michi のひとりごと

日々のつぶやき、あれこれ。

老々介護8年。 100歳になった母を見送りました。
こちらは重度の難聴。

『分かろうとする気持ち』 を書いてみて――

2012-07-17 07:10:54 | 聴こえ

きのうの続きです。

よく、外国の方とのふれ合いで、

 『言葉の壁を超えて

 『言葉なんて要らない。

って言いますよね。

聴覚障がいの人と、聴こえる人との関わりあいでも そう。

でもそれは、

と・に・か・く・「言葉なんて分からなくても」ということではないと思うんです。

 

『(「障がい」には色々あるけれど)聴覚障がいが、

一番孤独になりやすい』

と聞いたことがあって、現実にはそうかもねと、うなずいてしまったのです。

 

グッと集中して五感フル回転でも、

所々聴き取れなかったり、だいたい半分くらいだったり、

人によっては、所々だけしか聴き取れない。

または、全く何の話かも分からない――。

 

静かな場所では聴き取れる、その同じ人でも、

ほんのチョット賑やかな場所では、ほとんど聴き取れない。

 

こういう状態で、いわゆる会話が成り立たない。

 

そんな状態って、聴こえる人には分からないでしょうけど、

分からなくても、なんとか伝えようとする、通じ合おうとする、

そんな姿勢の人の話は、なんとなく分かって、

心は通じ合えた、と手応えを感じたりもするんです。

 

聴く時のこちらの姿勢も、

諦めたりせずに、

素直に、まっすぐな気持ちで

丸ごと受けとめようとすることがポイントのようですね。

 

まずは、堅くならずに、不安や心配などせずに、

この『全体丸ごと受けとめようとする』。

これが、私の課題なのよね、って

 改めて――。

 

 

 

 

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