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歓喜の歌 [監督:松岡錠司]

2008-03-22 10:45:04 | 映評 2006~2008
個人的評価:■■■□□□ (最高:■■■■■■、最低:■□□□□□)

***ストーリーテリングに不要なものを極限まで剥ぎ取る松岡演出について***
松岡錠司の映画を見る際に密かに楽しみにしていることがある。
登場人物の全く写らないカットが幾つあるかを数えることである。
「ベル・エポック」は、「0」かそれにかなり近い数だった。
「アカシアの道」は、「5~6」だった。
「さよならクロ」は数えていない。というかこの映画の場合、クロや動物のみが写るショットをどうカウントするべきか迷い、めんどくさくなって計数をやめた。
(「東京タワー」は未見。「バタ足金魚」や「きらきらひかる」など初期作品は数えていない。)
なお、上記の数値はビデオを一時停止しながら数えたわけではなく、劇場で一度の鑑賞中に数えたものである。数え違いはあるかもしれない。
で、本作では「9」だった。ただしそのうち「5」は登場人物の目線ショットである。人物に覗き込まれている金魚のアップとか、アニメ映像が映っているテレビのアップとか。
純粋に、誰の目線でもなく、誰も写らないカットは「4」だ。もっともそのうち1つはタイトルバック用のカットだから実質「3」だ。

松岡作品では、時間経過や場面転換を表すためだけの風景や建物外観のみのショットがほとんど使われない。
シーンの舞台となる建物や場所の全景は登場人物とともに写しこまれる。物語上必要最小限なショットだけを積み重ね、映画はぽんぽんと進んでいく。
その結果、映画からは叙情性が剥ぎ取られ、むき出しの物語だけがごろりと横たわる。
それはただ筋を追っているだけとも取れるし薄っぺらいとも言える。
松岡作品には毎回感銘を受けつつも(「きらきらひかる」「私たちが好きだったこと」「さよなら、クロ」何より最高傑作「アカシアの道」)、レンタルやDVD購入でリピートする気が全く起こらないのもその辺が原因かもしれない。一回観れば良さも悪さも全てがわかるような、ある種のキレ味の良さがある。
だが監督のエゴを全て捨てて、物語解釈を全て観客に丸投げする映画作りに徹することで彼は評価を得てきたのだから、方法として間違ってはいないのだ。松岡監督の作家としての評価を固めるには、もう少し時間と作品数が必要だろう。それまでは、「映画に集中しろよ」と言われようとも私は松岡作品の風景描写のみのカット数を数え続ける。これから増えていくのか(情感とメッセージ性を織り込む作風にチェンジ)、減っていくのか(より物語の輪郭をはっきりさせ、メッセージ性をそぎ落とす)
意地張らないで「東京タワー」観てみようかな・・・

***この映画のハッピーエンドは喜べない***
本作の感想であるが、残念ながらあまり感動はできなかった。
感動を阻む要因はお約束的ハッピーエンドだ。

主人公のダメ役人は、ロシア人ブロンドホステスに入れ込み借金をこさえ、妻にも愛想をつかされ、高校生の可愛らしい娘の誕生プレゼントも買い忘れて、言い訳ばかり。
ロシアンブロンドの雇い主でヤクザっぽいバーの店長からは返済不可能な額の借金を24時間以内に返済するよう迫られ、その代わりに店長が大好きな超高級金魚を渡すことを約束してしまう。その数百万する高級金魚は市長の所有物で、市長が道楽半分に主人公の勤める文化ホールに展示していたものだ。
ところが金魚を持ち出そうと主人公がホールに戻ると、金魚はいない。市長の気まぐれで市長室に移動したという。
弱り果てた主人公は、ママさんコーラスのリーダーにして天真爛漫お気楽ポジティプシンキングな女性に悩みを打ち明ける。するとその天使のような女性は「私が手引きするから盗んじゃいなよ」と、ケロリと言ってのける。
リーダーの天然キャラの陽気さに飲み込まれ、はい判りました・・・とついに金魚を盗む主人公。

コメディとしては秀逸である。
だがしかし現実的に考えれば、裏社会を舐めてるとしか思えない
あんなことしたら、さらなる強請(ゆすり)のネタを増やすだけではないか。
しかもそれまで自堕落で家庭を省みないダメ男ではあったかもしれないが、犯罪にまでは手を出していなかったと思える主人公は、その超えてはいけない一線をとうとう越えてしまった。タバコの最初の一服と同じ、深みにはまる第一歩で引き返すのは容易ではない。
ヤクザの要求はエスカレートしていくだろう。主人公は命じられるまま次々犯罪に手を染めていき、そのくせ借金は雪だるま式に膨れ上がっていくだろう。ヤクザなら裏AV撮ってる会社とのパイプもあるだろう。そうした会社が借金を立て替えたらどうなる・・・
熟年だが美人の妻、そして何より裏AV界なら欲しくてたまらない可愛らしい女子高生の娘。
妻と娘を売るか、保険金かけて自殺するか、どちらかを迫られる主人公・・・という未来が目に浮かぶ。

そんなものは妄想だよ、と言われりゃそれまでだか、ラストで主人公は再び市長室に不法侵入し安っぽい出目金を水槽に入れているから、反省はしていないのだろう。
あれでは妻に涙ながらに訴える「心を入れ替えます」も説得力ゼロ。
しかも妻はその夫のその場限りに決まっている謝罪を受け入れ、ヨリを戻す。
主人公の悪事を知らず、裏社会の怖さも知らない妻が哀れだ。あなたとあなたの娘の未来に地獄が待っているんだよ。

しかも妻のその時の台詞にいたっては脚本家の正気を疑う。
「あなたも人の役に立つことができるのね」
おいおい、そもそもダメ役人がコーラスのダブルブッキングしなかったら、大勢の人たちにあれほどの迷惑をかけずに済んだんだろ。自分の失敗の後始末を自分でしていただけだろ。
ハワイ旅行を当日になってキャンセルさせられた建築業者の損害は何百万になることか。
あんたの亭主は誰の役にも立っていない。そればかりか犯罪にまで手を染めたんだよ。

この種の映画のお約束だからそれが当然とばかりに夫婦和解のあっけらかんとした「ハッピーエンド」へと進む物語に、私は言いようの無い後味の悪さを感じた。
家族を困らせ納税者を困らせるデタラメ男には、何らかの制裁を与えて然るべきだと思う。
「アカシアの道」で、介護に疲れ、幼いころの虐待の恨みも手伝い、認知症の母を殺そうとする中年女性の苦悩を描いた松岡錠司はどこに行ったのか。人間の暗部は充分に知っているはずなのに、あのラストはないだろう。

この物語にとって真の意味でのハッピーエンドはこうだ。

主人公は、妻と娘に迷惑をかけないために自ら妻子と別れ、コンサートの成功を見届けてから警察に自首する。
ヤクザっぽい店長は別件で警察に捕まるか、ロシア娘に殺されるかして、主人公一家への後世の憂いを絶つ。
市長の元には高級金魚が生きたまま戻ってきて、市長はコンサートに尽力した建築業者を称えて金魚を売ってその金でハワイ旅行をプレゼントする(それを天然リーダーの口車に乗せられてつい約束しちゃった・・・なんて風に描けばさらにいい)。


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3 コメント

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コメントどうもです (しん)
2008-03-26 09:59:27
>えい様
ありがとうございます
ストーリーへの突っ込みばかりなんで、そんな野暮なことを言いなさんな、とか言われそうだなと思いつつ

>sakuraiさま
小役人を懲らしめる教訓話の方がすっきりしたのになあ・・・と私の要望でした。役人なんてみんなあんなもんなのかなあ・・・と思わせるところが、社会批判だったのかもしれませんね
返信する
あの税金泥棒 (sakurai)
2008-03-23 09:56:37
の役人も、そういわれちゃ身も蓋もありませんが、たぶん小役人なんて、あんなもんで、どこにもごろごろいそうですよ。
だから日本いつまでもこんな国なんででしょうが。
浅田美代子さん、いい方に行ってよかったなあ、とつくづく思います。
返信する
読み応え抜群。 (えい)
2008-03-22 12:16:35
こんにちは。

いやあ、オモシロいレビューですね。
一見、冗談、お茶化しのように見えて、
ここには、これまで多くの映画をご覧になってきた
yunfatさんならではのしっかりした視点が…。
読み応えありました。
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