こんなこと考えました

ニュース・映画・本・電車の中の風景などなどで、感じたり思いついた事を不定期に書き込んでいきます。

見方は個人の状況によって変わる

2011-01-28 19:12:14 | Weblog
人体の不思議展、標本は「死体」 府警の照会に厚労省回答(共同通信) - goo ニュース
この企画に4年ほど前に行った事がある。その時は、家族・親戚、友人は健康でいたので、「人の体の構造はすごいな」程度しか思わなかった。
先日、叔父の告別式を終えてからこの記事を読むのでは、ずいぶんと考え方に違いが出てきた。
産經新聞の捏造は別として、外国で「遺体を返せ!」と訴えが出ていたのを思いだすと、その心境は理解出来る。
例え、本人の契約と言えども、親族としては埋葬(宗教で変わるだろうが)するのが当たり前だと思う。
日本で行うのだったら、入場のときに、お辞儀をするのを強制しても不自然ではないと思うんだけどね。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

心神喪失の幅ってどれくらいだろうか?

2011-01-28 18:55:35 | Weblog
薬物により心神喪失喪失状態の犯行だから罪にはならない(罰を軽くすべき)。という意見があるのだが、薬物やアルコール以外でも、社会常識を考えられなくなる事については誰も話題にしないのは何故なんだろう。
その原因は、「怒りに我を忘れる」ってやつ。
子供や家族・恋人が目の前で、不慮の事故や事件に巻き込まれた時に、加害者に対しての憤りの為に、傷害や殺人にまで及んだ時は、心神喪失を訴える事が出来るんだろうか?
殺されそうになった時に反撃する事は、正当防衛で積み荷は問われないが、身近な人が殺されてしまった後では、犯行として罪に問われるって言うのは釈然としない。

薬物やアルコールに夜犯罪や事故は、事前に事故のコントロールが聞かなくなる事を知っていた筈だから、寄り重たい刑罰にするのが以後の犯罪や箱を抑制するのに効果があると思う。
小説などのフィクションなら、その場にいた遺族の加害者への行動は罪に問わない。そんな社会の話を作るだろう。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

本気で野菜工場を建設を進めてもいいんじゃない

2011-01-28 08:53:17 | Weblog
新燃岳、爆発的噴火…噴煙3000メートル(読売新聞) - goo ニュース
火山の噴火や洪水で農作物が駄目になる事が報道されている。
だったら、屋根のついた施設でしかも高層(一階の高さを3m以下で5階程度)建築にすれば、いいんじゃないかと思う。
高層にするメリットは、誰もが思いつく異常環境からの保護と、害虫がいないので農薬を使わない事。収穫のペースが早くなる。
水は、上から下に流れる循環式にすれば、それほど多くの水を必要としない。
ワンフロアに4-5段の棚で制作出来れば、通路などを引いて面積当たり土の畑の3倍から4倍xフロア数になる。
休耕地での実験から始めれば、実績次第で日本中に広まるんじゃないだろう。
そして、余った物を輸出にまわせるようになる。
海水淡水化技術と併用すれば、海岸線の砂漠の国でも水耕栽培が出来るようになる。
砂漠に苗木の工場を造る。から緑化計画を進めるってのもいいんじゃない。

火山の灰を使って保水ブロックって作れないのかな?
乾燥している時は軽いが、水をブロックと同じ体積だけ貯蔵出来て、太陽光の下でも12時間は乾燥しない。
そんなのが出来れば、砂漠の端から敷設していけば、いずれは砂漠全部を埋め尽くせるんだろう。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする