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映画ブロガーら有志23名による「10年代映画ベストテン」発表!

ゆれる [監督:西川美和]

2006-10-30 21:20:03 | 映評 2006~2008
兄弟の確執という暗く地味なテーマを、起承転結の明瞭なストーリーと法廷サスペンスの面白さでくるみこみ、派手さはないものの今年度屈指のサスペンスドラマに仕立て上げた。絶妙な伏線の展開で真相を徐々に明らかにしていく展開の妙も良いが、加えて終盤での主役二人の演技合戦も堪能させてくれる。ほぼ満腹の映画。ほぼというのは、映像へのこだわりがもう少しあれば良かったな・・・というとこが少々残念。美しい映像とかかっこいいカメラワークとかそういうものがあれば、映画としての魅力が倍増しもっと大ヒットが狙えたんでないか?
まあ、でも食べすぎは良くない。腹八分目くらいに抑えられた本作では、映像の派手さに目を奪われずに済むことをむしろ喜んで、演出の妙を堪能しよう。

****日本一のサウンド使い****
音へのこだわりを強く感じる演出だった。
序盤での、伊武雅刀とオダギリジョーの口論。
母の何回忌だったか忘れたけど、その後の宴会の席。親戚や知人が集まり、ざわざわとした室内。人々の話し声がうるさい。伊武雅刀の台詞が入るというのに耳障りなほどの雑音(それでもはっきり聞こえるように台詞を喋る伊武雅刀は、流石、かつてはガミラス帝国に君臨した総統であるよ)。だが、オダギリジョーとの口論が始まると、ピタリと周囲のざわめきが消える。
何気ない演出だがけっこうすごい。説明のため台詞を聞かせるんでなく、台詞によって作られる周囲の状況を音で表現する。音響へのこだわりが感じられる。
しかし「ただこだわるだけ」ではオタクっぽい。起承転結の起の部分(まだ話の本筋に入る前の部分)で披露した音響のこだわりは、承転結のためのウォーミングアップであった。
裁判が始まると、橋からチエコが転落した時、タケルは彼女の悲鳴や橋の上でのミノルとチエコの口論を聞いていたのか否かが、重要な争点となる。
タケルとミノルの叔父である弁護士が、転落現場の吊り橋と、タケルがいたと思われる河原(吊り橋はよく見える)とで声が聞こえるか否かを確認する。すごい音量の渓流。かすかに聞こえる吊り橋上の人の声。しかし大声で怒鳴っても会話をすることは難しいくらいに渓流の音が大きい。(このシーンの台詞と効果音の音量バランスも絶妙だ。)
転落のシーンの前後。大音量の渓流に負けじとチエコは吊り橋から声を張り上げ、タケルを呼ぶ。だがその声はタケルには届かず、彼女を追ってきたミノルにはイヤミなほど大きく聞こえる。揺れる吊り橋上でのチエコとミノルの口論。そして張り上げられたであろうチエコの断末魔の絶叫。すべては渓流の音に飲み込まれタケルには届かない。
あるいはタケルは吊り橋に向かって何か叫んだのかもしれない。だとしてももちろん吊り橋の2人には届かないのだが。
ラストも音響へのこだわりが生んだ名シーンとなっている。
出所してきたミノルの姿を反対側の歩道に見つけるタケル。ミノルを追いかけて「にいちゃん!!」と大声で叫ぶが、ここでも雑音が2人の距離を遠ざける。バスや車の走行音がわざとらしいくらい大きく録音されているのだ。転落の時タケルが何か叫んだのかもしれないと考える根拠がこのシーンでのタケルの絶叫だ。あの時タケルの叫びがチエコかミノルに届いていれば、もしくはチエコの叫びがもっと早くタケルに届いていれば、あるいは転落を防ぐことができたかもしれない。兄弟の精神的な距離が広がらずに済んだかもしれない。向こう側の歩道を歩くミノルに今度こそ、なんとしても声を届けようとタケルは必死になっているように見えた。そしてバスが2人の視界を遮る直前に・・・タケルの叫びは通じたのだ。兄弟の絆を取り戻せるかもしれないかすかな希望を見せて(聞かせて?)映画は終わる。
音響で始まり、音響で展開し、音響で締める。
監督紹介ではこう書くといい
「西川美和、武器・サウンド」

****愚かな男どもへの冷酷な視線****
で、ラストシーンに希望を感じる反面、少し恐ろしくもある。徹底的に兄弟の確執と絆が描かれるが、犠牲者であるチエコへの思いが極めて薄い。もちろんタケルにとってチエコは一回寝ただけの沢山いるであろう女たちの一人に過ぎない。寝たのだって兄への対抗意識からで、チエコに愛を感じていたとは思えない。だから吊り橋での2人の喧嘩を傍観していたのかもしれない。
さっきと逆の推論も立つ。吊り橋のチエコに向かって叫ばなかったタケルも、ラストで実の兄ミノルに対しては叫ぶ。
兄弟の血の絆に対し、所詮チエコは他人であるかのように、タケルの後悔はミノルに対してだけ向けられる。
男女の愛など信じていない男たちに映画の中で地獄の責め苦を負わせ復讐しているのかもしれない。
何気ないシーンであるが、チエコの母がタケルに「チエコは殺されるような子だったのかなあ?」と問いかけ、タケルは何も答えないシーンが、男たちに苦しめられる女の気持ちを表現しているシーンだったのかもしれない。

****ミステリー映画の巨匠誕生か?****
吊り橋での真実がさりげなく配置された伏線を少しずつ展開させて、次第次第に全貌を明らかにしていく語り口も絶妙だった。これぞ謎解き映画!!デ・パルマなど軽く越えているぞ西川美和さん。

****名優2人を支配する女傑****
そんで、終盤で見せるオダギリジョーvs香川照之の演技合戦は、演技面における2006年一番の収穫。しかしただ出演者の芝居を褒めるより、そんな芝居をコントロール化においている監督の手腕を楽しもう。
ガラスを隔てて対座し喋り合う2人。近くて遠い兄弟の距離を象徴するいい構図だが、それ以上の手は加えない。それで充分。ひたすら長回し。落ち着かず貧乏揺すりして目線の定まらないミノル(香川)と、なんとかミノルの心に問いかけようとするタケル(オダジョ)。カット変われば、ガラスを隔てた顔と顔の切り返し。一枚隔てたところにある理不尽。ガラスで区切られた明確に異なる二つの心。そんなカット割りの妙などおかまいなしに爆発するタケルの感情。ガラスのお陰で映像はあくまでミノル視点となり、観客は感情を爆発するタケルへの感情移入よりそれを冷めた目で見るミノルの心情に同調する。
役者が勝手に暴れているように見えて、やはり監督・西川美和の手の内で転がされている。

これからの日本映画を支える女性は宮崎葵と蒼井優と沢尻エリカと香椎由宇とえーとえーとなどと考えている人。日本映画を支える女は、そんな掃いて捨てるほどいるただの女優なんかじゃない。絶対代えのきかない独自のスタイルを持った女性監督たちだ。その台風の目が西川美和であろう。井口奈巳さんも荻上直子さんも虎視眈々とその座を狙っているが

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3 コメント

コメント日が  古い順  |   新しい順
同感! (マダム・クニコ)
2006-11-08 11:17:51
>音響で始まり、音響で展開し、音響で締める。

さすがしん監督の視点は鋭い!

>男女の愛など信じていない男たちに映画の中で地獄の責め苦を負わせ復讐しているのかもしれない

う~ん、納得!
西川さんが兄弟を描いたのは、そういうことだったのか、という説得力がありますね。

>絶対代えのきかない独自のスタイルを持った女性監督たちだ。

同感です。
ハングリーな彼女たちを目一杯応援しましょう。

コメントとTBに感謝!
超多忙で、ブログ見る暇がありませんでした。
遅くなってごめんなさい。
返信する
コメントどうもです (しん)
2006-11-10 19:11:10
マダムクニコさま

私もハングリーに頑張っていきたいです。
日本映画は海外に比べると、女性監督がまだまだ少ないので、西川さんや井口さんや荻上さんらに頑張って欲しいですね。
個人的にはミミ・レダーやキャスリン・ビグローみたいなアクションおばさん監督がでてきて欲しいと思ってます。
返信する
やっと見ました (aq99)
2007-02-09 23:03:16
デ・パルマだとカメラグルグル回したり、なんやかんややりたがりそうな脚本ですよね~。
さらに最近の嗜好だと、兄弟、親子、町全体の変態性癖が次々暴露されていきって、リンチになってきた・・・。
リメイクされませんように。。。
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