読書日和

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「桜風堂ものがたり」村山早紀

2018-03-09 19:20:51 | 小説


今回ご紹介するのは「桜風堂ものがたり」(著:村山早紀)です。

-----内容-----
涙は流れるかもしれない。
けれど悲しい涙ではありません。
万引き事件がきっかけで、長年勤めた書店を辞めることになった青年。
しかしある町で訪れた書店で、彼に思いがけない出会いが……。
田舎町の書店の心温まる奇跡。

-----感想-----
月原一整(いつせい)は風早(かざはや)駅前の星野百貨店の6階にある銀河堂書店に勤めています。
物語の始まりは3月の春休み頃で書店も子供達の姿が多く見られるようになります。
冒頭で一整が「親によっては児童書売り場を託児所扱いして、子供を置いてどこかに行ってしまう」と語っていて、とんでもない非常識さだと思いました。

一整の住むアパートの隣の部屋には元船乗りの老人が住んでいて、二人は比較的仲が良いです。
ある日老人が一整の部屋を訪ね、遠くの海に行く航海に呼ばれたからと言って飼っていたオウムを一整に預けます。
老人の残したオウムは齢数十年は過ぎていて、「アリガトウヨ。ワカイノ。オンニキルゼ」と人間みたいに話すのが印象的で面白いです。
またオウムは90年も生きるとあり、そんなに長生きとは知らなかったので驚きました。

春休みの学校が休みの時期は万引きが増えるとのことです。
この春も本が棚からごっそり万引きされる事件がたまに起きていて一整達は憤っています。

この作品は読点(、)の打ち方に特徴があり、一つの文章を意図して細かく区切ってゆっくり語るような打ち方をしています。
例として児童書担当の卯佐美苑絵(そのえ)が万引き犯と思われる気になる中学生を見かけた時の描写は次のようになっています。
緊張した様子で、足早に店内を歩く様子と、妙に大きなスポーツバッグを持っている様子が気になって、苑絵は児童書の棚の方から、少年の様子を目で追った。

これは私的には点の数が多すぎて不自然に見えました。
一つの描写を細切れにしているため不自然さを感じるのだと思います。
例えば「緊張した様子で、足早に店内を歩く様子」は本来は一つの描写なので無理に点を打って細切れにする必要はないです。
私は細切れにしない次の文章の方が違和感なく読めます。
緊張した様子で足早に店内を歩く様子と、妙に大きなスポーツバッグを持っている様子が気になって、苑絵は児童書の棚の方から少年の様子を目で追った。
また作家によっては三並夏さんの「平成マシンガンズ」のように読点を全く打たない凄い勢いの文章もあり、村山早紀さんはその対極だと思いました。

一整は6月に福和出版社から刊行予定の、団重彦の「四月の魚」という文庫書き下ろし小説が売れる予感がしています。
団重彦は20~30年前に数々のヒット作を生み出した有名なテレビドラマの脚本家で、大病を患い現在は一線を退いています。
小説家としては無名ですが一整の勘は売れると確信していて、銀河堂書店に営業に来ていた福和出版社の大野悟は一整が無名の作家の小説を売り出そうとしていることに驚きとありがたさを感じていました。
店長の柳田六朗太(やなぎたろくろうた)は一整が無名の作品の中から思わぬ宝物を探し当ててヒットさせる才能を持っていることから「宝探しの月原」と呼んでいます。

一整は7歳まで団地で暮らしていましたがそこから高校を卒業するまでは静かな豪邸で暮らしました。
その豪邸は学者の家で図書室もあり、一整は図書室の本を読んで過ごしました。
早くに母が亡くなりその後父や姉とも永遠に別れたとあり、何があったのか気になりました。

書店に置いてある本はある一定の時期までは取次に返品することができますが、サイン本は返品ができないのは知りませんでした。
売れても売れなくても店の買い取りになるためサイン本を置くのは冒険でもあり、著者を応援したい気持ちと自分の店で売り切るという意思表示でもあるとのことです。

蓬野(よもぎの)純也という若手の人気作家の名前が出てきます。
風早の街の出身で、育ちが良く柔和で人好きのする性格で、都内の大学でフランス文学の講師を務めテレビや雑誌にもよく登場する美男子です。
ただ一整は蓬野純也に苦手意識があるようです。
顔が似ているためよく「蓬野純也に似ていませんか?」と言われるのですが、社交的で会話が面白い蓬野純也に対して一整は人付き合いを避けているため、当初そこに引け目を感じているのかなと思いました。
物語が進むと蓬野純也の意外な正体が明らかになります。

一整は万引きをしようとしている少年に気づきます。
その少年は苑絵が万引き犯ではと警戒したものの隙を突かれて万引きされた時の中学生でした。
またしても万引きをし、一整は万引きの瞬間を目撃します。
一整と同じく万引きの瞬間を見ていた苑絵が声をかけると中学生は逃走します。
一整が追いかけますが中学生は百貨店の外にまで逃走し、車道に飛び出して車にはねられてしまいます。
入院になりますが幸い致命傷は負いませんでした。

また少年はクラスのいじめっ子達に脅され、言われるままに万引きを繰り返していたことが明らかになります。
するとインターネットでもテレビでも銀河堂書店がバッシングされます。

「万引きは悪いことだったかも知れない。でも、中学生を、車道に飛び出したくなるほどに追いかけなくても良かったんじゃないか」
「その本屋も、たかだか本と中学生の命と、いったいどっちが大切だと思っているんだ」

これは明らかにおかしな話で、まずこの中学生は窃盗という犯罪を犯し、しかも犯行がばれたら大人しく捕まることもせずに逃走を図りました。
この時点では中学生がいじめっ子達に脅されていたことを一整が知るはずもなく、逃走する犯人を追い掛けるのは正当性があります。
そして中学生は逃走中に車にはねられて入院になりました。
これのどこに書店員を責める要素があるのかと思います。

また中学生はクラスのいじめっ子達に脅されていたのだから悪くないという主張に対しては、犯罪を強要していたいじめっ子達に逮捕できる年齢なら逮捕状を出し、無理なら補導という話になります。
この場合も「逃走する中学生を追い掛けるほうが悪い」という主張は明らかにおかしいです。
私は意味不明な主張で書店員責めをする人にはこれらを徹底的に言うべきだと思います。
そしてこの逃走する犯人を追い掛けた書店員と書店の方が非難されるという話は、川崎で実際に起きた同じような事件をモデルにしているのではと思いました。

中学生を追い掛けたことで自身とお店が全国からバッシングされ、一整は精神的に弱っていきます。
罵倒の電話が次々とかかってきて、投函した人の名前のない葉書に「人殺し」とだけ書かれたものが送り付けられたりもしました。
銀河堂書店と一整を罵倒する電話は星野百貨店の方にまで及びます。

桜の花が満開になった頃、一整は学生アルバイト時代から10年勤めた銀河堂書店を辞めます。
大学の学生課の廊下でアルバイト募集を見たとあるので一整は29歳になる歳かなと思います。
銀河堂書店にも星野百貨店にもこれ以上負担をかけたくないと思った一整は、自身が辞めることで元通りの静かな日々が訪れてくれればと思い自らお店を去りました。

銀河堂書店を辞めた一整は桜野町(さくらのまち)の桜風堂書店に行って店主に会ってみようと考えます。
一整は「胡蝶亭」という書評ブログを書いていて、仲の良いブログ主達の中で一番長く、また頻繁に交流していたのが「桜風堂ブログ」を書いている桜風堂書店の店主です。
桜野町は山間にある小さな町とありました。

苑絵と文芸担当の三神渚砂は小学校四年生からの幼馴染で、二人とも2年前の春に銀河堂書店に採用されたとあるので25歳になる歳かなと思います。
苑絵はゲラの「四月の魚」を読み終わってから本の帯やポスターに使えればと思い家で絵を描いています。

苑絵にとって一整は「王子様」で、一整のことが好きです。
かつて痴漢被害から助けてもらったことがあり、さらに一整は苑絵が小さい頃に読んでいた絵本の氷の国の王子様にそっくりとのことです。
苑絵は最初に中学生の怪しい雰囲気に気づきながら隙を突かれて取り逃がしてしまっていたため、自身のせいで一整が辞めてしまったと思っています。

苑絵の母の茉莉也(まりや)は10代の頃はアイドル歌手として活動していた人で、同期のアイドル歌手で現在は有名女優の柏葉鳴海とは今も仲が良いです。
柏葉鳴海は団重彦が脚本を書き大ヒットしたホームドラマでテレビドラマデビューをしていて、団重彦と縁があります。
さらに読書好きとしても知られ新聞の書評委員にも加わっているような発信力のある女優です。
苑絵は柏葉鳴海に頼んで「四月の魚」を読んでもらい、銀河堂書店でPOP(ポップ)に使えるような言葉を貰えないかと考えます。
私は一整が辞めてからは銀河堂書店の話はなくなり桜風堂書店の話になるのかと思いましたが、続いているのが意外でした。

渚砂は自身と同世代の若い男性の書店員という架空の人物で「星のカケス」というSNSのアカウントを作り活動しています。
星のカケスは胡蝶亭と仲が良く、お互いに相手の本名は知らずに長く交流してきました。
好きな本の傾向が全く同じで性格も相性が良く、渚砂は次第に胡蝶亭が好きになり、現実世界で会って恋人になりたいと思うようになります。
しかし万引き事件で一整が憔悴し胡蝶亭の活動がしばらく止まったのをきっかけに、渚砂は胡蝶亭の正体が一整なのを知り愕然とします。
一整は苑絵の好きな人でもあり、渚砂にとって苑絵は世界の誰よりも守りたい大切な親友です。
わたしは、誰かの大切なものを奪うことはしない
心の中でこのように語り、一整への恋を諦め身を引く決断をした渚砂は格好良かったです。

一整が山道を歩きながら桜風堂書店を目指している時、あまりに田舎過ぎる土地を目の当たりにし、よくそんな人の少ない場所で営業を続けてこられたなと思いながら胸中で次のように語っていました。
書店を経営するには、本を買い、読み続けるだけの知的レベルを持つひとびとの数がその店の近くに、ある程度の数、必要だ。
「知的レベル」とあり、本が売れないのを周辺に住む人のせいにするこの考えはいかがなものかと思いました。
ただ実際に書店を経営する人はお店を閉店にしたくはないので、できるだけ有利な場所に出店するために近くに住む人達の傾向をよく見ているとは思います。

なおも歩き続ける一整が子供時代のことを回想し、7歳の時に父と姉が車の事故で亡くなったことが分かりました。
一整のスマートフォンに桜風堂の店主から町営さざんか病院に入院しているとメールが来て、桜野町に着いてから病院に行き店主に会います。
店主がお茶を出してくれようとした時に国産の葉の紅茶が登場しました。
最近ブログ友達の記事でも見たことがありどんな味なのか興味深いです。

店主は手術をしないといけないのですが長年の無理が祟り体の状態が悪すぎて今は手術に耐えられる状態ではないため、耐えられる体調になるまで養生するように院長から言われています。
桜風堂は既に二週間休業していて、店主は一整に桜風堂を預かってくれないかと言います。
桜風堂は桜野町の最後の本屋で、近所の町や村からも本屋は全て消えてしまっています。

その頃、星のカケス(渚砂)からメールが来ます。
一整は万引き事件でお店を辞めた時、自身が銀河堂書店の文庫担当だと明かしていたので、渚は星のカケスが銀河堂書店に行ってみたことにして、一整が売ろうとしていた本のために店長が一世一代のPOPを作っていることを教えてくれます。
さらに副店長の塚本保(たもつ)も、自身も執筆をしている雑誌の新刊紹介で「四月の魚」を紹介してくれようとします。

一整は店主と会った後桜風堂に行って小学生の孫の透に会います。
透にお店のことを聞くと、桜風堂書店は一整が思っていたよりも町の人に必要とされていることが分かります。
そして一整は休業状態になっている桜風堂を立て直す決意をし、お店を再開させます。
5月になると、体調が持ち直した店主の手術が無事に終わり近く退院できるようになります。

一整が桜風堂がどんな書店かを悟った時の言葉は印象的でした。
桜風堂は自らお客様を、町を育てる書店だった。
都会から遠い、この地に文化を育て、よりよい生活や幸せな暮らしを故郷のひとびとにもたらそうと、そういう願いを持って存在し続けてきた書店なのだった。

これは一整が桜野町の田舎過ぎる雰囲気を見て「知的レベル~」と語っていたことへの答えだと思います。
都会の書店が地域に住む人達の特徴を見てお店を出すのに対し、田舎にある桜風堂は自ら地域の人達が読書好きになるように努めてきたということだと思います。
一整もそのやり方を受け継ぎ、さらなる経営安定を求めてカフェスペースを作ることを考えます。
素材を桜野町から調達することで地元を応援できるとあり、良い考えだと思いました。
桜風堂の経営の考え方ともピタリと合い、より地域に愛される書店になると思います。

桜風堂に福和出版の大野が来て完成したばかりの「四月の魚」の見本を届けてくれ、苑絵がオリジナルの帯とポスターを作ってくれたことを教えてくれます。
また星野百貨店が銀河堂書店を応援するために、一番目立つ一階の駅前ショーウインドウで1ヶ月間「四月の魚」の宣伝をしてくれることになります。
万引き事件で一整が星野百貨店にまで及んだクレームを配慮して自ら辞めたことを知り胸を打たれ、せめて一整が売ろうとしていた本を全館挙げて応援しようと決意していました。

渚砂はカリスマ書店員としても知られ、地元のFM局FM風早で「三日月の本棚」という番組に出演しています。
その番組でも「四月の魚」の特集をすることになります。
どんどん応援が広がり、物凄い勢いになっているのを感じました
そして6月になり「四月の魚」の発売日を迎えます。


「桜風堂ものがたり」の帯には「涙は流れるかもしれない。けれど悲しい涙ではありません」という言葉があり、最初はこの作品への言葉だと思いましたが、物語の中に登場する言葉でもありました。
私は「桜風堂ものがたり」という題名から桜風堂での日々を中心にした物語だと思いましたが読んでいくと「四月の魚」という本を巡る物語な気がします。
そして一整の失意からの立ち直りと、一整が売りたかった本を全力で売ろうとする銀河堂書店の人達の物語だと思います。
それぞれの人物の情景がとても丁寧に描かれていて「四月の魚」に懸ける思いがよく分かり、無名だった本がやがて大ヒット作へと駆け上がっていく静かで綺麗な勢いが面白かったです


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