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癌春(がんばる)日記 by 花sakag

2008年と2011年の2回の大腸癌手術
   ・・・克服の先に広がる新たな春を生きがいに・・・

納会・祝賀会

2012年04月14日 | スキー・クロカン
       

 会長を仰せつかって5期10年になる函館スキー指導員会<道南一円のスキー・スノーボード指導有資格者570名の組織>の「創立60周年記念 平成24年度納会・祝賀会」を無事終了することができた。

 今年の祝賀対象者の人数は、○いろいろな功労表彰者6名、○喜寿2名、○古希5名、○還暦はれまで最高の21名、○スキー指導員合格者8名、○スキー準指導員合格者6名、○スキー認定指導員合格者2名、○スノーボード準指導員合格者1名・・・・それぞれに祝意を示し記念品を贈呈した。

      

 挨拶の中で、「いろいろなスポーツの中で、これほど用具の変遷とそれに伴う技術の変化の激しいスポーツはない。それを考えたときに60年という歴史の重みは非常に大きい。その変化に常に対応し、技術や指導の向上に努めてきた皆さんに心より感謝と敬意を表したい・・・」という旨の話をさせて頂いた。自分の42年にわたる指導員歴からのまさに実感である。

      

 今シーズンは、道南一帯は雪も異常なほど多く、気温も低かったので、きわめて良好なコンディションの下、個々人それぞれの立場でのスキー指導や事業に取り組むことができたものと思われる。これで、今年度の事業は全て終わり、秋の総会まで少しのんびりすることができる。


 3/20に行われた「第42回指導員スキー・スノーボード大会」での自分の滑りの写真をいただいた。自分の滑りの写真はなかなか手に入らない。ましてや、年に1回の旗潜りのものは貴重である。

      

2度目の直接対決

2012年04月13日 | 日常生活・つぶやき
       

 今日の楽天と日ハム戦は、5年前の夏の甲子園の決勝で大いに楽しませてもらった田中将大投手と斎藤佑樹投手のプロ入り2度目の直接対決だった。昨年はお互いに完投したが、田中投手の勝ちだった。

 斉藤投手の今年すでに2戦2勝に対して、田中投手は2戦して1敗で勝ち星なし・・・特に2試合目は、9回2アウトランナーなし、完封まであと一人というところで4連打を浴びて、引き分けに終わった。悔しい思いをしていただけに、田中ファンとしては、今日はなんとしても勝って欲しかった。

 初回に1点を奪われたが、挽回し2対1のまま経過した。しかし、7回の先頭打者にヒットを打たれた斉藤投手が先に降板・・・本人ももっと投げたかったようだし、こちらとしても、二人とも完投して欲しかった。その田中投手も8回で降板したが、ようやく3戦目にして勝ち星が付いてひと安心だった。

 このあとも、この二人の対決はずっと続くだろうし、お互い良きライバルとして成長し、プロ野球界を大いに盛り上げて欲しいものだ。

 北海道人であれば、日ハムファンでも田中投手のファンは多いはずだ。今日も試合終了後のヒーローインタビューでは、負けた日ハムファンからも温かい拍手が多かった。

 日ハムも好きだが、自分が楽天ファンなのは、田中投手の他に、野村監督が好きだったこともある。さらに、函館有斗高校出身の佐藤義則ピッチングコーチと函館工業高校出身の青山浩二投手の二人がいることも大きい。現在のプロ野球界で活躍している函館に縁のあるのはこの二人しかいないはずだ・・・?

 このほかに、ダッグアウトに入っている球団職員に、妻の東京時代の上司がいて、一昨年の函館の試合で招待を受けたり、田中投手のサイン色紙やサインボールをいただいたりしている・・・そんなことで、かなり身近な思いの球団である。

春まだ遅き大沼

2012年04月13日 | 日常生活・つぶやき
     

 先日、TVで、「今年は氷の溶け具合が遅くて、船を出せなくて困っている」との大沼共同遊船の社長や漁業関係者の声が放映されていた。

 昨日、三九郎岳~二股岳~弥五兵衛岳の循環縦走の後、大沼に寄ってみた。確かに、まだ岸から近いところ以外は殆ど氷に覆われたままであった。こんなことは確かに珍しい・・・。

     

     

     

     

三九郎岳~二股岳~弥五兵衛岳・循環縦走

2012年04月12日 | 登山・旅行
       
 スカッ晴れの春の陽光に誘われて、グリンピア大沼の奥に宿野辺川右股沢源流部を囲むように連なる三九郎岳~二股岳~弥五兵衛岳を循環縦走してきた。この時期ならではのずっと温めてきた計画だった。

 スパイク長靴にアルミかんじきを履いての出で立ちだったが、ほとんど埋まらずサクサク歩くことができた。ほとんど疲れを感じることもなく、予想よりかなり速い6時間でゴール。

 一番の核心部は、斜度45度もありそうな二股岳からの下りだった。弥五兵衛岳へ繋がる尾根は、もの凄い斜度で山頂から下りることができない上に途中で雪崩れて口を開けていた。戻るわけにも行かない。しかし、朝から陽光を浴びて、ザクザクになっていたのを幸いに、一本北側の尾根を慎重に下り、途中からトラバースして本来の尾根にへ移った。
 
       
     今年の初物・・・お目覚めの山親父の足跡。お目に掛かったのはここ1ヶ所のみだった。 
       
       
 三九郎岳の下から二股岳と稜線を望む・・・下らなければならない二股岳の左側の尾根が怖そう。 
                
       
 二股岳ならではの大好きな展望・・・弥五兵衛岳への稜線の向こうにまだ凍ったままの大沼を挟んだ駒ヶ岳と横津岳。大沼の奥は噴火湾。       

       
     二股岳山頂から函館山を望む。津軽海峡を挟んで下北半島も見える。
 
 雪が緩まない内にと6:15にスタートしたことも効を奏し、12:15にゴール。2日前の不二山のときは黄砂の影響で遠望には恵まれなかったが、今日は、これ以上はないと思われる展望に恵まれた。大満足のうちにグリンピア大沼の温泉で汗を流す。

 詳しい山行記録は、下記親サイトでどうぞ!
 http://sakag.web.fc2.com (アップ完了)


○駒ヶ岳神社のそばでのクレソン摘み

 妻が大好きだが、スーパーでは売っていないクレソン・・・いつも山行のときに「見つけたら採って来て!」と言われている。湧水の所に生えているので、偶然見つけると採って帰ることが多い。

 しかし、今回は、大沼湖畔の駒ヶ岳神社の湧水帯に生えていることを知っている妻からのリクエストの応えて、下山後の予定に入れておいた。

       
 噴火のときに飛んで来た?大岩がご神体の駒ヶ岳神社。毎年山開きはここで安全祈願祭が行われる。 

       
 その岩の根元の左側一帯の湧水帯に生えるクレソン・・・他に3名の女性が摘んでいた。

       
 3回ほどの分を頂戴してきた。茎から根毛が出ているので、水に浸けておくとかなり持つようだ。
 妻も自分も、生のままこれにシーキチンとレモンをまぶして、マヨネーズで和えて食べるのがお気に入り・・・。

言い伝えの多い矢不来天満宮

2012年04月11日 | 街並み・歴史探訪・ドライブ
       

 昨日、不二山を下山後、茂辺地の歴史的由緒のある矢不来(やふらい)天満宮へ寄った。茂辺地川河口から3つ目の茂辺地橋を渡って道なりに台地に上がった位置にある。

 この神社は、15世紀に矢不来海岸に流れ着いたという天神様(菅原道真)像を祭ったのが始まり。道内でも古い起源を持つ神社の一つで、ミステリアスなものも含めていろいろな言い伝えの多い神社だ。ちなみに、道内最古の神社は知内町の雷公神社(1205年)である。

 実は、この神社の現在の宮司の父親であるNaさんは、ここの神社のお嬢さんと結婚したが、自分は神職にはつかず、私と同職を全うした先輩である。且つスキー指導員仲間で、現在の北斗市スキー協会会長でもある。到着したら、ちょうどタイミング良く、Naさんが境内にいて、いろいろ歴史にまつわるお話を聞くことができた。

 もともと、ここは、国指定の史跡の「茂別館跡」で、鎌倉~室町時代にかけて築かれた「道南十二館(どうなんじゅうにたて)」(領主の館)のひとつである。ここは豪族下国(安東)氏の居館であった。要するに、「茂別館跡」の大館跡に現在のこの神社が建っているということ。土塁も残っているそうだ。
 
 起源から大正6年までは、矢不来海岸の台地(「矢不来台場跡」の海岸寄り)にあり、その後、茂辺地市街地南側の高台に移転、さらに、現在地へ移転したのは昭和3年で、上磯~木古内間の鉄道工事の前だそうだ。ちなみに、現在の社殿は、昭和43年改築の神明造とのこと。大祭は4年ごとの9月24日~26日。

 この神社のミステリアスな「矢不来の赤松」「ご神体」「社殿の不思議」「鳥居の言い伝え」等については、Naさんからもお聞きしたが、下記に詳しいので、そちらを読んで頂きたい。
http://donan.org/history-legend/yaginainoakamatu.html

       

 天保11年と刻まれている一の鳥居。左側に「茂別館跡」の説明板が立っている。
 上記のサイトに載っているこの鳥居の言い伝えとは違うものをNaさんからお聞きした。
 それは、もともと函館のどこかの神社のために本州から運んで来たが、矢不来海岸でその船が遭難して鳥居もろとも沈んだ。それを引き上げてこの神社のものとして利用したとのこと。

       

 境内に祀られている赤松の幹・・・矢不来天満宮の天神様(菅原道真像)は、赤松の上に乗ってこの地に流れ着き、流れ着いた浜辺には赤松の大木が生えた。
 昭和5年(1930)、上磯~木古内間に鉄道架設工事が始まり、この大木を伐ろうとしたが、旭川から連れて来た腕のいい木こりでも伐ることが出来なかった。
 ある夜、その木こりの夢に老人が現れて、「切り口に葦を挟んで伐るとよい」と教えたので、その通りにするとようやく伐ることが出来た。 しかし、その後伐った木こりもお祓いをした神官も死んでしまったという。
 鉄道開通後も走行中の汽車の中に、白衣の老人の霊が現れると騒がれたため、伐った木の一部を矢不来天満宮に祀って木の霊を鎮めたという・・・・これが、上記の写真である。

        
 
 牛の像・・・同じものは太宰府天満宮にもあって、これは菅原道真が亡くなった時に亡骸を牛車に載せて進んでいると、急に牛が動かなくなってしまったので、その場所に菅原道真の亡骸を葬り、太宰府天満宮が建立されたというところからこのような牛が伏せた像が作られているらしい。
 また、新しい方の牛に付いているのは梅の社紋で、菅原道真が梅の花をこよなく愛でていたところから、各地の天満宮で使われているということ。

       

 今年の大雪で落ちてしまった社殿の鳥居の屋根・・・Naさんは、どのようにして改修したら良いか頭を悩ませているとのこと。 
 なお、この境内には多種類のサクラの木が多い。Naさんが花を見て調べて書いたという名前の札が一本一本にぶら下がっている。遅咲きのものもあるので、ひと月ほど楽しめるとのこと・・・今度サクラの頃に再訪してみようと思った。

       

 裏参道の途中にある「開拓使茂辺地煉瓦石製造所跡」・・・明治5年に製造が始まり、ここで作られた煉瓦は、現存する函館元町公園の元函館支庁書籍倉庫や金森用物店等に使われている。標柱から台地側へ10mほど歩くと足の下に煉瓦の残骸がザクザクと落ちているらしい。

 これらのほかに、近くの旧道(福山街道)沿いには、明治11年に始まった「茂辺地さけ孵化場跡」や箱館戦争時の激戦地「矢不来台場跡」などがある。

 なお、「矢不来」の地名の語源は、矢不来神社の沿革に依ればコシャマインの戦いの際、この地にアイヌの毒矢が来なかったことから「ヤギナイ」と呼称し矢不来の字をあてたとの説がある。
 しかし、地形から言うとアイヌ語の「ヤンギナイ」=船を揚げる所というものに由来するという説が有力とのこと。  

不二山<北斗市>

2012年04月10日 | 登山・旅行
       

 北斗市茂辺地川上流の湯の沢川と西股川の間に位置する不二山(ふじやま)(496.9m)に登ってきた。

 興味を惹かれる山名の由来は不明だが、地形図から察するに、今は通行止めになっているが、安政年間からあった道々29号線(上磯厚沢部線)の梅漬峠辺りから眺めると、富士山のように見えるのかも知れない?

 登山道はないので、積雪期がベストの山である。しかも、南尾根以外はとてつもない急斜面に囲まれていて、それ以外からのアプローチは不可能である。西股川沿いの道々29号線(上磯厚沢部線)から南東隣のc400ポコへ繋がる尾根をを登り、そこから南尾根へと進むのが良さそうな感じだ。ただし、東股林道分岐の通行止めゲートまで除雪されていればの話である。

 一昨日の林道偵察の結果、そこまで除雪されていたので、トライすることにした。すでに登っているSHOさんたちは、林道の奥からc400ポコへ直接繋がる北尾根へ取り付いているが、地形図をよく見たら、かなり手前から標高点333ポコへの北東尾根に取り付いてすぐ西隣の400ポコへと進む方が距離的に近いし、斜度が緩そうなので、そのルートにトライしてみた。

 前日の雨とプラス気温のため、林道もかなり埋まる。そこで、かんじきをリュックに括り付けて、スノーシューでスタートした。結局かんじきは使うことはなかった。

なお、展望は、昨日から到来した黄砂のせいで、函館山がぼやっと見えるだけで、横津連峰などの遠望は霞んで見えなかった。

 登り 2時間15分(内:林道歩き45分)、下り 1時間25分(内:林道歩き35分)
 
<今は開かずの道々29号線と梅漬峠の歴史>  
 今日、尾根までのアプローチに使った茂辺地川から西股川沿いの道々29号線(上磯厚沢部線)と梅漬峠だが、古くから、アイヌは、茂辺地越え、茂別越えと呼んでいた安政年間からある山道である。戦後、1949(昭和24)年に改修工事が完了し、1954(昭和29)年に道道に認定されている。しかし、2005年から落石の恐れや崖崩れなどで、現在に渡って長期間通行止めが続いている。かつて自分も2回は車で通って厚沢部へ抜けたことがある。

<梅漬峠の由来> 
 物資運搬の人夫たちが、この峠で一休みし、昼食を取り始めると、自分たちの荷物の中に梅漬の樽があるのに目を付けた茶目っけの一人が、「殿様に叱られてもしかたなかんべ」と言って、樽の中の蓋をとってつまみはじめると、他の連中も「俺さも一つ」と手を出して「うめ~梅干しだな~」と一同笑いさんざめきながらちょうだいしたという昔話から「梅漬峠」と呼ばれるようになった。

       
 ゲート前にこのような立て看板が・・・ゲートから先の林道にはずっと複数のスノーシューの数日前のトレースが残っていたが、不二山へは登っていなかった。このトレースは、熊打ちの物だったのかも知れない。心配した冬眠明けの熊は、その足跡すら目にすることはなかった。 

 下山しても、まだ11時前だった。帰路、以前から訪ねたいと思っていた茂辺地の矢不来天満宮とその周辺の歴史探訪をした。(別にスレッドを立てて記載)

 詳しい山行記録は、下記でどうぞ!
 http://sakag.web.fc2.com/ (アップ完了)

ようやく融け始め

2012年04月08日 | 日常生活・つぶやき


積雪がなくなってから初めて五稜郭公園へウォーキングに出掛けた。
例年ならとっくに融けているはずの堀の氷がようやく融け始めたようだ。
晴れている今日でも、平年より最高気温が5℃以上も低い・・・・。






 昨夜、函館市内でトリカブトをニリンソウと間違えて採ってきて、食べた人が一人死亡、一人が意識不明の重体、一人は入院中という事件が起きた。
 ニリンソウを食べるなんてことは初めて知ったが、おひたしにするとおいしいらしい・・・確かに葉は似ているが・・・。
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20120408-00000010-mai-soci

2度目の切腹1周年記念日

2012年04月06日 | 大腸癌日記
          <近所の庭で目にしたスノードロップ>

 今日は、昨年の2度目の大腸癌手術日だった。当時のブログを改めて読み返してみた。
 こちらが一番辛かった術後1週間ほどの妻の代筆が面白い・・・前回のときも、今回のときも、その後いろいろなところで会う人に「奥さんの代筆面白かったです。申し訳ないが楽しませてもらいました」と言われることが多い。

 しかし、改めて考えてみたら、「絶対大丈夫!」と今日の快復ぶりを確信できていただけに、あんな調子で周りも本人も明るく楽しく過ごせたわけだ・・・運の強さに改めて感謝である。

 それにしても、4月になってもう一週間になるというのに、爆弾低気圧以来、寒い日が続いている。例年は、我が庭の福寿草も満開になっているし、ギョウジャニンニク採りに出掛けているところだが、夕方から降った雪で、今もまた銀世界になっている。

 こんな寒い中、今日は小学校の入学式だった。春の象徴とも言えるピカピカの1年生にとって、明日の朝は一面の銀世界の中の登校となるだろう・・・可哀相!


函館ライフスポーツ納会

2012年04月05日 | スキー・クロカン
      
 本日、自分がコーチ会員としてメンバーに加えてもらっているシニアスキークラブ「函館ライフスポーツ」の納会に参加。

 50代から最高齢80歳までの95名が、スキーだけでなく、自分が担当している春と秋の登山会の他にゴルフやパークゴルフなどに勤しんでいる。スキーは10回ほどの講習会をしているが、自分はなんやかんやで5回しか協力できなかった。

 この会員の中には登山を趣味にしている方も多く、拙サイトの愛読者が多い。いつも感心するのは、みなさんお若いことだ。自分もその点に置いては引けを取らないつもりだが、いつも若さと元気をいただいている。

      

 納会の前に、今年度のスキーの記録を映像で振り返った。自分の滑りはなかなか目にすることはできないが、きちんと撮影してこうして成果を目にすることができてみなさん喜んでいた。

      

 テーブルごとに自己紹介を兼ねて、今シーズンを振り返ったり、いろいろな思いを語っていた。

 この場で、今年の登山会の予定を発表した。春は厚沢部の太鼓山と土橋自然観察教育林(レクの森)、秋は駒ヶ岳の計画である。

アタッチWiFiようやく接続

2012年04月03日 | PC・HP・ブログ
 今回の山旅に出る前に届いたので、旅先でノートPCでインターネットを楽しもうと考えていたのに、接続がうまくいかず、検品に出したアタッチWiFi・・・「異常なし」とのことで戻ってきた。

 結局、「BUFFALOの外付け無線カードとの相性の問題ではないか。自分のところではその確認はできないが、設定の仕方で解決できるのではないか?」とのこと。

 そんなこと言われても、メカ音痴の自分にはどうにもならない。この1月に新しいデスクトップのPCを組み立ててもらった近くのPCショップへ診てもらいに行った。彼も初めて目にする機種だそうで、無線カードの内蔵されているノートPCも操作しながら、接続できない原因を探って、いろいろ解決の方法や設定に頑張ってくれた。「最悪の場合は外付けの無線カードを変えなければならないかも・・・・」と言いながら・・・。

 プロって凄いと思う・・・こちらでは開けたことも見たこともないような画面をポンポン出して、シャカシャカと操作する姿に惚れ惚れとしてしまう・・・・神業を見ているようだ。。

 40分ほど悪戦苦闘して、バッチリ接続できるようになった。結局は、外付けの無線カードとの相性だったが、セキュリティの設定を変えることで解決できたそうだ。なぜかシリアルナンバーも新しいものに変えて設定し直してくれた。「セキュリティの段階を落としたので、日常的に使うのであれば不安要素もありますが、旅行などでしか使わないのであればまったく心配ないでしょう。」とのこと。

 いろいろ設定し直したことを細かに説明されても解らないので、「セットしたらいつでも接続できるように設定してください。解らなくなったらまた聞きに来ますので・・・」とお願いした。

 彼も結構苦労したらしく、とても喜んでいた。「いくらですか?」と聞いたら、「これは正規の料金をいただかなくては・・・」と言う。「最悪の場合、簡単に接続できる中古PCを買わなければならないかと思ってきたので、いくらでも払いますよ」と私・・・。

 家へ持ち帰って、自分でもやってみたが、何の設定もしなくても、すんなりと接続できるようになった。しかも、予想していたより速度も速い。
 
 私のブログを見て、自分も契約したという方から「内蔵の無線カードの入ったPCなので、何の苦労もなく接続でき、快適に使っています」というお礼のメールをいただいて悔しい思いをしていただけに、ようやくひと安心・・・。

 それにしても、機種自体は1円だったのに、なんやかんやと結構の費用が掛かった・・・タダより高い物はない・・・? 

バカツネ尾根から烏帽子岳へ

2012年04月01日 | 登山・旅行
            
 天気予報が好転したので、SHOさんからの誘いに乗り、タニさんと3人で、横津岳車道冬ゲートから大川沿いの林道を詰め、バカツネ尾根の上の方から烏帽子岳をピストンした。
 以前から考えていたルートではあったが、ようやく念願が叶った。途中の2ヶ所の岩場は、雪が多かったお陰で左側から簡単に巻くことができた。

      
 ここ数日の雪でラッセルは大変だったが、気温が低かったお陰で霧氷がきれいだった。

      
 4月だというのに、霧氷の向こうに見える函館山の眺めが新鮮だった。
 
      
 頂上での記念撮影

 さすが7日連続山行の疲れが残っていて、登りは付いていくのがやっとで、やや足をひっぱた感あり。
 
 登り 4時間、 下り 2時間25分

 詳しい山行記録は下記でどうぞ! 
 http://sakag.web.fc2.com