つばた徒然@つれづれ津幡

いつか、失われた風景の標となれば本望。
私的津幡町見聞録と旅の記録。
時々イラスト、度々ボート。

明日に架ける橋~津幡川のおやど橋。

2011年02月09日 22時28分55秒 | 日記
「今日の一枚」は、津幡川に架かる「おやど橋」。
写真奥、橋の向こうは「四ツ角」⇒「津幡小学校」。
やや左手上に「久世酒造」の銘酒「長生舞」の看板。
右手奥に「Mさん」から情報を頂いた「さぶさストア」。
そして、写真手前。
半ば欄干に隠れる形で赤いランドセルを背負った小学生が写っている。
急いでいるのだろう…走っていた。

彼女にとって「おやど橋」は、単なる通り道ではなく、
ある意味、異世界への入口だ。
生活の空間から学びの空間へ。 
あるいは私から公へ。
向こう岸へ渡った瞬間から、ほんの少しの心構えが必要になる。

思えば、人は「橋」に様々なものを託してきた。
軍事・経済活動の物流や、人の交流の為の場所であるのは勿論、
希望や絶望といった目に見えない「意識」を運ぶ象徴でもある。
「サイモン&ガーファンクル」の名曲が良い例だ。

「ポール・サイモン」と「アート・ガーファンクル」によるデュオ。
その人気が頂点を極めようとしていた60年代末。
アメリカは大きく揺れていた。
国内では「黒人公民権運動」の嵐が吹き荒れ、海外では「ベトナム戦争」が泥沼化。
行き詰ってしまった人々の心に、暗く沈んだ空気が漂っていた時、
世に出たのが「Bridge over Troubled Water」だった。

『君の瞳に涙があふれたとき、僕がそばで乾かしてあげよう。
 あわただしく時が流れ、心許せる仲間がみつからないとき、
 渦巻く海に架かる橋のように、僕はこの体を投げ出そう。

 銀色の乙女よ、船出のときだ。
 輝きに向けて旅立つときだ。
 君の夢をかなえる航路は、幾つもある。
 もし君が仲間を求めるなら、僕は後ろについている。
 Bridge over Troubled Water…渦巻く海に架かる橋のように、
 僕は君を和ませてあげよう。』
(原典:Bridge over Troubled Water-Simon&Garfunkel/意訳:りくすけ)

荒れ狂う海、困難、不安、そんな全てを乗り越えるための手段として選ばれた言葉が、
邦題の【明日に架ける橋】。
いいセンスだと思う。

今日も「おやど橋」を渡る子供達の明日に幸多かれ。
コメント
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