キッチン・トランスレーターつれづれ日記

つれづれなるままに日々のよしなしごとを綴ります。本、風景や花や料理、愛犬の写真などをご紹介。

詩と真実

2012-03-18 15:53:09 | 
             

       『詩と真実』という題名の本には先の『筑摩哲学の森の5』やその他数冊

       ありますが、本家本元の『詩と真実Dichtung und Wahrheit』はゲーテです。

       ゲーテの名前を知らない人はいないと思いますが、実際に読んでいる人

       はそういないのでは?かく言う私も、『若きヴェルテルのなやみ』や『ヘル

       マンとドロテーア』と言う好短編以外あまり読んでいません。ライトノベ

       ルのようにするする読めるというものではありませんからね。私はなん

       といっても独文出身ですから、『ファウスト』は、何度か挑戦し、中の『糸

       を紡ぐグレートヒェン』の詩は愛唱しています。

       グレートヒェンはマルガレーテの愛称形で、ファウスト一部のヒロイン、

       現実にもゲーテの初恋の人だったようです。マーガレットの花のような

       清楚で美しい少女だったのでしょうね。

詩と真実 (第1部) (岩波文庫)
山崎 章甫
岩波書店

       この『詩と真実』の中にグレートヒェンのエピソードが出てきます。ゲーテの

       自伝といってもよい読み物で、他の多少難解な作品に比べ、楽に、気持

       ちよく興味深く読めます。その中に、彼が幼い頃にあったリスボンの大地

       震のエピソードがあります。「異常な世界的大事変が生じて、私の心の平

       安は生まれて初めて根底からゆるがされた。1755年11月1日、リスボンに

       地震が起こって、、、。大地はふるえ、ゆらぎ、海はわきたち、、、、つい

       いいましがたまで平和に安らかに暮らしていた六万の人間が、一瞬のうち

       に死んだ、、、かくして自然はあらゆる方面からその限りない暴虐をふる

       ったのである」(山崎章甫訳 『詩と真実』一部 より)

       ゲーテはまだ幼く、実際に体験したわけでもないはずの地震ですが、その

       時こうであったと思われる状況、心理的な動揺を実に見事に描き出した文

       章です。一年前の東日本大震災と二重写しになりました。

             

       ゲーテの散文はちょっと手ごわいけれど、『野ばら』や『すみれ』などの詩

       はシューベルトのリートになっていたりして、多くの人が知っています。

         Roeslein,Roeslein,Roeslein,rot,  赤い赤い、小さい野ばら、

         Roeslein auf der Heiden.  荒れ野に咲く小さい野ばら
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2012-03-18 11:27:04 | 人生
           

           NHKの朝の連続テレビドラマ「カーネーション」で、ほっしゃん演じる

           岸和田の服飾業者北村と、主人公の糸子やその娘たちとのかけあい

           がとても面白くて、感心しながら見ていたのですが、今はもう北村

           も写真の中の人となっているので、そのしゃべりを聞けず、ドラマ

           を見ても少し物足りなく思っています。何が面白かったのかと考え

           てみると、彼のセリフの「間」なんですよね。絶妙!なんだかすごく

           面白いし、気持ちがいい。お笑いの間なのでしょうか?

           

           間は「ま」とも」「あいだ」とも読みますが、間が悪い、間が持たない、

           間違う、間延びする、間に合わせるなど、いろいろな熟語があります。

           話し方や音楽や、「絶妙の間」というのがあるようです。余裕があって

           余韻があるというか。英語だとinterval、space、periodなんかが「間」

           にあたるのでしょうが、日本語の「間」のような含蓄はない気がします。

ちくま哲学の森 5 詩と真実
鶴見 俊輔,森 毅,井上 ひさし,安野 光雅,池内 紀
筑摩書房
            
          ちくま哲学の森5の「詩と真実」というエッセイ集の中に武智鉄二の

          「間」という文章があります。主に三味線に関する音楽用語としての

          間について語っています。「時間(拍子)を、演劇的な第四次元空

          間と考えるならば、間は、さらにその先の、生理が精神の断面に食

          い込む瞬間であり、日本人だけが見つけ出した、第五次元の世界

          なのであった」何やら難しいですが、日本には独特の「間」の文化

          があるということでしょうか。ああ、なんだか間延びして、まどろっ

          こしいですね、この文章。
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