掌の小説 (新潮文庫) | |
川端 康成 | |
新潮社 |
「百合子はだれかが好きになると、その人と身も心も同じにならな
いと気が済まない性質だった。結婚するとそれが益々嵩じ、夫と同
じになるために、髪を切り、化粧をせず、ひげを生やし、活発に歩
き、陸軍に志願しようとまでした。それを受け入れてくれない夫が
嫌いになり、最終的には神を愛し、神と同化しようとする。神は自
己愛の化身の花百合に彼女を変える」
これは川端康成の「掌の小説」中でも特に短い2ページたった30行
足らずの「百合」というお話です。誰かと同化したいという気持ちは
女性の潜在意識の中にあるのかもしれませんね。自分では気づ
きませんが。川端康成はそれを目ざとく見つけた、というか、関わ
り合った多くの女性の中に、そういう人がいたのかもしれません。
122編もの短いお話からなる「掌(てのひら)の小説」には、どれ一つ似
ていると思わせるものがありません。色々なタイプの人、特人女性が
描かれていて、読んでいて倦むことがありません。甘く切ない話、おど
ろおどろしい話、ぞっと背筋が凍るような話、グロテスクな話、しっとり
と情緒纏綿の話、あっと驚く顛末の話etc. いつ、どこを開いて読んで
も面白いなどという読み物はそうありませんものね。名人技。もちろん
一昔前の作なので、単語も仮名づかいも古めかしく、今では使用禁
止の差別用語がやたら出てきます。それらがすべて味になっている
のですが。今にして、川端康成を再発見しています。