以下は前章の続きである。
『悪魔の飽食』のデタラメ
渡部 学歴が高いほど新聞の評価が低いというのは面白いですね。
香山 戦前にくらべて新聞を批判的に読む人が多くなったということは、世論の成熟が進んだということで日本社会の将来にとって希望が持てますね。日本の新聞の将来のためにもよいことです。
渡部 本当はね。
香山 だから何書いてもシラケるんだと思うんです。
反核キャンペーンでもそうでしょう。
投書欄なんか見ていても、やっぱりひところよりは変わってきている。
例の森村誠一氏の『悪魔の飽食』のニセ写真事件にからんで朝日は昨年の十二月二十四日号で「森村誠一氏、交通障害児に三千万円寄付」という記事をのせましたね。
これなんかは「何者かの宣伝に利用されぬよう、厳に警戒せねばならない」という倫理綱領の条項に率先違反している(笑)。
渡部 おかしいですねえ。
森村氏が交通遺児に寄付したこと自体、よいことで批判する気はないんですけれども、その前に基本的にやるべきことが沢山あるはずなんですね。
三千万円でどのくらいのことができるかわからないけど、まず夕イム、ニューズウィークなどの主な記者と会見の席でも設けて「私は間違っていた。あの写真はインチキだった…」と弁明することですよ。
二セ五千円札事件は法の裁きをうけているのに、こちらのニセ写真、ニセの作り話はなんら法のとがめもうけていない。
しかし、『悪魔の飽食』のデタラメが国際的に日本人同胞に与えた被害の大きさは、こちらのほうがくらべものにならないほど大きいですよ。
香山 「赤旗」日曜版であれだけ全国的に配布されたうえに単行本もベストセラーですからね。
欠陥商品だとわかったのなら直ちに回収すべきですね。
儲かった三千万円の金は本来そういうことに使うべきだ。
他の欠陥商品ならみんなそうするでしょう。
メーカーが欠陥商品を回収しなかったら、新聞はそれこそ連日大騒ぎして叩きますね。
そういう使いわけをするから読者も新聞は公平ではないと思うようになるんですよ。
渡部 『悪魔の飽食』のニセ写真事件や教科書検定誤報事件というのはいわば「情報水俣事件」というべき事件ですよ。
しかも『悪魔の飽食』のカバーでこのインチキな本を褒めちぎった人間は二人とも朝日新聞の記者だ。
香山 そこに何か『悪魔の飽食』と朝日との癒着がある。
渡部 筑紫哲也、本多勝一の両氏。
いずれも朝日が誇る二大スター記者だ。
朝日にとって宵の明星、明けの明星みたいなもんです(笑)。
この二人が『悪魔の飽食』を「コペルニクス的な転回の書」だとかいって、言葉を極めて『悪魔の飽食』というニセモノを褒め称えてるわけだ。
悪魔の所業を褒めた人間は、やはり悪魔といわざるをえませんね(笑)。
香山 その程度の真実と嘘が見抜けないような人間が、作家とか記者とか、フィクションとか、ノンフィクションなどという言葉を使わないで欲しいですね(笑)。言葉が汚れる。
渡部 もっとひどいのは、森村氏はほとんど証人と会っていないということですね。
ノンフィクションなのに…。
会って事実を調べると悪魔がいなくなって困るのかな。
香山 社会心理学者のフェスティンガーの古典的概念の一つに「認知的不協和」というのがあるんです。これは、ある偏見の構造をもった人間は、そのなかで安住してますから、そこが崩れると安定を失うわけです。
だから偏見の構造を崩す恐れのある情報に対して激しい拒絶反応を示す。
そのためにその情報が、耳に入らないんです。
証人に会わないというのも、そういうことなのかもしれません。
新聞の話に戻りますけど、ぼくが直接知ってる朝日の記者が多勢いますけど、それぞれ個人的には立派な人が少くないんですね。
それなのにどうしてこういう状態になるのか―そこが問題ですね。
渡部 そこでぼくは思うんだけど、戦前の日本の陸軍なんて、こんなふうじゃなかったかとね。
秀才も多いし、立派な人も沢山いる。
負けたら腹切ろうなんて人もいたけども、ごく少数の人間が牛耳っちゃって、わけのわからない戦争とか、どこで止めるかも決めない戦争を起こしちゃったりしたんですよ。
どこか根本がおかしいんですよ。
そうするといい人材がいればいるだけ、その社会に対する害は大きくなる。
日本の旧軍だって有能な人が大量にいなきや戦争にならなかったわけですよ。
香山 そうです。かえって、善人の罪は重いですね。
渡部 ナチス時代のドイツ人だって、個々に会えばよかったと思いますよ。
だからいまの朝日の内部のことは知りませんけど、ごく少数の人が路線を決めてると思うんです。
この路線に乗って記事を書けば紙面に出るとか。
香山 出世するとかね。
渡部 広岡さんが社長のときには、日中平和のためならば、多少の虚報はしようがないという趣旨のことをいったそうですからね。
戦争に勝つためならば、多少のデマはしようがないという参謀本部と同じですよ。