みかづき
昭和から平成にいたる教育界の変遷を、学習塾を経営する家族の姿を通して描いた長編小説であり、親子4代にわたる家族の歴史を描いた大河小説。2017年本屋大賞第2位に選ばれました。
書評を読んで興味をもちました。森絵都さんの作品を読むのは初めてでしたが、おもしろかった! ちょうど私が育ってきた時代~子育ての時代と重なることもあって、自分の記憶をたどりつつぐいぐいと引き込まれました。近年の教育史としても読み応えがありましたが、家族ひとりひとりのキャラクターが魅力的で物語としても大いに楽しめました。
昭和36年、千葉県八千代台。小学校で用務員をしていた吾郎は、放課後に子どもたちの勉強を見てあげるうちに教え方が評判になり、やがて生徒の父兄でシングルマザーの千明に請われて、いっしょに学習塾を立ち上げます。2人は結婚し、子どもが生まれ、塾も順調に成長していきますが...。
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私たちの頃は、塾に通わず学校の勉強だけで大学まで行けるのんびりした時代だったように思います。当時は塾はまだ特殊な存在で、学校の先生が塾を目の敵にしていたことを、本作を読んで思い出しました。タイトルの「みかづき」は、学校が太陽とすると、塾は陰で支える月のような存在だ、という千明のことばから来ています。
しかし進学塾が台頭し、教育を取巻く状況は変わっていきます。補習塾としてはじまった吾郎たちの学習塾も、生き残りをかけて進学塾へと舵を切るべきだと考える千明と、創業時の理念を守って補習塾に徹するべきだと考える吾郎の意見が真っ向から対立。吾郎は塾を去り、家を出てしまいます。
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昔は必要悪とされていた塾も、この頃になると教育を担う両輪の片側として存在感を増していきます。受験競争の弊害が叫ばれゆとり教育が推進されると、学力低下が心配され、塾に通う子どもが増えるようになります。
公立では頼りないからと進学塾が焚きつけて、私立人気が高まったのもこの頃ではないでしょうか。学校が選べる家庭と選べない家庭。それは取りも直さず、家庭環境による学力格差を引き起こし、社会問題として今に引き継がれています。
物語の終盤では、千明の孫の一郎が、学校の授業についていけない、経済的理由で塾に通えない子どもたちのために、学習支援の活動に奮闘する姿が描かれ、また一方で、学校と塾が協力する試みも取り上げられています。
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教育というテーマは重いですが、本作が読みだすと止まらなくなるおもしろさがあるのは、物語の運びの巧みさもさることながら、文体の柔らかさ、登場人物に向ける作者の優しいまなざしによるところも大きいと思いました。後から、森絵都さんが児童文学出身と知り、深く納得したのでした。
大島家の人たちは、誰ひとり挫折を知らず、まっすぐな人生を歩んできたわけではありません。悩み、考え、立ち止まり、振り返りながらもそれぞれが自分にふさわしい生き方を見つけています。そんなところにも共感でき、大いに励まされました。
最後に恒例の脳内キャスティングでは、吾郎→長谷川博己さん、千明→吉田羊さん、頼子→松坂慶子さん、一枝→壇蜜さん を思い浮かべながら読みました。扱いの難しいテーマですが、ドラマ化されるかもしれませんね。