もうすっかり秋だなあ・・・
こんな感じの気候がずっと続けばいいのに。
昨日はお休みだった、そして暑くもなく寒くもなく涼しい風が吹いている文句なしの日だったので「ゴーギャン展」を観に行くことにしました。竹橋にある東京国立近代美術館というところでやっている。住所でいうと北の丸公園というところ、気象庁とかのあるあたり。
なぜ3枚も
地下鉄で行くと乗り換えとかめんどくさいので腹をくくって自転車で行った。めったに行かない場所だが方角だけ決めて適当にこいで行ったら40分くらいで着いた。意外にも美術館にはちゃんと駐輪場があった
平日の正午ということですいてるだろーと思っていたのだが、私は日本の超高齢社会を甘くみていた。かなり混み合っていてその9割くらいが年寄りだった。
ゴーギャンは1848年のパリに生まれ、株式仲買人として成功をおさめるが、印象派の画家たちとの交友が深まる中で絵画への情熱が抑えがたくなり34歳にして芸術家として生きる決意をする。そして自らの野性に目覚めたゴーギャンは楽園を求めてブルターニュ、マルチニーク島、南仏アルル、二度のタヒチと、終わりのない旅を続けるのだ。
私ゴーギャンについてとくになんとも思ってなかったんですけど6年前にイトと旅行した際に行ったメトロポリタンミュージアムというところでなんだかすごく好きになったんですね、タヒチの絵が。そんでこのたびの展覧会は、タヒチにおいて遺言代わりに制作されたとも言われる大作
「我々はどこから来たのか 我々は何者か 我々はどこへ行くのか」
が日本初公開ということで、これを逃すまいと思ったのです。1.39m×3.74mの大きな絵で、なんつーか、それひとつだけで物語のようであり曼荼羅のようでありなんだか生まれて死ぬまでがつまっているような作品だった。
それ以外にもいろいろ素晴らしかったがやっぱり私は風景画よりも人物画、フランス時代よりもタヒチ時代が良いなー。色づかいも不思議で良い。
この展覧会は9月23日までやってるのだが企画展に入ると自動的に常設展も観られるのです、チケットもらった。ゴーギャン展をじっくり観すぎてかなり消耗してたのだが、でも当日限り有効なのでこの日のうちに観ねばと思い2階~4階の常設展もまじめに観てきた。
芸術というものはよくわからんなあ、ひと目見ただけでビビっておもらししちゃうくらいすげえのもあれば、ハテもしかしてこれならば私のほうが上手いのでは?というものも同じ舞台に立っている。そんなモヤモヤを抱えて観終わると、さらに別館の工芸館というところも観ていいということで行ってみる。別館というから敷地内にあるのかと思えば、工芸館は400m先
しかもゆるやかな上り坂
えっちらおっちら歩いて行くと
趣きのある建物が。
東京国立近代美術館工芸館の建物はもともと1910年に近衛師団司令部庁舎として建てられ、1972年に重要文化財に指定されたのち1977年に工芸館としてオープンしたんだってさ。レンガ造りでカッチョ良いんだけど前庭が狭くて引きの画が撮れなくてすいません。
主に陶磁器なんかが展示されていたが、花器とか茶器とかは絵以上にわからんね。ゴーギャンは1点につき何分もかけて観てたが、工芸館では5点を1秒くらいで雑に流し観てさっさと出てきた。正直もう疲れた
工芸館の目の前が乾門という、皇居の門になってるのでどうせだから入ってみようと思ったらここからは入れないとのことでお隣の北詰橋門というところへ回ってみた。
門のところに受付みたいのがあって入る時に札をもらう。出る時に返す(「お疲れ様でした」と言ってもらえるよ)。
なくしたらボッコボコにされるのだろうか・・・
ここは皇居東御苑というところで、初めて入ってみた。中高大と皇居の近くの学校に通っていながらもこちら側には来たことがなかったからね。
知らなかったのだが、こんなものがあった↓
天守閣跡天主台
もうすでにヘトヘトだったので登らなかったんだけど、登るべきだったよねこの裏側に「狐坂」というなんとも魅力的な名前の坂があるのだが、どうやら入れないみたいだった。
本丸と二の丸の間に・・・あら素敵。
汐見坂(石垣と濠の感じがもう!)
梅林坂(勾配きつめ)
梅林坂を抜けた草むらに猫がいたのでじろじろ見てると、急に何かに飛びかかって仕留めたようだった。お口をもぐもぐさせたまま行ってしまったのだが、彼が去っていった場所にトカゲのしっぽのようなものがぴちぴちとはねていたぎょえ~ド都心で猫の野性を見てしまった
そしてまた北詰橋門から出て自転車で帰ってきました。さすがに疲れたらしく帰ってすぐお昼寝してしまったらしい。今度は松の廊下とか二の丸三の丸のほうも行ってみたいなあ
こんな感じの気候がずっと続けばいいのに。
昨日はお休みだった、そして暑くもなく寒くもなく涼しい風が吹いている文句なしの日だったので「ゴーギャン展」を観に行くことにしました。竹橋にある東京国立近代美術館というところでやっている。住所でいうと北の丸公園というところ、気象庁とかのあるあたり。
なぜ3枚も
地下鉄で行くと乗り換えとかめんどくさいので腹をくくって自転車で行った。めったに行かない場所だが方角だけ決めて適当にこいで行ったら40分くらいで着いた。意外にも美術館にはちゃんと駐輪場があった
平日の正午ということですいてるだろーと思っていたのだが、私は日本の超高齢社会を甘くみていた。かなり混み合っていてその9割くらいが年寄りだった。
ゴーギャンは1848年のパリに生まれ、株式仲買人として成功をおさめるが、印象派の画家たちとの交友が深まる中で絵画への情熱が抑えがたくなり34歳にして芸術家として生きる決意をする。そして自らの野性に目覚めたゴーギャンは楽園を求めてブルターニュ、マルチニーク島、南仏アルル、二度のタヒチと、終わりのない旅を続けるのだ。
私ゴーギャンについてとくになんとも思ってなかったんですけど6年前にイトと旅行した際に行ったメトロポリタンミュージアムというところでなんだかすごく好きになったんですね、タヒチの絵が。そんでこのたびの展覧会は、タヒチにおいて遺言代わりに制作されたとも言われる大作
「我々はどこから来たのか 我々は何者か 我々はどこへ行くのか」
が日本初公開ということで、これを逃すまいと思ったのです。1.39m×3.74mの大きな絵で、なんつーか、それひとつだけで物語のようであり曼荼羅のようでありなんだか生まれて死ぬまでがつまっているような作品だった。
それ以外にもいろいろ素晴らしかったがやっぱり私は風景画よりも人物画、フランス時代よりもタヒチ時代が良いなー。色づかいも不思議で良い。
この展覧会は9月23日までやってるのだが企画展に入ると自動的に常設展も観られるのです、チケットもらった。ゴーギャン展をじっくり観すぎてかなり消耗してたのだが、でも当日限り有効なのでこの日のうちに観ねばと思い2階~4階の常設展もまじめに観てきた。
芸術というものはよくわからんなあ、ひと目見ただけでビビっておもらししちゃうくらいすげえのもあれば、ハテもしかしてこれならば私のほうが上手いのでは?というものも同じ舞台に立っている。そんなモヤモヤを抱えて観終わると、さらに別館の工芸館というところも観ていいということで行ってみる。別館というから敷地内にあるのかと思えば、工芸館は400m先
しかもゆるやかな上り坂
えっちらおっちら歩いて行くと
趣きのある建物が。
東京国立近代美術館工芸館の建物はもともと1910年に近衛師団司令部庁舎として建てられ、1972年に重要文化財に指定されたのち1977年に工芸館としてオープンしたんだってさ。レンガ造りでカッチョ良いんだけど前庭が狭くて引きの画が撮れなくてすいません。
主に陶磁器なんかが展示されていたが、花器とか茶器とかは絵以上にわからんね。ゴーギャンは1点につき何分もかけて観てたが、工芸館では5点を1秒くらいで雑に流し観てさっさと出てきた。正直もう疲れた
工芸館の目の前が乾門という、皇居の門になってるのでどうせだから入ってみようと思ったらここからは入れないとのことでお隣の北詰橋門というところへ回ってみた。
門のところに受付みたいのがあって入る時に札をもらう。出る時に返す(「お疲れ様でした」と言ってもらえるよ)。
なくしたらボッコボコにされるのだろうか・・・
ここは皇居東御苑というところで、初めて入ってみた。中高大と皇居の近くの学校に通っていながらもこちら側には来たことがなかったからね。
知らなかったのだが、こんなものがあった↓
天守閣跡天主台
もうすでにヘトヘトだったので登らなかったんだけど、登るべきだったよねこの裏側に「狐坂」というなんとも魅力的な名前の坂があるのだが、どうやら入れないみたいだった。
本丸と二の丸の間に・・・あら素敵。
汐見坂(石垣と濠の感じがもう!)
梅林坂(勾配きつめ)
梅林坂を抜けた草むらに猫がいたのでじろじろ見てると、急に何かに飛びかかって仕留めたようだった。お口をもぐもぐさせたまま行ってしまったのだが、彼が去っていった場所にトカゲのしっぽのようなものがぴちぴちとはねていたぎょえ~ド都心で猫の野性を見てしまった
そしてまた北詰橋門から出て自転車で帰ってきました。さすがに疲れたらしく帰ってすぐお昼寝してしまったらしい。今度は松の廊下とか二の丸三の丸のほうも行ってみたいなあ