ベルリンのシンボル、
ブランデンブルク門。
(右の木はクリスマスツリー)
かつて、ベルリンは星型要塞に囲まれた城郭都市で、ブランデンブルク門は、現在も残る、
18箇所あった都城の門のひとつ。
高さは26m、幅は65.5m、奥行きは11m。
東西ベルリンの境界に位置し、近・現代のベルリンの歴史を見つめてきた。
かつてはドイツ分断の象徴とされたが、
ドイツが統一された今は、「統一の象徴」となりました。
門内側、
ギリシャ神話をモチーフにしたレリーフ。
門の上には、
四頭立ての馬車に引かれた戦車に勝利の女神が乗っている彫像。
クアドリガ(四頭馬車)と女神ヴィクトリア。
旧東ベルリンを望み、向かう方向には、
パリ広場 (Pariser Platz)があります。
ナポレオンや、プロイセン軍、
ナチスや連合国軍、
いろんな歴史をたどってきたのだよねぇ。。。
門の旧東ベルリン側。
門の旧西ベルリン市街。
広場の中にある、要人御用達の、
ホテルアドロン、
別名ケンピンスキーホテル。
アメリカ大使館にフランス大使館。
それにしても、
ベルリンの中心で、大使館街とは思えない静けさ。
ブランデンブルク門から東に向かい、
ウンター・デン・リンデンを過ぎると、王宮。
ブランデンブルク門は、
1989年、
べルリンの壁が崩壊後、再び門の下を通行できるようになった。
また、統合のシンボルとして、
ドイツのユーロ硬貨の裏面に彫られている。
1963年竣工された歴史あるホール。
大ホールの収容人数は2,440席、
室内楽ホールは1180人。
ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団の本拠地。
日本的に考えると、特定のオーケストラ専用のホールがあるって贅沢な話だけど、
国家や街を挙げて、文化を応援する姿勢って、
なんか文化を育てることへの高い意識を感じますね。
ヨーロッパは遠い。
丸1日移動にかかり、
実質、活動は翌日、
ベルリンからスタート。
ベルリン。
ドイツの北東部に位置する都市。
1871年にドイツ帝国が成立してから1945年の第二次世界大戦の終結までドイツ国の首都。
冷戦時代は、東西に分断され、
東ベルリンは旧東ドイツの首都、西ベルリンは事実上旧西ドイツの州の一つとなり、
1990年、東西ドイツの統一から再び首都となった。
という、日本人としてはちょっと想像しにくい歴史をもった都市。
人口は370万人。
ドイツ最大の都市であり政治の中心地。
以下ウィキぺディアより。
地方分権の歴史が長いドイツでは、金融と交通の中心地はフランクフルト、産業の中心は、
ミュンヘン、シュトゥットガルト、ケルンとされ、日本のように一極集中という状態はない。
さらに1811年まではドイツ人全体の帝都は形式的にはウィーンであり、その後も1868年までは、
ウィーンがドイツの中心と見なされていた。この年にプロイセンがオーストリアを盟主とするドイツ連邦軍を破って
これを解体することにより新統一ドイツの首都がベルリンに確定、以後、人口、経済、文化いずれも急進していく。
なるほど。
今回の旅は、ドイツからスタートして、
チェコ、スロバキア、ハンガリー、オーストリア、
と、実質6日間で5カ国を周遊?したことになるわけだけど、
もはやEU内においての国の境界線は、少なくとも観光客のレベルでは、
愛知か静岡か的なもののような感触で、
5カ国というよりか、EU圏5都市へ訪れました、
と言った方が、はるかにしっくり来る気がします。
さて、ベルリンの話。
2011年のベルリンは、寒波で数メートルの雪が降った昨年と違い、
かなりの暖冬、雪じゃなく雨です。
ベルリンのもうひとつのシンボル、テレビ塔。
トップ写真は、ベルリンのソニーセンター。
富士山型の屋根が特徴の複合施設。
ポツダム広場の再開発の目玉として建設されたが、
その後ソニーからモルガン・スタンレーに売却、
現在は、韓国が購入を検討中とのこと。
時代は変わるね。
人も、街も、資本構成も。