のランキングは
1位 パティシエ
2位 看護師
3位 幼稚園の先生・保育士
でした。

小学生の男子のランキングは
1位 会社員
2位 ユーチューバー
3位 サッカー選手
でした。

ここで、注目されるのは、男子の1位が会社員になったことです。今までは、スポーツ選手がよく1位にあがることがよくありました。

今回じつは、中学生男子の1位も高校生男子の1位も会社員で、小・中・高の男子はおおむね会社員になりたい子が多いという結果になりました。

くわえて、中学生女子の1位も高校生女子の1位も会社員でした。

これは新型コロナウイルス感染防止のため、テレワークや在宅勤務が広がり、一定程度定着したいま、家にいて仕事ができる会社員になりたいという、働きやすさに魅力を感じているからといえるのかもしれません。

また、中学生男子の2位は公務員、高校生男子の2位も公務員でした。

世相を反映していて、仕事の安定をもとめる現実志向のあらわれかもしれません。

さらに、女子の場合は中学生の2位、高校生の3位に看護師があがっており、小学生2位の看護師とあわせ人気の高い職種になっています。

新型コロナウイルス感染が広がったこの2年間の中で、看護師に世の中の偏見が向けられつらい思いをされた現場の人たちもいました。

でも、それ以上にエッセンシャルワーカーとしての看護師の重要性を認識する子が多く、仕事のやりがい・魅力を感じる女子が多いのではないかとわたしは思います。

里親の受け入れが多いまち

2022年03月18日 07時22分00秒 | 教育・子育てあれこれ


わが国では事情により、親の元で暮らせない子がいます。その事情とは虐待とか経済的な事情などです。

その子たちを家族として迎え入れ養育するのが里親制度です。その受け入れ状況は自治体により多い少ないがあるのですが、全国平均は22%程度です。

その中でもダントツに高い受け入れ率を示している自治体が新潟市です。

新潟市は従来より里親受け入れが多かったというわけではなかったのです。

平成25年では33%程度でした。親元で育てられない場合、乳児院や児童養護施設へ入所する方法もありますが、新潟県には施設が少なく、里親さんにお願いすることを第一の対策としていました。

しかし、里親のなり手が少ないという状況があり、説明会を多く開催しました。1年に2回しかしていなかった里親制度説明会を年間6回にしました。

すると、里親をしたいという申し出が倍増しました。

里親を希望する夫婦は少なくはないのですが、行政からの広報やマッチングがうまくいってないことが多いのかもしれません。

里親制度を利用したいと相談に訪れる養親の多くが、法的な親子関係を結ぶ特別養子縁組を希望します。

家族というものは、一日一日のくらしの小さな積み重ねでできあがっていきます。

ともに食事をして、ともに笑って、ともに泣いて。その積み重ねで家族のつながりは強くなります。

新潟市では里親への委託を増やすために、里親専任の職員を配置して、人も増やしました。

さらに2021年度からは里親養育支援児童福祉司を配置しました。

このようにして、里親の登録、委託、その後のサポートまで、切れ目なく一連のプロセスに専任職員がかかわるしくみを整えたのです。

この一連のプロセスを別々の部署・人が担当すると連絡・連携がうまくいかないのは、行政でよくあることです。

専任になったことで、里親希望者に、里親になぜなりたいのか、登録後も定期的に連絡を取りリスト全体を把握しているので、この子にはあの里親さんというマッチングがうまくいきます。

また、里親が実現したああとのフォローアップもていねいに行います。

行政の施策や事業がうまくいくのは、制度の整備と人であると、あらためて思います。

二つのものごとの間で過ごす

2022年03月17日 07時15分00秒 | 教育・子育てあれこれ

コロナ渦においてのみならず、最近の日本では学校や職場では、「こうあるべき」という枠を押しつけられることが増えたように感じます。

困るのは、押しつける側に正義があるようなムードがあり、押しつけられた側は生きづらさを覚えます。

バッシングが起きやすく、ともすれば感染することも怖いが、周りから非難されることも怖くなるという状況です。

学校で言うなら、教師が窮屈さを感じて、それを児童生徒は肌で感じ、子どもの様子を見ている親も平常心を保ちにくくなります。

このように生きづらいという思いは伝わり、広がるものなのです。

人への攻撃は進行すれば社会を分断するようになります。

学校に限って言うなら、コロナ渦はたいへんだけど、なによりも教職員がイキイキとして児童生徒に接し、学校があまり感染防止だけを声を大にして言うよりも、「子どもたちはこんなに元気に学校で過ごしてますよ』という打ち出しをするべきです。

AIが進化し、インターネットの速度もここ20年間で格段に速くなりました。

答えが早く出るのを世の中全体が求めるのが今という時代です。

ところがコロナ災禍で、社会全体の動きが止まり速度が落ちだした反面、見えてきたのは、自分たちがものすごい速さで活動していたと感じた人も多くいるのではないでしょうか。

その点を見直すと、「余裕」が生まれ、他者へのあたりも減ったり、ゆるやかになるでしょう。

では私たちは、これからどう過ごしていけばいいのでしょうか。

コロナ災禍がおこる前の状態に戻そうとすると、かえって生きづらさを感じてしまうのではないでしょうか。

それよりも、今起きている目の前の状況にどのように対応するかを考えるべきでしょう。


また、今後、社会は人びとを監視する傾向が強まるようにも思います。

そうなると、いのち・健康かプライバシーかという選択を迫るようになるように思います。

しかし、世の中は二者択一でまわることは、じっさい少なく、二項対立ではなく、もっと中間で動いていることが多いのです。

その点を忘れてはならないと思います。