こんにちは。駿台ニュージャージー校です。
私はトレッキングが趣味で、一人でよく山を歩く。先日も雪の残る山道を一人歩いていると反対側からアメリカ人の若い男性が歩いて来てすれ違うことになったが、道を譲ろうとして積もった雪に足を取られ転びそうになった。その時、とっさにその若者が「大丈夫ですか。」と言いながら手を差し伸べてくれた。あまりに自然で爽やかな振る舞いに感謝しながらも日本だったらどうだっただろうかと思わず考えてしまった。
明治の頃に和魂洋才という言葉があり、日本人としての気質は保ちながら欧米の優れたものを取り入れ発展していくという意味で使われたらしいが、今の時代、取り入れるべきは「才」ではなく「魂」ではないだろうか。
多くの人が指摘しているように日本は既に「才」の部分では世界のトップにある。取り入れるべき「才」は最早なくなったとは言わないが、これからは自ら新しい「才」を創造していかなければならないのではないか。
しかし、一方で人としての在り様はむしろ欧米人の方がより高潔であると感じることも少なくない。それぞれの国の文化や国民性は大切にしなければならないが、人としてのあるべき姿や価値観に共通する部分は、明治の頃とは比較にならないくらい大きくなっているように思う。日本人だからとか外国人だからとか区別する時代は過ぎたのかもしれない。しかし、そうした時代だからこそ、欧米人の弱者への思いやりや潔さに触れることも多い。国際的な競争の時代を生き抜くために、今、日本に必要なのは和才洋魂の若者ではないかと私には思える。
駿台NJ校 S.K.