PRINCOの今日のパチパチ
Sidosso Princoちゃんの思わず拍手パチパチ記録
 



洗濯リングって知らなかったなあ。パチパチ!
今日、洗濯機をまわそうと思ったら、中にドーナツのようなものが入っているので
「なんじゃこりゃ!またうちの豚児がいたずらをしたなっ!」と取り出して、スイッチを入れてしまい、奥ちゃまに叱られました。
なんか少し前に洗剤の要らない洗濯機っていうのが話題になったけど同じ原理なのかな?

円東寺広場(僕りんが勝手に命名)に山椒の幼木があることを発見。まだ15センチくらいの大きさだけど、若芽を嗅いだらいい匂いでした。
師僧のお寺でクワとスキとジョウレンを借りたので広場を耕しにいったのですが、雑草と野鳥の観察をしたり垂乳根のイチョウの木とお話していたら夕方になってしまいました。

今、お寺にあるイチョウの木を切るか切らないかで迷っているのです。切らないと建物が建てられない、だけど一度切ったら、それだけ緑が減ってしまう、、、。
なんとか切らずに済む方法を考えているのですが、役所の人は空いてる土地には建てさせてくれず、「木を切れば全く問題ないではないですか」という。道路が通る予定があるのでいろいろややこしいんです。
檀家さんも
「住職さんよー。切ったらまた植えればいいだねー。」
と言うのですが、、、。木って大きくなればなるほど、個人の物ではないよねー。
菅原道真を慕って飛んだ梅の木のように、あのイチョウもぴゅーっと飛んでくれないかなあ。
移植っていくらくらいかかるんだろうか。そもそも切るのにだってお金はかかるし。
ま、当分の間、悩むとします。

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今日は流山ジャグリングクラブの練習日でした。
女性陣が「あ~っ母の日だ母の日だー」とうるさいので
「あれっ、今日って9月15日でしたっけ?」とすかさず突っ込む。だって、あの方たちったらホントに孫がいるんですよ、、、

母の日ってもともとアメリカ人の何とかいう女性が亡き母の供養にカーネーションを手向けたことに始まる訳でしょ?だから、ぴんぴんしているお母さんにカーネーションを贈るって事は、病人へのお見舞いに椿を贈るとか結婚式に菊の花を贈るとかに近いんでないのかなあ?
実際には赤、白で分けていたそうだけど、「白の人が淋しい思いをしないように」とかいって今は区別しないらしい。結局、お母さんの為じゃなくて自分の為になっちゃってるじゃんね。

という訳で僕りんは奥ちゃまにバルーンの花束を。パチパチ!
世を忍ぶ仮の母には電話一本。
「出世払いにして!」
「誰が出世すんの?」

日本では母の日ってどういう経緯で広まったんだろう、と思って調べたら、、、がびーん!
森永製菓が広めたんだって?バレンタインデーといい、クリスマスといい、ハロウィンといい、お菓子業界恐るべし~。

だから、はなまつり(お釈迦様の誕生日)には甘露飴を配るべきだと、、、。

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いえ、ですからね。ナラ○ハまつりで僕りんは「ピエロの鼻」を買った訳です。パチパチ!ホントはまん丸の赤鼻が欲しかったんだけど、天狗みたいな鼻しかなかったので(安かったし)まあ、いいかなと。(5日の日記に写真有り)

「あのー、これはどうやって鼻にくっつけるんですか?」
「体に害のない接着剤でつけて下さい」
「、、、、。」

そんなんあるの?思いつくのはご飯粒とかチューインガムくらい。知っている人がいたらマジで教えて欲しいです。

今宵は大学時代の極悪友達と赤羽(戦後の闇市がそのまま飲屋街に変わった場所があるトコ)にてくだを巻く。忙中閑アリ。あいつらといるとホント自分がプチシュークリームのようにかわいく思えます。ヤツらときたら、うるさい、品がない、態度がでかい。まったく、、、ねえ?

まずは丸健水産にて立ち飲み。“酔っぱらいお断り”の札に少々びびる。
続いて
ホルモン焼御殿にいそいそと移動。

ちなみに僕りんは聖職者なのでお酒は飲まないしお肉も食べません。

どう考えても公共の道路上での営業。どう考えてもウォータービジネスのお姐さんたちがくわえ煙草で店を占拠。どう考えても人生の落伍者のむさい我々。

店内には怪しげなメニューがずらり。食べるとそこそこおしいいので余計に気になる。

「これって何の肉だろね?」
連れに話しかけると、そいつは無言で壁を指さしました。そこには、

“当店ではお客さまにおいしく召し上がって頂く為に、肉の説明は一切致しません”

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JR福知山線の事件は、その後の調べで次々に事故の原因となったであろう事実が発表されています。回送電車でもオーバーランしていたとか、伊丹駅に着いた時点で既に30秒遅れており、40メートルのオーバーランでその遅れが1分30秒にまで広がったことなど、、、。

20年前の昭和60年の8月12日に日航ジャンボが墜落したとき、亡くなった旅客一人一人が「どういう理由で」その羽田発大阪行き123便に乗っていたかが公表されました。今回の脱線事故の犠牲者もさまざまな偶然が重なってあの電車に乗り込んだ訳です。飛行機の場合みな予約して乗るし、20年前は飛行機に乗ることは(今でも)かなりの非日常だったことでしょう。途中で乗ることも下車も出来ないわけだから電車とは少々条件が異なりますし。でもやっぱり「たまたまあの飛行機に、たまたまあの電車に、たまたまあの車両に、、、」と思わずにはいられません。

たまたま新聞に、お腹の調子が悪くて前駅の伊丹駅で急遽降りた人の話が載っていて「運命」みたいな物をぼんやりと考えました。

全て物事は縁によって起こる。これを縁起といいます。いい縁もあればもちろん悪い縁もある訳です。もちろんいい悪いはその人の受け止め方ですけど。

中学生の時、国語の教科書に「蠅」という短編が載っていました。
たまたま馬車に乗り合わせた客のそれぞれの人生を蠅がじっと見つめています。息子が危篤で町へ急ぐ母。これから駆け落ちをする恋人、、、それぞれの思いをのせた馬車が崖から転落し、一匹の蠅のみが悠々と空へ飛んでいく、、、。

いつ何が起こるのか分からないのは実は誰だって同じで、今日だって明日だって実は命がけの、塀の上をフラフラと歩く人生な訳です。その人生を他人や成り行き任せにしてはおれません。自分でつかみ取るんじゃ~。カミに見放されたら天を見上げてウンをつかむんじゃ~

♪止まったら~死ぬんじゃ~ by間寛平

という訳で、きょろきょろしてたらこんなキオスク見つけました。パチパチ!やっぱりいつだって街は刺激に溢れてるね!

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昨晩はイッセー尾形の一人芝居を観に行きました。パチパチ!
まずは奥ちゃまと共に板橋のナランハへナランハまつりを冷やかしに行く。ナランハからのメルマガには“1人でも友達でも恋人でも夫婦でも、、”と書いてありましたが実際に配偶者同伴で行く酔狂な夫婦はおらず、うちの奥ちゃまはものの10分で「飽きた」と一言。「ふー、おみゃーのようなお子ちゃまにはまだ早かったようだな」と言い渡し、今度は新宿の高島屋へGWマジックショーを観に引き回す。
 
 つい先月までいた中たつや氏は高島屋での実演販売員は辞めて、本格的なプロの道を歩み始めたらしい。この拙ブログにも何度か登場している関西弁おもしろキャラです。きっと人気が出るでしょう。がんがれ!
 
 それに比較して昨日の販売員は、、、マジでつまらなかった。衣装はよれよれ、トークは外しまくり。魚の死んだような目で正直辛かった。うちの奥ちゃまは今度はものの1分で「飽きた」と一言。

さて本命のイッセー尾形は、、、
ピザ屋の店員があそこまでおもしろくいじれるのかと思いました!「たかがピザっすよ?」いや、笑いました。

今回イッセー尾形が扮したのは8人。
労働組合の元・委員長(?)、老家政婦、民宿のおやじ、ツアーのガイド、出張先のバーでのサラリーマン、ピザ屋の配達員、試験かなんかの説明担当官、小学校へやってきたチェロ奏者。これまでに350種類の人間を演じているというのだから、坊さんも絶対にやっているんだろうなあ、、、。

とにかくあくまでも演劇、一人芝居なので、お笑いではないのです。みんながゲラゲラ笑っているところでも僕りんは笑えないところが沢山ありました。もちろんその逆もあったはずです。それぞれがそれぞれの場所で考え込むのです。むーん。
イッセー尾形はそこらへんにいる普通の人間を誇張して演じているに過ぎないのです。それがなぜか笑えてしまう。つまり人間とは斯くも滑稽な道化師なのです。

一番辛かったのは試験説明担当者でした。まるで自分の心の中を見せられたようでした。我々僧侶は自分は全然偉くもないくせに周りが持ち上げてくれるので勘違いしがちです。目の前に大勢いる人がこちらを見ていると注目されていると勘違いし、自分がこの場を仕切っているように錯覚を起こす。手を合わせてもらうと自分が偉くなったような気がする、、、。

村上正行さんが
「披露宴で挨拶が終わると、みんな拍手をするでしょ。あれは話が良かったから拍手をしているんではなくて“ああ、終わったな”という拍手なんですよ。」とおしゃってました。

いろいろと考えさせられたお芝居でした。

“天狗になるなよ”
僕りんが宗派の布教研究所に入所した頃さんざんアドバイスいただいたセリフです。うちへ帰る電車の中で車窓を眺めつつ、しばしそのセリフが脳裏をリフレインするのでした。

天狗じゃなくてピエロになるんだ、、、。

っていうか別に普通の坊さんになればいいだけなんだけど(^^;)

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お店の外はこんな感じ。中は、、、そりゃあもう大騒ぎさ~。

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「パンダはワシントン条約で保護対象の動物であるから受けとらない」

さすがだじぇ陳水扁!パチパチ!
パンダもいい迷惑だよね。そもそもパンダを贈って友好ムードを作るって考え自体が時代錯誤だよねー。あれだけ「必要なのはお金や物じゃない。心からの謝罪だ」と言っている国が、、、、ねえ?

ちなみに僕りんパンダ大好きです。小さい頃から上野動物園はよく世を忍ぶ仮の母に連れて行ってもらってたし、大学時代も年に1度は必ず観にいってました。この間も行ったばかりだし。

だけど、だけど、、、ね。
(あの子達ったらガラスケースの中で、しかも人工授精。心の片隅で『ぼろぼろの駝鳥』の詩がリフレインします)

“タダより高い物はない”

なんか故事成語であったと思うんだけど、、、昔中国で皇帝が、勢力がつきすぎた家臣にわざと珍獣を贈るってヤツ。うーん、思い出せない~。
とにかく、贈られた家臣は皇帝から下賜の珍獣だから死なせてはいけないと一生懸命世話をせねばならず、お金も時間も無くなり没落するってわけ。

今、上野動物園はそれを実感してるでしょう。
台湾の人たちったら骨があってかしこいわん!


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総本山・長谷寺から帰ってきました~。パチパチ!
それなりにちかれまちた。
今年から指導的な役割を受け持ち、僭越ながら僕りんよりさらに若かったり経験が浅い僧侶に暖かい慈悲の突っ込みを入れる担当者になりました。そんな訳で今回は法話は一日一回しかしないで(ホントは指導者は一回も話しちゃいけないんだろうけど、長谷寺に行って法話をしないと禁断症状がでてしまうのです^^;)ひたすら指導に徹しましたが、前任者があまりにも偉大であった為何だかいろいろ悩み考え込んでしょぼくれてました。自分の僧侶としての日々の生活、態度、行動、指導者としての資質、、、。

結局考えても考えても堂々巡りで表面上は何も変わりません。

交流電流は一秒間に50回とか60回プラスマイナスに変化してます。もしそこに電流計を繋いだらどうなるか。プラスとマイナスに凄い早さで針が振れるのか?

実際には0の処でピタッと針は止まります。

考えて考えて、動いて動きまくると、結果としてぴたっと止まるのです。表面上は何も変わっていなくても、さぼっているのではないのです(たぶん)

夕方になりみんなで法話会場を片づけ、さあ宿泊している建物に戻ろう、とすると
「すみませーん。もう終わっちゃいましたか?」
と(元)お嬢さん3人組。
「あー、もうマイクとかは片づけちゃったんです。マジックかジャグリングでいいですか(←おいっ!)」
「いや、ご法話が聞きたいんです。」
「そうですかっ!じゃあお話にしましょうっ!」
「あのー。去年のお坊さんですよね?」
「?、、、、ああ、総入れ歯、じゃなくて、そういえばっ!」

去年も片づけ終わって、さあ帰ろうとすると、その3人組がみえてお話をさせていただき
バルーンをお土産に差し上げたのでした。聞けば、去年のその出来事が忘れられずまたお参り頂いたとのこと。
「2年続けて聞けるなんて最高です。来年も絶対に来ますから、またお話してくださいね!」

うーん、なんだかんだ悩んでも、これがあるから止められまへんなあ~。

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