夏の甲子園の決勝で一回の広稜高校の攻撃の時信じられなことが起こったのに気づきました。外角高めのそれまでのストライク範囲から大きく(5~8センチ?)外れている変化球でもない球を審判がストライクの宣告をしたのです。その時の打者の驚いた顔、何か言いたそうなモジモジした態度。然し当然のように野球はそのまま続きました。プロや野球でも解説者が「今日の審判は低めを好きなようだ」など良く言っていますが、打者もそのつもりで対処しているようです。一方当日の審判は当然ですがその誤審はその一回きり。
その打者はベンチに帰ってその事実を監督やチームメイトに報告したと思います。それがその後の試合に響いたのかも知れません。読売はその報道の中で6本のホームランの強打者の「中村選手が劣勢で冷静さをを失ったのか、ボールになる変化球を強振して2回続けて三振した」と書いています。私の想像では極度の緊張のなかでの誤審した審判への不信感が中村選手の冷静な判断を失わせたのかも知れません。結果として強打の花咲徳栄が順当に勝ったのは良いとして、広稜の監督や中村選手たちの審判の判定に対して言いたいが言えないことがあったかも知れません。
同じようなことが同じ甲子園の一回戦であったそうです。9回二死満塁、ボールのカウントはスリーの時、投げられた球の審判の判定はボールで攻撃側のサヨナラの勝利に終わった試合です。その放送を見ていた草野球をしている私の同僚の意見はどう見てもストライク。同じときに見ていた大手の会社の軟式野球部の監督をしていた人の意見は「明らかにストライク、然し捕手がその球を落としたから審判がついボールの判定をしたのだろう。取っていたら当然にストライクの判定が出た筈だ。」
審判も人ですから時に誤りがあるのは当然です。プロ野球でも多くの試合のなかで投球の誤審あったのは間違いないでしょう。しかし高校野球はプロ野球とちがって全国大会は年に二回しか行われません。そしてもし審判の誤りが試合の結果に大きな差がでたらそれまで頑張って選手、それをを引っ張ってきた監督も「審判も人だから時に誤りがあるのは当然」と受け取られるでしょうか。
今は投球すれで直ぐその球のスピードが出る時代です。投球がベースを通過すれば直ぐにボール・ストライクの判断をし、その結果を審判に何らかの形で伝えるなどすぐにでも出来るような気がします。審判はその情報と自分の見た結果を総合判断して自分の責任で判定ををするなど簡単かつ正確な判定が出来る筈と思うのですが。
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