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STOP [監督:キム・ギドク]

2017-05-14 14:15:19 | 映評 2013~
原発事故を題材にキム・ギドク監督が日本で撮った自主映画

冒頭。「311」の字幕と共に、轟音が響き、主人公の若い夫婦が地震に怯えている場面から始まる
揺れが収まり窓の外を見ると原発のあるあたりから煙が上がっているのが見える
いろいろと、え?そうだっけ?という疑問が湧き上がるが、主人公は平静を保とうとして「よし、いつもどおり写真撮りに行ってくる」と言って出かけてしまう
彼が撮るのは近くの山の木々など自然の写真

えーー、ちょっと待ってよ
津波は?いや、まずあの地震の後に写真撮り行く?

以降リアリズムの観点で言えば、絶対んなわけねー、な描写や展開が続く
でも、そうした展開が続き、次第に分かってくる。キム・ギドクは真実を描くつもりなんかない。

ちょっとコンビニ行ってくるくらいの感覚で妻をテープで縛ったまま、福島を三往復するとか、もう笑うしかないわけで
「東京中の電気を片っ端から止めてやる」とピッカピカのお洒落なLED電飾された植木の前でしゃべるとか、笑ってしまう
そんな道具で鉄塔は倒れないし、倒れたとしたって東京の電気全部は止まらないし、仮に止まったとしても1日で復旧するよ、だいたいやってることテロじゃん
と、そんなツッコミは始めたらキリがない

イカれてしまった世界のイカれてしまった人間たちの物語なのだ。
笑えるコメディなのだが、笑っていられる場合なのだろうか。

あの事故を起こしたのは電気を使い続けた私たちだから何もかも受け入れる、という妻
奇形児が生まれるリスクを承知で福島に帰って子供を産むと決断する彼女は、原発と共に生きて行くとはどういうことかを風刺している。子供は原発と共に生きる未来の人々のメタファーだ。
本来双葉や浪江は放射能が完全になくなるまで立ち入り禁止にして、電気を使い続けた私たちが原発で避難した人たちの生活に責任を持つべきではないか
そう考えると、原発は安価なエネルギーなどでは絶対にない。

ただ、この映画がなかなか上映されなかった事情は分からないでもない
面白い映画ではあったが、もし自分が2011年に福島の浜通りに住んでいて、その年に子供が産まれたお父さんだったらこの映画を「面白い」と言えただろうか
きっと自民党系の代議士先生たちは、この映画を見て怒るだろう
あんなことは有り得ない、原発被害者を傷つけるな、などと

そして内容的にもリアリティを捨て去ったようなものだから、「フクシマ」とか「311」という固有名詞を使わなければ、まだ風刺劇として成り立ったのではないか
これが日本映画ならきっとそうしたであろう

しかしだ
これは韓国のキム・ギドク監督の映画だ。
外国人から見た時にフクシマという単語は原発事故を象徴する単語であり、使わないことは考えられなかったのだろう
海外においてはチェルノブイリとフクシマは同義なのだ。「チェルノブイリ産の小麦で作った高級パンです。絶対安心ですよ」などと言われてもそのパンを買うだろうか。なのにフクシマの米は美味しいですと食べるのを勧めている状況の方が外国人にはクレージーに見えるのではないだろうか。
あの事故からたったの6年で次々と原発を再稼動し、放射性セシウムの半減期は30年なのに、避難解除を始めて、挙句帰る帰らないは自己責任などとのたまう現実もこの映画に負けず劣らず狂ってはいないか。

そんなことはない。科学的データに基づいて云々かんぬんと、反論は山のように来るだろう
でもあの原発事故でわかったことは、原子力は人間にはコントロールしきれない、もし今後100年間無事故であっても一回の事故で帳消しになるくらいリスキーなエネルギーだ。
少なくとも原発は無くすという方向に舵を切らなければいけない

外国映画だから遠慮なく叫ばれる「フクシマ」という単語から、我々は多くを学ぶべきだ

上映後のキャスト挨拶で、プロデューサーも兼ねる合アレンさんが言った。
収益のうち制作に使ったお金を除いて、福島と熊本に寄付をするつもりだったが、キム・ギドク監督は利益は全く求めていないと、多分自分でほとんどを出したであろう制作費の分すら受け取りを拒否して、完全に全額を寄付することになったという。
やる!!ふざけた気持ちで作ってない。本当に本気じゃないか。キム・ギドク監督。いい意味で最高に狂っている人だ。

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その他雑感

開き直った女の強さと、折れた男の弱さが見事に描かれている
異なる意見を持った二人がある時を境にお互いの意見が入れ替わる。
これって「絶対の愛」であり、「悪い女」であり、「サマリア」にもだいぶ近い。キム・ギドクの定番ストーリーであるね

けれども、あんな男となんで別れないのかな
妻にとっては、東京の電気が止まるより、世界中の原発が無くなるより、出産の時にそばにいて欲しかったのじゃないか
もっとも、これは平常状態である人間の感情。この映画のような異常事態での感情と比べることはできないか

キム・ギドクさん
監督、制作、脚本、撮影、編集のみならず、照明と録音も自分でやっている。
チラシの撮影風景見ると、映画なんか一人でも作れるんだと、自主映画人として応援いただいたように思える


まあ、カメラマンとしては下手ですかね、キム監督。設定全部オートでしょ。だから明るさがフラついてるし、蛍光灯の下での撮影だと、シャッタースピードと照明の周波数同期とれてなくて、しましま出ちゃってる
とはいえ、そんな技術的な問題など、この映画の尖り具合に比べたら屁のようなもの
これからもメジャーじゃ絶対できないような映画で、攻めまくってください。
なんつうか、尊敬します。キム・ギドク監督

p.s.日本共産党の反原発ポスターばっちし使っていて、笑いました。

p.p.s
初日鑑賞だったのてキャストの舞台挨拶あり
防護服の男役とか、超ちょい役のキャストが居心地悪そうにしているのがまた笑いを誘いました


主演の堀夏子さんと、謎の政府役人を演じた田代大悟さん


堀さんに無理言って一緒に写真をお願いしました。
素晴らしい演技。ルックス的にも影のあるこの役にぴったりでした

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