今日は夕方からの雨、お時間まで、と、洗濯物を干し、
裏庭に花も咲き出したけど、草も、、、、けど今日は
寒いしなぁ~~と、1週間分の日記をつけ、
10年日記をつけ始めたのは、2001年。ちょうど切が良いと数年ぶりのことでした。
そしたら、その年の夏、ハハ(姑)の認知症を確信する事になり、
でも、たった4年あまりの介護でした。
都忘れとカミツレソウ(カモミール)、そして草。
ハハ(姑)がディサービスに行くと言い出し、
足元が覚束なくなったハハ(姑)の入浴させてもらえれば、社交家だったハハ(姑)がめっきり外に出なくなったし、
慣れるまで送迎時に付き添いましょう。そんな軽い気持ちで、
そんなつもりでした。
ところが、入浴用の着替えやタオルを用意も出来ないでいました。ハハ(姑)に尋ねると
「着替えなど持っていかなくっても良い、バスタオルも使わない。」と言って聞き入れません。
園の決まり、ということが理解できないようです。
その上、着替えなど、すぐには取り出せないようでした。
その場は何とか探して持たせたのだったと、思います。
それからです、ハハ(姑)ンチの断捨離が始まったのは、そして段々とハハ(姑)の言動に違和感を感じるようになったのです。
ハハ(姑)が出かけた後、箪笥や押入れを探し、片付け始めたのです。⇒ ☆
そんなわけで、ハハ(姑)ンチの断捨離は早い時期に終了しました。
都忘れ、チョッと色づき始めました。
ハハ(姑)が亡くなった後、私が買った衣類はリユースに使ってもらい、
家具その他は、夫・義妹・義弟たちの思い出の物たちなので
そのまま、残しています。欲しい物があれば持って行ってくれるようにとも言っています。
別居だったので、この3人以外には思い出もない物たちでしょう。
この後の断捨離は、息子たちに丸投げです。
けど、、楽な方だったなって今になって言えることです。
介護って、ドンドンきつくなるだろうし何時まで続くのか判らない、
でも、短いかもしれない、、だから、精一杯の事をと、言い聞かせてました。
紅さんも頑張られましたよね。
嫁に言ってあるんです、「価値のあるものは殆どないけど、
チョッとましな物はここに、後はぜーんぶ処分していいからね。」
処分しないでと言ってます。
ご両親は、なおさらでしょう。
息子さんたちに任せたのは良かったですね。
彼らが使うことになるのですものね、^^v
だったら、私が管理できる物をおこうと
増やさないで置こうと思ってた玩具、、また欲しくなって
困っています。
今、これ以上は無理、って状態で、開き直っています。
なのに、私達が帰ってきたとき、
私たち4人が入る所はなかった、贅沢になったと言うか、個人主義とでも言いましょうか、
そして、居間空き家の管理に困っています。^^;
今のとことは、困るほどのことはないんですが、、ね、、、
4年でしたか、、、
その時は毎日が一生懸命で、時としては「いつまで続くか」とも思い、神様は耐えられない試練は与えないと思いなおしたり、、、ア~、私の場合でした。
断捨離が進んでいればいいですね。
私にとって都忘れは、思い入れがあります。
のん太さんさすがですよ!
丸投げをしてほっかむりして自分の世界に入りましょう!
これまでのしんどかったことを思えば許されます!→独断・・・
逃げたもん勝ちです!ε=ε=ε=ヘ(*`゜ω´)ノトンズラッ
うちは両親そろって 90歳を超え始めると あまり片づけを派手にするのも
気が引けるし・・・
それで 昨日は 息子夫婦に 新しい倉庫の棚を買ってきてもらって
組み立ても 片付けも マル投げです。
棚を買うお金だけ出すので 収納は若い人のセンスに任せるわ と。
離れの一部屋が 土間の物置になっているのですが そこからすこしづつ
ものを移動させていきます。
核家族 何れ我が家も廃屋になるのかと思うと寂しいですね
仕方ないご時世でしょう
子供達に迷惑を掛けないように断捨離進めてはいますが
貯め込む人が約1名 困っています
このマメカミツレ 繁殖力旺盛ですね
根絶は難しいけど 格闘しています
拝見し私もな~と思いながら
実際はふえております
なかなかな~うまくいきません
市街地に実家を持つ友人も、嫁ぎ先と実家の跡を見ることになると心配していました。
便利な市街地でも空き家がどんどん増えてくるとか・・・。
田舎はなおさら、不動産の相続は管理がねぇ。