読書日和

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「春の庭」柴崎友香

2014-09-21 22:39:50 | 小説
今回ご紹介するのは「春の庭」(著:柴崎友香)です。

-----内容-----
行定勲監督によって映画化された『きょうのできごと』をはじめ、なにげない日常生活の中に、同時代の気分をあざやかに切り取ってきた、実力派・柴崎友香がさらにその手法を深化させた最新作。
離婚したばかりの元美容師・太郎は、世田谷にある取り壊し寸前の古いアパートに引っ越してきた。
あるとき、同じアパートに住む女が、塀を乗り越え、隣の家の敷地に侵入しようとしているのを目撃する。
注意しようと呼び止めたところ、太郎は女から意外な動機を聞かされる……
第151回芥川賞受賞作。

-----感想-----
この作品は今年の7月に第151回芥川賞を受賞しました。
私はその7月から柴崎友香さんの作品を読み始めていて、今回ついに「春の庭」を読んでみることにしました。

主人公は「太郎」という30数歳の男。
東京都の世田谷区にある「ビューパレス サエキⅢ」という、築31年のアパートの一階に三年前から住んでいます。

冒頭、同じアパートの二階に住む女がベランダから身を乗り出し、アパートのすぐ近くにある水色の家を見ているのが太郎の目に入ってきました。
それから何日か経ったある日、今度は女がコンクリートブロックを積み上げて足場にし、水色の家のブロック塀に手をかけてよじ登ろうとしているのが目に入ってきました。
女が水色の家に不法侵入しようとしていると思い、声をかける太郎。
しかし女は泥棒しようとしていたわけではなく、その水色の家が好きで、仕事で絵を描いているのでその参考に確かめたいことがあるとのことでした。
半信半疑ながらも太郎は、「太郎の部屋のベランダの柵に上らせてもらって、水色の家の様子を確かめさせてほしい」という頼みを聞いてあげることにします。

「ビューパレス サエキⅢ」は面白いアパートで、部屋に101号室、102号室…のような番号はありません。
変わりに十二支の干支が割り当てられています。
一階と二階に四部屋ずつあり、一階は亥(い)、戌(いぬ)、酉(とり)、申(さる)、二階は未(ひつじ)、午(うま)、巳(み)、辰(たつ)。
太郎が住んでいるのは亥の部屋で、女が住んでいるのは辰の部屋です。
もう一人、作中によく出てくる人物に巳の部屋に住んでいる太郎の父親と同年代の女の人がいます。

太郎が会社の同僚の沼津という男から貰ったお土産に、「ままかりの味醂干し」と「鮭とば」がありました。
両方知らないので調べてみました。
ままかりは、サッパというニシン科の魚で、ママカリ(飯借り)という別名を持っています。
ママカリという名は、「飯が進み、家で炊いた分を食べ切ってしまってもまだ足らず隣の家から飯を借りてこなければならないほど旨い」に由来しています
そんなに美味しいのかと興味を持ちました
また、ママカリ料理は岡山県の郷土料理として有名とのことです。
鮭とばは、秋鮭を半身におろして皮付きのまま縦に細く切り、海水で洗って潮風に当てて干したものです。
「とば」は漢字で冬葉と書き、冬の北海道・東北地方・新潟県(村上市)の風物詩になっているとのことです。
ままかりの味醂干しは岡山に出張した時の土産で、鮭とばは北海道の釧路に行った時の土産だったので納得しました。

女の苗字は西と言います。
最初、太郎の女の呼び方は部屋の干支から「辰さん」となっていましたが、女が名乗ってからは西さんになりました。
ちなみに巳の部屋に住んでいる女の人はずっと「巳」さんになっていました。
巳さんはこのアパートに住んで17年になります。

西は頼みを聞いてもらったお礼に、太郎に居酒屋で晩御飯をご馳走してくれます。
そこで西から、「春の庭」という写真集が紹介されます。
その写真集に載っている家が、西が熱心に見ている水色の家でした。
「春の庭」はCMディレクターの牛島タローと、小劇団の女優で牛島の妻である馬村かいこの共著で、西が「春の庭」に出会ったのは高校三年生の教室ででした。
友達が持ってきていました。
西は東京で暮らして20年になり、大学進学を機に上京したとあったので、現在は38歳かなと思います。
漫画やイラストを描くことを仕事にしています。
西は今のアパートに引っ越してきてから、高校時代からの思い出深い水色の家を毎日家の前を通ったりベランダから眺めたりしていました。

太郎はよく人から貰ったものをそのまま西や巳さんや会社の同僚にくれているのですが、同僚が引っ越すことになった際の餞別の品まで貰いものをあげていたのはいかがなものかと思いました。
そういうのは自分で選んで買った品をプレゼントすべきではないかと思いました。
なかなか適当な性格をしているのかも知れません。

読んでいるうちに、季節が春から夏になり、秋、冬となっていくのが分かります。
その間に西は水色の家に現在住んでいる森尾さんの奥さんと友達になり、家に入れるようになっていました。
かつて牛島タローと馬村かいこが住んでいた、西にとってずっと気になっていた家の中についに入ることができました。
そしてずっと静かな雰囲気のこの作品では珍しくちょっとした事故が起きたりもします。

「ビューパレス サエキⅢ」は大家さんの都合で取り壊しが決まっています。
なので物語が進むにつれて、引っ越していく住人もいました。
アパートのすぐ近くにある水色の家を中心にした物語で、そこから人と人とのちょっとしたつながりが紡ぎ出されていました。
静かで淡々とした雰囲気の中で時折家に不法侵入しようとしたり事故が起きたりといったことがあるのが特徴でした。
アクセントのつけ方が柴崎友香さんらしくもあり、特に事故のところはまさかそういう展開になるとは思わなかったので驚かされました。
芥川賞に相応しい作品であったと思います。


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