「ムラサキシキブ(紫式部)」はクマツヅラ(熊葛)科カリカルパ属の落葉低木で、原産地は日本、台湾、朝鮮半島、中国だそうです。
属名のカリカルパはギリシア語の「美しい」と「果実」の二語から来ているそうです。
日本では各地の林などに自生しており、紫色の果実の美しさから観賞用にも栽培されているそうです。
日本で主に育てられているのは、やや小型の「コムラサキシキブ(小紫式部)」や白い果実を付ける「シロシキブ(白式部)」、葉の小さい「コバノムラサキシキブ(小葉の紫式部)」が多いようです。
・薬師寺に植えられている「ムラサキシキブ(紫式部)」です。品種は分かりませんが、このような木が数株続いて植えられていました。
名前の由来は、紫色の実の清楚な美しさを、平安時代の女流作家の紫式部に例えてつけられたといわれていますが、元々は紫色の実をびっしりつけることから、「ムラサキシキミ」と呼ばれていたものが、いつの頃からか紫式部を連想させて「ムラサキシキブ(紫式部)」になっていったともいわれています。(「シキミ」とは重る実、即ち、実がたくさんなるという意味です。)
・「ムラサキシキブ(紫式部)」のひとつひとつの実は小さいのですが、節ごとにまとまって付けるので非常に見栄えがあります。
樹高は2m~3mくらいまで成長し、小枝は水平から斜上に伸び、葉は長楕円形で細かい鋸葉があります。
・これは「ムラサキシキブ」の花です。この画像は昨年8月に、私が住んでいる大阪・熊取の山の手台住宅の遊歩道に咲いていたのを撮影したものです。
・こちらは薬師寺の境内に植えられていた「シロシキブ(白式部)」です。
・「シロシキブ(白式部)」も境内の同じところに、「ムラサキシキブ(紫式部)」に続いて数株植えられていました。
「紫式部」
源氏物語の著者である紫式部(978年~1016年)は、初めは藤式部と称していましたが、後に源氏物語の主人公、「紫の上」に因んで紫式部と呼ばれたそうです。
「式部」の呼び名は父・藤原為時の官名「式部丞」からきているそうです。
「ムラサキシキブ(紫式部)」の名前の由来となったと言われている平安時代の女流作家・紫式部の次の歌が小倉百人一首に選歌されていますのでご紹介します。
「めぐりあひて 見しゃそれとも わかぬ間に 雲隠れにし よはの月かな」
(訳):久しぶりでめぐり逢って、あの人かどうか見分けもつかない間に、急いで帰ってしまわれた。あなたはまるで雲に隠れてしまった夜中の月のようですねえ。
・小倉百人一首の歌です。
先日、奈良の薬師寺を訪れたとき、境内で紫式部と白式部を見つけました。そこで今日はこの「ムラサキシキブ(紫式部)」をご紹介します。