「244 こぎん刺しの小物一式(カードケース、ティッシュケース、がまぐち、しおり)」
◆由来◆ 「津軽、南部のさしこ着』(編集・発行㈲民俗民具研究所より転載)
江戸時代、津軽の農民たちは麻の着物しか着ることが許されなかった。津軽の厳しく長い冬を少しでも快適にやり過ごすため、保湿と補強のため 、麻布に木綿の糸で刺し子を施すようになり、やがて「津軽こぎん刺し」が生み出された。
縦の織り目に対して一・三・五・七、、、と奇数目を数えて刺す技法で弘前を中心に発展した。
◆歴史上の記録◆
江戸時代に東北各地を旅し、庶民の生活や風俗を丹念に記した菅江真澄の『遊覧記』には、「糠部のあたり(黒石)一帯の山里に住む男女は、しそ、山しそなどというものをかぶり、いろいろに綾をつけて縫った短い衣を着ていた。さしこぎぬというものである」(意訳)という表記が登場する。
また天保八年(1788年)日良野貞彦が、『奥民図彙』という見聞録のなかで、絵入りで記録しました。
◆こぎん刺しの種類と特徴◆
東こぎん
岩木川を境に、お城のあった弘前市から東側、黒石市、平川市、弘前市石川地区などでつくられた。太めの粗い麻糸で織った布に刺したものが多く、前身頃から後ろ身頃にかけて同じ模様を施したものが多い。
西こぎん
岩木川をはさんで弘前市の西側、西目屋村、弘前市岩木地区、弘前市相馬地区などの里山エリアでつくられた。苧麻(からむし)の細い糸で織った布に刺されたため、模様が大変緻密。肩の部分には黒糸と白糸で交互に刺した縞があることから「縞こぎん」とも呼ばれている。
三縞こぎん
岩木川の下流にあたる旧金木町(現五所川原市)を中心に旧車力村・木造町(ともに現つがる市)でつくられたもの。鮮やかな太い三つの縞模様が特徴。現存するものは非常に少なく、大変貴重である。
モドコ
こぎん刺しの基礎模様は「モドコ」と呼ばれ、現在40種類ほど存在します。これらを巧みに組み合わせることで、より大きく美しい幾何学模様が生み出されます。
有限会社 弘前こぎん研究所 青森県弘前市在府町61番地
「推薦コメント」
「こぎん刺し」の伝統的な幾何学模様はそのままに、新しい色を取り入れるなど現代に生かす試みがされています。昔の農家の人々が制限された生活の中で培った、物を大切に使い続ける精神や知恵を見習いたいものです。-川上典李子-
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