台湾から届けられたアニメ映画の傑作
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台湾を離れアメリカで結婚したチーが、台湾に帰ってくる。
景色のすっかり変わった故郷の町を見ながら、この街「幸福路」に初めて引っ越してきたときの両親との会話を思い出す
「幸せって何?」
「暖かくて、おなかいっぱい食べられること」
そこに帰結するのかもしれないけど、シンプルな問いと答えで幕を開ける、一人の女性の子供時代から大人になるまでの物語
成長しながら選択し決断することを学んでいく一人の女性の半生を台湾現代史とリンクさせながら描く
故郷とは?幸福とは?生きるとは?
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素朴な画風によるノスタルジー喚起は「ちびまる子ちゃん」だったり西岸良平の漫画「夕焼けの詩」(実写映画化された時のタイトルは「ALWAYS三丁目の夕日」)のようであるし、現在と過去を行ったり来たりしながらの自分探しという点で「おもひでぽろぽろ」を意識しないわけにはいかないし、意識もしているのだろう
自分映画という点で「ROMA」なんかを想起させもする
しかしそれらの映画と一線を画すのは台湾現代史とのリンクが物語に深みを与えているところだ
主人公の女性チーの生年月日は1975年4月5日で、この日は蒋介石が亡くなった日なのだという
蒋介石はもちろん国民党の指導者として日本との戦争を戦い抜いた人であり、戦後共産党との内戦に敗れ台湾に逃れ台湾に政府をつくる。台湾の国民党政府は北京語を国語として台湾先住民に対しても北京語を強要した。なんて酷いことをと思うが、我ら日本も台湾支配時に同じことをやっていたのだからあまり人のことをどうこう言えない。
チーのおばあちゃんで超強力なキャラクターのおばあちゃんが台湾先住民であり、北京語を学ぶ子供と北京語に反感を抱く大人たちという世相がさりげなく描かれる。
チーは「英雄 蒋介石」の亡くなった日に生まれたことで将来は蒋介石のように立派な人になるんだと子供らしくはしゃぐが、それを聞いて大人たちは微妙な顔をする。
この映画でも明確に描かれるわけではないが、国民党政府による厳しい思想弾圧が行われていたことを示唆する描写が描かれていく。
日本のノスタルジーものは何かあの頃は良かったな的な懐かしさを描くものが多い。それは日本が比較的、思想の自由があり、恐怖政治がなかったからかもしれないが(戦後まもなくはそうでもないし、気がつけば今もそうではなくなろうとしている)、台湾でそうした過去の暗部をチラつかせながらノスタルジーを語ると、重くそして強いエモーションが滲み出す。
それでも子供時代の思い出は美しく、仲良し三人組で北京語のガッチャマンの歌を歌っている回想シーン(日本のアニメだということも知らずに見ていた)はおかしさとともに、無邪気さへの郷愁を掻き立てる。
その回想シーンにいた人と、その時と同じ場所に立つ現在のシーンにはいない人。
失われた人、失われた絆、失われた様々なものが脳裏を由来し、大変な時代を懸命に生きてきた人たちに心が熱くなる。
台湾で起こる民主化運動などの歴史のうねりにチーが否応なく飲み込まれていく。成長するにつれ真実を学び、自分の思想を固めていく過程が描かれていく。
チーは両親からお金を稼げる医者になることを求められるが、チーは歴史や社会学を学びたいと親族会議で大プレゼンテーションを行い自分の希望する学校に進学する。
しかし現在のチーは、大学で学んだことが何1つ活かされていない。進学した人のかなり多くの人が胸に抱く「あるある」だろう。
あなたはあの頃思い描いた自分になっていますか?
よく映画にもなる問いかけだが、この映画はあの頃の理想の自分になっていないことは何ら恥じることはないと、濁さずに明確に伝えている
幸せとはゴールではなく、路なのだと
今まで生きてきた自分にも、これからを生きていく自分にも励みになる素晴らしいメッセージを伝えてくれたこの素晴らしい映画をありがとう宋監督!
女性監督の宋欣穎(ソンシンイン)監督は初長編でこの映画を作った
この映画のために借金して幸福路映画社って会社作って新人アニメーターやとったとか、ああ、たくましい
彼女の場合はこの映画を作るぞと決めて実現させたわけだけど、
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「幸福路のチー」
監督・脚本:宋欣穎(ソン・シンイン)
音楽:ウォン・ツージェ
出演(声):グイ・ルンメイ、チェン・ボージョン、リャオ・ホェイヂェン、ウェイ・ダーション
2019年11月 新宿シネマカリテにて鑑賞