左翼の方々には申し訳ないが、今年の春の甲子園で国家斉唱した女子高生が世界中で話題になっている。http://kaigainohannoublog.blog55.fc2.com/blog-entry-1125.html
勿論、特亜三国はいない様だ。いて欲しくない。君が代は、旋律が日本の旋律(和)で他の国と一線を隔しているそうだ。
基本、国歌は軍歌に近いメロディが多い。仏国歌のラ・マルセーユなど、西南の役で西郷軍にも好まれていた記録が残る。
この「君が代」、左翼がイチャモンをつけるが、その根拠が乏しい。「メロディは良いが歌詞が問題である」「天皇崇拝の歌である」などが彼らの言い分である。
君が代は明治初期仏国のボアソナード(民法編纂に協力)だったと記憶しているが、明治政府に「日本の国歌はどういうものだ?」「近代国家ならば国歌はあって当然である」の発言から、大騒動となる。当時の明治政府は欧米人が言うこの「近代国家」と言う単語は殺し文句であった。欧米との不平等条約の解除が国是であったためだ。
大山巌が、江戸城大奥で歌会始めに於いて詠まれていた「君が代」に目をつけた。当初、「徳川将軍家を敬う歌詞など採用するとはケシカラン」と非難が湧き起こったそうだ。左翼の方々が非難する理由である「天皇崇拝」とは違うことが解る。
大山巌がこの「君が代」に目を付けた理由に、この歌が古今和歌集の詠人知らずであったためだある。先祖の歌が国歌となれば、明治初期の公家が騒ぎ出す。それを排除する上でも詠み人知らずの「君が代」は都合がよかった。
「君」とは、氏姓制度において、連、臣、直、君、造、の「君」であり、天皇を指す場合「大君」「御上」となる。「君が代」は天皇崇拝でないことが解る。
この程度のことは、高校の日本史と国語(現国と古典)とを比べながら読めば直に理解できるはずである。優秀であるハズの左翼の方々が知らないで文句を言うとは、怠慢に他ならない。
話は戻るが、今年の甲子園の開会式での「君が代」斉唱、多くの外国人に感銘を与えたことは間違いないようだ。
ネット時代で左翼の方々の意見を論破する意見や実証が発信され、最早従来道理の洗脳では国民は騙せなくなってきていることが見えた1コマであった。