懐かしい昭和の情景を追って

過去に撮影したネガをフィルムスキャナーで電子化しています。蒸気機関車、古い町並み、茅葺民家を投稿します。

梅干し梅ジュース

2017年06月06日 | 日記
子供が同居していた頃は梅干しも梅ジュースを毎年作っていたが塩分や糖分の摂りすぎとなるので作っていない。
梅干しも市販の減塩の南高梅を買うことにしている。
梅酒は酒が飲めず作らない。

梅干し造りでの失敗や気づいた事
1.梅干し梅ジュースは塩や砂糖を掛けたら毎日こまめに汁が表面に付くように廻してやる。ほったらかしではカビが生える。
2.梅干しは完熟梅が香が強く美味しい。完熟は痛むので流通しないので作っている人からいただく。柔らかいので干す必要がない。
3.赤紫蘇は塩揉みして長く置くと赤い汁が出ない。梅酢に漬ける前に塩もみする。
紫蘇はなぜ梅酢だけに赤く発色するのでしょうか不思議です。同じ酢でも食用酢では漬けると脱色する。
4.梅やラッキョを漬けるのは海苔のガラス瓶が重宝する。割れると最悪だが
5.公園などに実を付けている梅は果肉がなく種ばかりで梅干しにならない。厚いのは果肉でなく欲の皮だけと言われる。

日本茅葺紀行 NO,370 早苗田と茅葺民家

2017年06月06日 | 日本茅葺紀行
撮影場所 島根県安来市

田植えを終わった田と茅葺民家
今は安来市に編入された広瀬町。
日帰り一般道で行けるので元気な頃はよく通った。

現在は暇が一杯あるのに歩けないので行動する気にもなれないのが辛いところだ。
各地に行くと地域の歴史や産業、観光地や食事処、道の駅など調べると頭に残る。
しかし、真剣に歴史など調べてないのが現状か

広瀬町では尼子家の居城、富田城は石垣だけ残り登った事がある。
それと他に足立美術館がある。山林王が収集した横山大観などのコレクションを展示してある・庭園か日本で一番素晴らしいとアメリカの雑誌で紹介された。

城巡りは若い女性に人気である。武将に刀剣など若い女性がブームを作る。
コスプレ姿の侍が街中を歩く。
アニメや映像の世界の影響が大きい。

若者が何に興味を示すが今後が楽しみだ。
茅葺民家や昭和の風景に興味をもってくれるのを願う。
平成も来年で終わる昭和がまた遠くなる。昭和レトロに脚光を帯びるのに期待したい。

私の昭和鉄道遺産 その32 C5551号機

2017年06月04日 | 私の昭和鉄道遺産
撮影場所 福岡県 筑豊線直方機関区

私の昭和鉄道遺産は鉄道設備や停車している機関車や列車を投稿しています。
今となって消えて無くなった設備や機関車、客車に思いをはせて投稿しているものです。

C5551号機には門鉄デフがよく似あう。
スマートな機関車である。スポーク車輪もまたよい。
C5557号機も門鉄デフだった。二台が並んで撮影できた。

今の様に精度のよいズームレンズの無い時代、標準レンズのため広いヤードの線路を跨ぎ機関車に近づいて撮影した。
今では線路を跨いで記念撮影もできない時代になった。

昭和の風景を撮影して定年後じっくりプリントして見るのを楽しみにしていた。
プリントしなくとてもパソコンで見られる時代がくるとは想像もしなかったなあ。
自分も歩けなくなったが撮影した写真があったため老後も生き甲斐をもって楽しめる。

生きた時代を記録する大切さ写真のもつ力に気付くジジイである。



懐かしい風景 水島臨海鉄道

2017年06月03日 | 懐かしい物
水島臨海鉄道の古い気動車

臨海鉄道は倉敷市駅と三菱自動車水島製造所を結ぶ旅客と貨物用路線
10.4キロの路線距離 貨物はそれより先の貨物ヤードまで延線されている。
戦前に軍需工場だった三菱重工の工場の部品や製品を輸送するために敷設された。
地元では臨鉄の事をピーポーに乗るという。

私の働いていた工場の近くまで延線されていたが貨物だけであった。
住宅地がなく乗客が見込めず貨物だけにとどまった。
これに乗ると渋滞もなく車より正確に早く移動ができた。

私も何度か乗った事がある。
昔のネガをスキャンしていたら倉敷市駅に停車の気動車を撮っている。
もっと近くによって何枚も撮っておけばよかったのに数枚だけ

昔の路線の風景を撮っておけば今となっては懐かしい。
近くに住んでいただけに悔やまれる。
何度か乗って硬券のきっぷを買いに行った事がある。もうネットオークションで処分した。私鉄のきっぷなど人気がなく購入価格で売ったように思う。

この気動車311は国鉄の払い下げで1974年に全機廃車で残っていないと書いてある。

2016年 茅葺写真展 水田 その1

2017年06月02日 | 2016茅葺写真展
撮影場所 愛媛県久万町
棚田と茅葺民家が点在する。

梅雨のシーズンは田植えの季節だ。

昔は灌漑用水が整備されていなかったので雨の多い梅雨に合わせて田植えをしていた。
山間部は天水を利用した田が多かった。山から湧き出るわずかな水を利用して棚田の上から下まで流し利用した。

今は山間部だと池を造り上から流したりポンプアップして用水を得ている。
こんな田植えや早苗の風景はアジアの稲作文化の風景だ。

階段的に水を張られた風景は美しい。
本来は一日いて光線と変わりゆく風景を撮ればいいが2時間程度の滞在ではいい写真は撮れない。
茅葺民家と棚田の風景は撮れるとこころが限られる。
こんな風景もいずれ無くなるのであろう。



茅葺民家 モノクロ 岡山県新見市の民家

2017年06月01日 | 茅葺き民家
撮影場所 岡山県旧大佐町尾原

行っていない集落を山間部を走り訪れる。細い道をひたすら走る。
こんな道の先には宝物があるように思えた。
大佐山町尾原に何軒か茅葺きが残っていた。
目に見えるだけで三軒見える。
しかし、着くのが遅く太陽が西に傾いていた。くるのなら10時ころには来たかった。

家の周りの置いてある物や人々の暮らしが撮りたかった。

これ以降二度と訪れなかった。ワンチャンスだった。