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ダンサー、セルゲイ・ポルーニン 世界一優雅な野獣

2017年08月08日 | 映画

19歳で英国ロイヤルバレエ団のプリンシパルに就任するも、2年後に突然の退団。バレエ界きっての異端児とよばれたセルゲイ・ポルーニンの素顔に迫るドキュメンタリーです。

ダンサー、セルゲイ・ポルーニン 世界一優雅な野獣 (Dancer)

予告で見たパワフルなダンスにひと目で心奪われ、楽しみにしていた作品です。鍛え抜かれた美しい体、卓越したテクニックと表現力もさることながら、内面からほとばしる心の叫びが伝わってきて圧倒されました。気高い野生動物を思わせる姿に、マシュー・ボーンの白鳥の湖を思い出したりもしました。

本作は、才能に導かれるようにバレエ界を駆け上っていった青年が、自分の生き方を模索し苦悩する姿を、本人へのインタビューや、家族や恩師、友人たちの証言、映像記録などを通してていねいに追いかけています。神々しいまでの美しく力強いダンスに圧倒される一方で、天才ゆえの苦しみや孤独が伝わってきて胸がしめつけられました。

ポルーニンは、1989年ウクライナ南部の小さな町ヘルソンの生まれ。小さい時に体操をはじめますが、間もなくバレエに転向。息子の並外れた才能に気づいた母は、彼をキエフのバレエ学校に入れることを決意します。その後ポルーニンは、13歳でイギリスのロイヤルバレエ学校に留学します。

ポルーニンにバレエダンサーとして最高の教育を受けさせるために、父はスペイン、祖母はギリシャに出稼ぎに出て、家族ぐるみで彼を支えてきました。やがて、ポルーニンはロイヤルバレエ団に入団し、史上最年少の19歳でプリンシパルに就任します。それはまるで「リトルダンサー」のようなサクセスストーリー。

しかし間もなく、長い別居生活がたたり、両親は離婚してしまいます。いつか家族がひとつになることを夢見て、ダンサーとしての頂点を目指してきたポルーニンでしたが、自分のために家族がばらばらになってしまった... 行き場のない怒りは、彼の才能を伸ばそうと英才教育に力を入れてきた母への反発となって現れます。

ポルーニンは名声と引き換えに、ドラッグにおぼれ、自らの体を傷つけるかのように体中にタトゥーを彫るようになります。そしてわずか2年、スターダムの頂点にいながら、ロイヤルバレエ団を退団してしまいます。その後、新天地を求めてロシアのバレエ団に入り、再び脚光を浴びますが、それでも彼の心が満たされることはありませんでした。

ポルーニンに苦しみを与えたのはダンスですが、彼を苦しみの縁から救ったのもまたダンスでした。ポルーニンはHozierの”Take Me to Church”に出会い、友人の振付、著名な写真家David LaChapelleの撮影で、ハワイのマウイ島でミュージックビデオを制作。それはYou Tubeで2000万回以上再生され、反響をよびます。

Sergei Polunin, "Take Me to Church" by Hozier, Directed by David LaChapelle

ただただ打ちのめされる圧巻のダンス。緑の中の白い空間は、歌詞の教会を表しているように思えましたが、古くからの伝統やしきたりを表しているようにも思えました。この歌は、ロシアでのLGBTへの迫害を批判しているといわれていますが、ポルーニンのダンスは、もっと広い意味での自由への渇望を表現しているようにも感じました。

伝統的なバレエにしばられない、新たな表現方法を手にして、ポルーニンという鳥がどこに羽ばたいていくのか、これからの活躍が楽しみです。

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