散歩絵 : spazierbilder

記憶箱の中身

笑顔

2018-06-09 19:27:34 | 散歩絵

「もういい加減にやめて頂戴!そんな悪口や嫌なこと言わないで!」と私たちには見えない相手にB婦人は怒っていた。
彼女は軽度の認知症を患って居り、ほとんど視力が無いので思うように絵を描くことは出来ないのだが、絵の時間を楽しみにしているらしい。いつも無表情で無口なのだけれど、今回は少し違っていて、口調も表情も怒りの感情があふれていた。彼女の頭の中で何が起こっていたのかは見えなかったけれども、何か嫌な気持ちでいっぱいになっていることはあきらかだった。
散々苦情を訴えるので、ここには今楽しい絵を描きたい人ばかりが集まっていて、悪口を言う人はもう居ないのだから一緒に絵を描きましょうと言うと、一息おいて後、強張った表情が溶けていった。
どんなものが描きたいかと問うと「青空と川。川には魚が泳いでるのよ。今朝そんな景色が思い浮かんだのよ」という。彼女は手も不自由なので指で絵を描くのが気に入っている。
彼女の頭の中にある景色を聞き取りながら、画面をなぞって行くのを手伝う。魚は何色?何匹?空にはホイップクリームのように白いおいしそうな雲はどうでしょう?
素敵な景色が現れて来ましたね、と言うとぱあっと笑顔が咲いた。
この笑顔を見るのは私たちにとって贈り物だ。

実は私の頭の中にも五月の蠅のごとくわずらわしい思いがあった。その蠅を彼女の笑顔が追い払ってくれた事に感謝する。