俗物哲学者の独白

学校に一生引きこもることを避けるためにサラリーマンになった自称俗物哲学者の随筆。

鎮痛策

2016-09-11 09:41:11 | Weblog
 改革は痛みを伴うものだが、食道癌の延命策が痛みを伴うものだとは全く予想していなかった。
 食道癌における代表的な延命策はステントの装着だ。これは増殖して食道を塞ごうとする癌細胞から飲食物の通路を確保するために、食道に金属製の筒を入れるという力ずくでの延命策だ。飲食物の通路さえ確保できれば患者を衰弱死から守れる。しかしこの通路は大規模災害時の仮設通路のようなものでありすぐに使い物にならなくなる。しかも金属は人体にとって異物だから免疫力による激しい攻撃に晒される。それまでは癌細胞と正常細胞との戦場だった最前線にステントという異物が加わることによって三竦みの複雑な戦いになる。免疫細胞が金属に攻撃を仕掛ける時それは痛みとして知覚されるからこの痛みは一生続く。
 このことは必然であり延命策を選んだ時点で覚悟すべきことだ。しかし生死の瀬戸際にいる患者にはそこまで考える余裕が無い。ステントを装着した後になってから初めて途絶えることの無い痛みに苦しむことを知る。
 健康時であれば痛みは警鐘であり痛みの原因に対処することは重要課題だ。しかしそれが人為的措置によるものであれば原因は分かっており、それが治療できない痛みであることも明白だ。こんな状況であれば痛みの緩和が唯一必要な課題になる。では痛みを緩和するためであれば総てが許されるのだろうか。そうではあるまい。鎮痛にも節度が求められる。
 食道は癌に冒され刻一刻劣化し続けており食い止めることはできない。しかし脳まで冒されている訳ではない。管理を誤らなければ死ぬ直前まで正常な思考力を維持できる筈だ。そのためにできることは脳の機能を損なわない鎮痛剤を選択することだ。情けない話だがそれ以上のことはできそうにない。それだけにこのことに本気で取り組む必要がある。
 痛みを緩和する方法は様々だろう。患部に直接働き掛けたり、神経に働いたり、脳に作用したり、それぞれが違った薬効を持つ。鎮痛は有害であり避けるべきと考えていたからこれまでは余り勉強していなかったが、今後は私にとって最も有効と思える鎮痛策を探し出す必要がある。
 大半の痛み止めは中枢神経の機能を麻痺させることによって痛みを抑えているが、脳機能の低下は私の望むことではない。それでは本末転倒だ。そんな方法が可能かどうかはこれから研究せねば分からないが、明晰な頭脳と鎮痛の両立を図ることが理想だ。思考力を失った状態で生き長らえても仕方が無い。