三木奎吾の住宅探訪記 2nd

北海道の住宅メディア人が住まいの過去・現在・未来を探索します。
(旧タイトル:性能とデザイン いい家大研究)

【東京猪俣庭園 吉田五十八の画像解像度】

2018年11月19日 06時47分43秒 | Weblog
ことしはなかなか東京を散歩する機会がなかった。
やはり建築とか住宅とかの仕事をしていて、
ときどきはそういう機会を持つべきだと思っています。
人間食わずきらいではいけない。
って、べつにわたしは関東・東京のデザイン感覚がきらいではありません。
マザー的な感覚とは違うけれど、多くのニッポン人のデザイン感覚DNAが
重層的に積層しているので、やっぱりいつもオモシロい。
今回は東京在住の息子の状況視察で東北からクルマで足を伸ばした。
仙台からの出発で行き土曜日は仙台東部道路〜常磐道を南下。
約370kmほどだそうです。
で、用件は顔を見れば大体3分間で済む(笑)。
帰りは、一転して東北道を北上するルート選択であります。
とても仙台までは体力的にムリそうだったので、福島県二本松周辺で宿泊。

ということでしたが、坊主は事前に知らせていたので
日曜日もスケジュールが空いているよ、ということで、
神奈川〜東京の美術と住宅建築探訪に付き合わせた。
まぁそのうちなんかの役には立つかも(笑)。
一応、吉田五十八建築が軸で葉山の山口蓬春記念館と東京世田谷の
猪俣庭園建築見学であります。
って、前日に坊主が行く、となったので急遽決めた次第。
まぁどっちもそんなに観光スポットではないし、
クルマで行くのがいちばん行きやすいという場所であります。
この2箇所とも以前に探訪していたことがあり、
そのときの「場所の印象」がどちらも克明だったのです。
で、今回は坊主とも意見が一致した猪俣邸の居間からの庭の切り取り方。
建築的意志がもっとも明確にあらわれる「開口」です。
コンピュータがパーソナルになって、人間のDNA的「視認」が
共通言語化され製品化されるようになって、
この画面の切り取り方って、たいへん大きなテーマに浮上した。
こういう人間感受性の「進化」ということについて、
Appleという会社は大きな寄与があったと思います。
Windowsを生んだMicrosoftも技術発展に果たした役割は大きいけれど
しかし、毎日使うという意味での人間DNA解析では、
やはりMacintoshは先端的に多くのことに取り組んで成果を挙げた。
そのなかでもこの左右寸法という領域での仕事はすごかったと思う。
人間がなにかをみるときに、どういう画角がもっとも人間的か、
こういった解析では建築の領域も歴史的に大きな関与をしてきた。
わたし的にこの猪俣邸の居間のフレーム感は好きであります。
建築というのはまずはたぶん人間のカラダのサイズが基本になったのだろうと
そういうふうに感じています。それが建材のサイズ、規格に反映し、
一定の「共通言語化」が成立している。
そのなかである種の「様式」が生まれても来るのでしょうが、
そういった制約を持ちながら、ある寸法感覚は偶発的個人意志的に生起する。
で、この猪俣邸のグリッドの感覚に、父子で共感を持てた。
画面としては左手にやや夾雑物がきのうはあったので、
そっち方向は少しカットしています。
みなさんはどうお感じになるでしょうか?
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