文明のターンテーブルThe Turntable of Civilization

日本の時間、世界の時間。
The time of Japan, the time of the world

たとえば、森友問題で当初、安倍政権が関与した傍証であるかのように報じられた「特例取引」の真相は何だったか。

2018年04月28日 09時40分16秒 | 日記

以下は前章の加地伸行氏に続いて掲載されている長谷川幸洋氏の連載コラムからである。

真相を歪めて放送する野党と一部マスコミ

安倍晋三政権が森友学園や陸上自衛隊のイラク派・遣日報、さらに加計学園問題をめぐつて、野党や一部マスコミから執拗な攻撃にさらされている。 

指摘された問題のほとんどは政権というより、官僚の問題である。

にもかかわらず、野党や一部マスコミは「安倍政権打倒」を目指して、追及の矛先を政権そのものに向けてきた。 

残念ながら、というより当然なのだが、彼らの試みは失敗しつつある。

追及すればするほど真実が明るみに出て、結果として安倍首相の潔白が証明されていった。

一方で、規律意識を欠いた官僚たちの堕落ぶりが白日の下に晒されてしまったのだ。 

たとえば、森友問題では財務省理財局による文書改ざんだけでなく、近畿財務局が森友側にゴミ撤去をめぐって「口裏合わせ」を依頼したり、ゴミの量を水増しして撤去費用を見積もるように国土交通省大阪航空局に依頼していた疑いが出ている。

こんな細かい話に政権中枢が関わるわけがない。

まさに現場に携わる官僚の所業である。 

野党や一部マスコミのロジックは、次のようだ。

「官僚が文書を改ざんしたり隠したりするのは、安倍首相におもねっているからだ。官邸の指示がなかったとしても、官僚は忖度している。そもそも官僚の不祥事は行政府を統括する政権の不祥事ではないか」。 

まず、「官僚がおもねっている」とか忖度の有無などは、そもそも議論に値しない。

「忖度する官僚もいれば、しない官僚もいる」という話にすぎない。

国民は分かっている。

そんな話で政権を批判しても、野党や記者のお粗末さがバレるだけだ。 

官僚の不祥事は政権の不祥事なのか。

タテマエはその通りである。

だからといって、政権を倒せば、官僚の規律が回復するのか。

真の問題はここだ。

私の答えを先に言えば、安倍政権を倒したところで官僚の規律は回復しない。

それほど腐敗は進んでいた。 

さらに野党が政権を握ったところで、ますます問題は解決しない。

彼らに官僚を制御する力がないだけでなく、そもそも彼らは「敵は官僚ではなく安倍政権」とみて問題を追及してきた。

初めから、戦う相手を間違えているのである。 

ある野党議員は前財務省理財局長の佐川宣寿氏が国会で証言する前、テレビカメラの前で「佐川さんにがんばってほしい」と語っていた。

彼女は佐川氏を味方に付ければ、政権の疑惑を明らかにできると思っていたのだろう。

加計学園問題で前文部科学事務次官の前川喜平氏が「総理の意向」メモに同調する証言をした例に味をしめて「二匹目のドジョウ」を狙ったのだ。 

政権打倒を目指すあまり、文書改ざん事件で佐川氏の果たした役割や、天下り問題で責任を追及され辞職した前川氏の過去を都合よく棚上げしている。

それほど官僚に甘い野党が「官僚の規律回復」などできるわけがない。

彼らが政権を握れば、官僚はますます野放図になるだけだ。

官僚を制御するどころか、官僚の手のひらの上で転がされて失敗した民主党政権の教訓から何も学んでいない。 

一部マスコミも似たようなものだ。

彼らは安倍政権打倒を目的にしているために、本来の真相解明どころか、逆に真相を歪めて報じる結果になった。

たとえば、森友問題で当初、安倍政権が関与した傍証であるかのように報じられた「特例取引」の真相は何だったか。 

なんのことはない。「十年間貸付後の売却」という契約が通達で定められた「特例処理」だった。

安倍首相が手続きを歪めたのではなく、逆に特例処理こそが適正だったのである。

「特例」という言葉を、首相が関与したかのような印象操作に使ったのだ。

加計問題でも「本件は首相案件」という愛媛県職員の備忘録メモを根拠に「首相の関与」を印象付けようとした。

だが、そもそも国家戦略特区という政策自体が安倍政権肝いりの政策である。

特区を認定する国家戦略特区諮問会議の議長は首相だ。

つまり、特区は最初から「首相案件」なのだ。

安倍首相が「総理の立場を利用して加計学園に特別な便宜を図った」わけではまったくない。 

世界に目を転じれば、朝鮮半島情勢は言うに及ばず、米国のトランプ政権が招いた勃発寸前の米中貿易戦争など、通商面でも大激震が続いている。

国の平和と安全、繁栄、それに北朝鮮に残された日本人拉致被害者をどう取り戻すか、はまさに「日本がトランプ政権にどう向き合うか」にかかっている。 

幸い、印象操作による追及は息切れ感が出てきた。

ここは安倍政権の踏ん張りどころである。

ジャーナリスト。1953年、干葉県生まれ。慶應義塾大学経済学部卒。ジョンズ・ホプキンス大学高等国際問題研究大学院(SA-S)卒。東京新聞論説委員などを経て2018年に中日新聞社を退社。著書に山本七平賞を受賞した『日本国の正体』(講談社)など多数。


政権打倒を目指すあまり、文書改ざん事件で佐川氏の果たした役割や、天下り問題で責任を追及され辞職した前川氏の過去を

2018年04月28日 09時38分33秒 | 日記

以下は前章の加地伸行氏に続いて掲載されている長谷川幸洋氏の連載コラムからである。

真相を歪めて放送する野党と一部マスコミ

安倍晋三政権が森友学園や陸上自衛隊のイラク派・遣日報、さらに加計学園問題をめぐつて、野党や一部マスコミから執拗な攻撃にさらされている。 

指摘された問題のほとんどは政権というより、官僚の問題である。

にもかかわらず、野党や一部マスコミは「安倍政権打倒」を目指して、追及の矛先を政権そのものに向けてきた。 

残念ながら、というより当然なのだが、彼らの試みは失敗しつつある。

追及すればするほど真実が明るみに出て、結果として安倍首相の潔白が証明されていった。

一方で、規律意識を欠いた官僚たちの堕落ぶりが白日の下に晒されてしまったのだ。 

たとえば、森友問題では財務省理財局による文書改ざんだけでなく、近畿財務局が森友側にゴミ撤去をめぐって「口裏合わせ」を依頼したり、ゴミの量を水増しして撤去費用を見積もるように国土交通省大阪航空局に依頼していた疑いが出ている。

こんな細かい話に政権中枢が関わるわけがない。

まさに現場に携わる官僚の所業である。 

野党や一部マスコミのロジックは、次のようだ。

「官僚が文書を改ざんしたり隠したりするのは、安倍首相におもねっているからだ。官邸の指示がなかったとしても、官僚は忖度している。そもそも官僚の不祥事は行政府を統括する政権の不祥事ではないか」。 

まず、「官僚がおもねっている」とか忖度の有無などは、そもそも議論に値しない。

「忖度する官僚もいれば、しない官僚もいる」という話にすぎない。

国民は分かっている。

そんな話で政権を批判しても、野党や記者のお粗末さがバレるだけだ。 

官僚の不祥事は政権の不祥事なのか。

タテマエはその通りである。

だからといって、政権を倒せば、官僚の規律が回復するのか。

真の問題はここだ。

私の答えを先に言えば、安倍政権を倒したところで官僚の規律は回復しない。

それほど腐敗は進んでいた。 

さらに野党が政権を握ったところで、ますます問題は解決しない。

彼らに官僚を制御する力がないだけでなく、そもそも彼らは「敵は官僚ではなく安倍政権」とみて問題を追及してきた。

初めから、戦う相手を間違えているのである。 

ある野党議員は前財務省理財局長の佐川宣寿氏が国会で証言する前、テレビカメラの前で「佐川さんにがんばってほしい」と語っていた。

彼女は佐川氏を味方に付ければ、政権の疑惑を明らかにできると思っていたのだろう。

加計学園問題で前文部科学事務次官の前川喜平氏が「総理の意向」メモに同調する証言をした例に味をしめて「二匹目のドジョウ」を狙ったのだ。 

政権打倒を目指すあまり、文書改ざん事件で佐川氏の果たした役割や、天下り問題で責任を追及され辞職した前川氏の過去を都合よく棚上げしている。

それほど官僚に甘い野党が「官僚の規律回復」などできるわけがない。

彼らが政権を握れば、官僚はますます野放図になるだけだ。

官僚を制御するどころか、官僚の手のひらの上で転がされて失敗した民主党政権の教訓から何も学んでいない。 

一部マスコミも似たようなものだ。

彼らは安倍政権打倒を目的にしているために、本来の真相解明どころか、逆に真相を歪めて報じる結果になった。

たとえば、森友問題で当初、安倍政権が関与した傍証であるかのように報じられた「特例取引」の真相は何だったか。 

なんのことはない。「十年間貸付後の売却」という契約が通達で定められた「特例処理」だった。

安倍首相が手続きを歪めたのではなく、逆に特例処理こそが適正だったのである。

「特例」という言葉を、首相が関与したかのような印象操作に使ったのだ。

加計問題でも「本件は首相案件」という愛媛県職員の備忘録メモを根拠に「首相の関与」を印象付けようとした。

だが、そもそも国家戦略特区という政策自体が安倍政権肝いりの政策である。

特区を認定する国家戦略特区諮問会議の議長は首相だ。

つまり、特区は最初から「首相案件」なのだ。

安倍首相が「総理の立場を利用して加計学園に特別な便宜を図った」わけではまったくない。 

世界に目を転じれば、朝鮮半島情勢は言うに及ばず、米国のトランプ政権が招いた勃発寸前の米中貿易戦争など、通商面でも大激震が続いている。

国の平和と安全、繁栄、それに北朝鮮に残された日本人拉致被害者をどう取り戻すか、はまさに「日本がトランプ政権にどう向き合うか」にかかっている。 

幸い、印象操作による追及は息切れ感が出てきた。

ここは安倍政権の踏ん張りどころである。

ジャーナリスト。1953年、干葉県生まれ。慶應義塾大学経済学部卒。ジョンズ・ホプキンス大学高等国際問題研究大学院(SA-S)卒。東京新聞論説委員などを経て2018年に中日新聞社を退社。著書に山本七平賞を受賞した『日本国の正体』(講談社)など多数。


加計学園問題で前文部科学事務次官の前川喜平氏が「総理の意向」メモに同調する証言をした例に味をしめて「二匹目のドジョウ」を

2018年04月28日 09時36分38秒 | 日記

以下は前章の加地伸行氏に続いて掲載されている長谷川幸洋氏の連載コラムからである。

真相を歪めて放送する野党と一部マスコミ

安倍晋三政権が森友学園や陸上自衛隊のイラク派・遣日報、さらに加計学園問題をめぐつて、野党や一部マスコミから執拗な攻撃にさらされている。 

指摘された問題のほとんどは政権というより、官僚の問題である。

にもかかわらず、野党や一部マスコミは「安倍政権打倒」を目指して、追及の矛先を政権そのものに向けてきた。 

残念ながら、というより当然なのだが、彼らの試みは失敗しつつある。

追及すればするほど真実が明るみに出て、結果として安倍首相の潔白が証明されていった。

一方で、規律意識を欠いた官僚たちの堕落ぶりが白日の下に晒されてしまったのだ。 

たとえば、森友問題では財務省理財局による文書改ざんだけでなく、近畿財務局が森友側にゴミ撤去をめぐって「口裏合わせ」を依頼したり、ゴミの量を水増しして撤去費用を見積もるように国土交通省大阪航空局に依頼していた疑いが出ている。

こんな細かい話に政権中枢が関わるわけがない。

まさに現場に携わる官僚の所業である。 

野党や一部マスコミのロジックは、次のようだ。

「官僚が文書を改ざんしたり隠したりするのは、安倍首相におもねっているからだ。官邸の指示がなかったとしても、官僚は忖度している。そもそも官僚の不祥事は行政府を統括する政権の不祥事ではないか」。 

まず、「官僚がおもねっている」とか忖度の有無などは、そもそも議論に値しない。

「忖度する官僚もいれば、しない官僚もいる」という話にすぎない。

国民は分かっている。

そんな話で政権を批判しても、野党や記者のお粗末さがバレるだけだ。 

官僚の不祥事は政権の不祥事なのか。

タテマエはその通りである。

だからといって、政権を倒せば、官僚の規律が回復するのか。

真の問題はここだ。

私の答えを先に言えば、安倍政権を倒したところで官僚の規律は回復しない。

それほど腐敗は進んでいた。 

さらに野党が政権を握ったところで、ますます問題は解決しない。

彼らに官僚を制御する力がないだけでなく、そもそも彼らは「敵は官僚ではなく安倍政権」とみて問題を追及してきた。

初めから、戦う相手を間違えているのである。 

ある野党議員は前財務省理財局長の佐川宣寿氏が国会で証言する前、テレビカメラの前で「佐川さんにがんばってほしい」と語っていた。

彼女は佐川氏を味方に付ければ、政権の疑惑を明らかにできると思っていたのだろう。

加計学園問題で前文部科学事務次官の前川喜平氏が「総理の意向」メモに同調する証言をした例に味をしめて「二匹目のドジョウ」を狙ったのだ。 

政権打倒を目指すあまり、文書改ざん事件で佐川氏の果たした役割や、天下り問題で責任を追及され辞職した前川氏の過去を都合よく棚上げしている。

それほど官僚に甘い野党が「官僚の規律回復」などできるわけがない。

彼らが政権を握れば、官僚はますます野放図になるだけだ。

官僚を制御するどころか、官僚の手のひらの上で転がされて失敗した民主党政権の教訓から何も学んでいない。 

一部マスコミも似たようなものだ。

彼らは安倍政権打倒を目的にしているために、本来の真相解明どころか、逆に真相を歪めて報じる結果になった。

たとえば、森友問題で当初、安倍政権が関与した傍証であるかのように報じられた「特例取引」の真相は何だったか。 

なんのことはない。「十年間貸付後の売却」という契約が通達で定められた「特例処理」だった。

安倍首相が手続きを歪めたのではなく、逆に特例処理こそが適正だったのである。

「特例」という言葉を、首相が関与したかのような印象操作に使ったのだ。

加計問題でも「本件は首相案件」という愛媛県職員の備忘録メモを根拠に「首相の関与」を印象付けようとした。

だが、そもそも国家戦略特区という政策自体が安倍政権肝いりの政策である。

特区を認定する国家戦略特区諮問会議の議長は首相だ。

つまり、特区は最初から「首相案件」なのだ。

安倍首相が「総理の立場を利用して加計学園に特別な便宜を図った」わけではまったくない。 

世界に目を転じれば、朝鮮半島情勢は言うに及ばず、米国のトランプ政権が招いた勃発寸前の米中貿易戦争など、通商面でも大激震が続いている。

国の平和と安全、繁栄、それに北朝鮮に残された日本人拉致被害者をどう取り戻すか、はまさに「日本がトランプ政権にどう向き合うか」にかかっている。 

幸い、印象操作による追及は息切れ感が出てきた。

ここは安倍政権の踏ん張りどころである。

ジャーナリスト。1953年、干葉県生まれ。慶應義塾大学経済学部卒。ジョンズ・ホプキンス大学高等国際問題研究大学院(SA-S)卒。東京新聞論説委員などを経て2018年に中日新聞社を退社。著書に山本七平賞を受賞した『日本国の正体』(講談社)など多数。


官僚を制御するどころか、官僚の手のひらの上で転がされて失敗した民主党政権の教訓から何も学んでいない。

2018年04月28日 09時33分21秒 | 日記

以下は前章の加地伸行氏に続いて掲載されている長谷川幸洋氏の連載コラムからである。

真相を歪めて放送する野党と一部マスコミ

安倍晋三政権が森友学園や陸上自衛隊のイラク派・遣日報、さらに加計学園問題をめぐつて、野党や一部マスコミから執拗な攻撃にさらされている。 

指摘された問題のほとんどは政権というより、官僚の問題である。

にもかかわらず、野党や一部マスコミは「安倍政権打倒」を目指して、追及の矛先を政権そのものに向けてきた。 

残念ながら、というより当然なのだが、彼らの試みは失敗しつつある。

追及すればするほど真実が明るみに出て、結果として安倍首相の潔白が証明されていった。

一方で、規律意識を欠いた官僚たちの堕落ぶりが白日の下に晒されてしまったのだ。 

たとえば、森友問題では財務省理財局による文書改ざんだけでなく、近畿財務局が森友側にゴミ撤去をめぐって「口裏合わせ」を依頼したり、ゴミの量を水増しして撤去費用を見積もるように国土交通省大阪航空局に依頼していた疑いが出ている。

こんな細かい話に政権中枢が関わるわけがない。

まさに現場に携わる官僚の所業である。 

野党や一部マスコミのロジックは、次のようだ。

「官僚が文書を改ざんしたり隠したりするのは、安倍首相におもねっているからだ。官邸の指示がなかったとしても、官僚は忖度している。そもそも官僚の不祥事は行政府を統括する政権の不祥事ではないか」。 

まず、「官僚がおもねっている」とか忖度の有無などは、そもそも議論に値しない。

「忖度する官僚もいれば、しない官僚もいる」という話にすぎない。

国民は分かっている。

そんな話で政権を批判しても、野党や記者のお粗末さがバレるだけだ。 

官僚の不祥事は政権の不祥事なのか。

タテマエはその通りである。

だからといって、政権を倒せば、官僚の規律が回復するのか。

真の問題はここだ。

私の答えを先に言えば、安倍政権を倒したところで官僚の規律は回復しない。

それほど腐敗は進んでいた。 

さらに野党が政権を握ったところで、ますます問題は解決しない。

彼らに官僚を制御する力がないだけでなく、そもそも彼らは「敵は官僚ではなく安倍政権」とみて問題を追及してきた。

初めから、戦う相手を間違えているのである。 

ある野党議員は前財務省理財局長の佐川宣寿氏が国会で証言する前、テレビカメラの前で「佐川さんにがんばってほしい」と語っていた。

彼女は佐川氏を味方に付ければ、政権の疑惑を明らかにできると思っていたのだろう。

加計学園問題で前文部科学事務次官の前川喜平氏が「総理の意向」メモに同調する証言をした例に味をしめて「二匹目のドジョウ」を狙ったのだ。 

政権打倒を目指すあまり、文書改ざん事件で佐川氏の果たした役割や、天下り問題で責任を追及され辞職した前川氏の過去を都合よく棚上げしている。

それほど官僚に甘い野党が「官僚の規律回復」などできるわけがない。

彼らが政権を握れば、官僚はますます野放図になるだけだ。

官僚を制御するどころか、官僚の手のひらの上で転がされて失敗した民主党政権の教訓から何も学んでいない。 

一部マスコミも似たようなものだ。

彼らは安倍政権打倒を目的にしているために、本来の真相解明どころか、逆に真相を歪めて報じる結果になった。

たとえば、森友問題で当初、安倍政権が関与した傍証であるかのように報じられた「特例取引」の真相は何だったか。 

なんのことはない。「十年間貸付後の売却」という契約が通達で定められた「特例処理」だった。

安倍首相が手続きを歪めたのではなく、逆に特例処理こそが適正だったのである。

「特例」という言葉を、首相が関与したかのような印象操作に使ったのだ。

加計問題でも「本件は首相案件」という愛媛県職員の備忘録メモを根拠に「首相の関与」を印象付けようとした。

だが、そもそも国家戦略特区という政策自体が安倍政権肝いりの政策である。

特区を認定する国家戦略特区諮問会議の議長は首相だ。

つまり、特区は最初から「首相案件」なのだ。

安倍首相が「総理の立場を利用して加計学園に特別な便宜を図った」わけではまったくない。 

世界に目を転じれば、朝鮮半島情勢は言うに及ばず、米国のトランプ政権が招いた勃発寸前の米中貿易戦争など、通商面でも大激震が続いている。

国の平和と安全、繁栄、それに北朝鮮に残された日本人拉致被害者をどう取り戻すか、はまさに「日本がトランプ政権にどう向き合うか」にかかっている。 

幸い、印象操作による追及は息切れ感が出てきた。

ここは安倍政権の踏ん張りどころである。

ジャーナリスト。1953年、干葉県生まれ。慶應義塾大学経済学部卒。ジョンズ・ホプキンス大学高等国際問題研究大学院(SA-S)卒。東京新聞論説委員などを経て2018年に中日新聞社を退社。著書に山本七平賞を受賞した『日本国の正体』(講談社)など多数。


彼らに官僚を制御する力がないだけでなく、そもそも彼らは「敵は官僚ではなく安倍政権」とみて問題を追及してきた

2018年04月28日 09時32分12秒 | 日記

以下は前章の加地伸行氏に続いて掲載されている長谷川幸洋氏の連載コラムからである。

真相を歪めて放送する野党と一部マスコミ

安倍晋三政権が森友学園や陸上自衛隊のイラク派・遣日報、さらに加計学園問題をめぐつて、野党や一部マスコミから執拗な攻撃にさらされている。 

指摘された問題のほとんどは政権というより、官僚の問題である。

にもかかわらず、野党や一部マスコミは「安倍政権打倒」を目指して、追及の矛先を政権そのものに向けてきた。 

残念ながら、というより当然なのだが、彼らの試みは失敗しつつある。

追及すればするほど真実が明るみに出て、結果として安倍首相の潔白が証明されていった。

一方で、規律意識を欠いた官僚たちの堕落ぶりが白日の下に晒されてしまったのだ。 

たとえば、森友問題では財務省理財局による文書改ざんだけでなく、近畿財務局が森友側にゴミ撤去をめぐって「口裏合わせ」を依頼したり、ゴミの量を水増しして撤去費用を見積もるように国土交通省大阪航空局に依頼していた疑いが出ている。

こんな細かい話に政権中枢が関わるわけがない。

まさに現場に携わる官僚の所業である。 

野党や一部マスコミのロジックは、次のようだ。

「官僚が文書を改ざんしたり隠したりするのは、安倍首相におもねっているからだ。官邸の指示がなかったとしても、官僚は忖度している。そもそも官僚の不祥事は行政府を統括する政権の不祥事ではないか」。 

まず、「官僚がおもねっている」とか忖度の有無などは、そもそも議論に値しない。

「忖度する官僚もいれば、しない官僚もいる」という話にすぎない。

国民は分かっている。

そんな話で政権を批判しても、野党や記者のお粗末さがバレるだけだ。 

官僚の不祥事は政権の不祥事なのか。

タテマエはその通りである。

だからといって、政権を倒せば、官僚の規律が回復するのか。

真の問題はここだ。

私の答えを先に言えば、安倍政権を倒したところで官僚の規律は回復しない。

それほど腐敗は進んでいた。 

さらに野党が政権を握ったところで、ますます問題は解決しない。

彼らに官僚を制御する力がないだけでなく、そもそも彼らは「敵は官僚ではなく安倍政権」とみて問題を追及してきた。

初めから、戦う相手を間違えているのである。 

ある野党議員は前財務省理財局長の佐川宣寿氏が国会で証言する前、テレビカメラの前で「佐川さんにがんばってほしい」と語っていた。

彼女は佐川氏を味方に付ければ、政権の疑惑を明らかにできると思っていたのだろう。

加計学園問題で前文部科学事務次官の前川喜平氏が「総理の意向」メモに同調する証言をした例に味をしめて「二匹目のドジョウ」を狙ったのだ。 

政権打倒を目指すあまり、文書改ざん事件で佐川氏の果たした役割や、天下り問題で責任を追及され辞職した前川氏の過去を都合よく棚上げしている。

それほど官僚に甘い野党が「官僚の規律回復」などできるわけがない。

彼らが政権を握れば、官僚はますます野放図になるだけだ。

官僚を制御するどころか、官僚の手のひらの上で転がされて失敗した民主党政権の教訓から何も学んでいない。 

一部マスコミも似たようなものだ。

彼らは安倍政権打倒を目的にしているために、本来の真相解明どころか、逆に真相を歪めて報じる結果になった。

たとえば、森友問題で当初、安倍政権が関与した傍証であるかのように報じられた「特例取引」の真相は何だったか。 

なんのことはない。「十年間貸付後の売却」という契約が通達で定められた「特例処理」だった。

安倍首相が手続きを歪めたのではなく、逆に特例処理こそが適正だったのである。

「特例」という言葉を、首相が関与したかのような印象操作に便ったのだ。 

加計問題でも「本件は首相案件」という愛媛県職員の備忘録メモを根拠に「首相の関与」を印象付けようとした。

だが、そもそも国家戦略特区という政策自体が安倍政権肝いりの政策である。

特区を認定する国家戦略特区諮問会議の議長は首相だ。

つまり、特区は最初から「首相案件」なのだ。

安倍首相が「総理の立場を利用して加計学園に特別な便宜を図った」わけではまったくない。 

世界に目を転じれば、朝鮮半島情勢は言うに及ばず、米国のトランプ政権が招いた勃発寸前の米中貿易戦争など、通商面でも大激震が続いている。

国の平和と安全、繁栄、それに北朝鮮に残された日本人拉致被害者をどう取り戻すか、はまさに「日本がトランプ政権にどう向き合うか」にかかっている。 

幸い、印象操作による追及は息切れ感が出てきた。

ここは安倍政権の踏ん張りどころである。

ジャーナリスト。1953年、干葉県生まれ。慶應義塾大学経済学部卒。ジョンズ・ホプキンス大学高等国際問題研究大学院(SA-S)卒。東京新聞論説委員などを経て2018年に中日新聞社を退社。著書に山本七平賞を受賞した『日本国の正体』(講談社)など多数。


だからといって、政権を倒せば、官僚の規律が回復するのか。真の問題はここだ。

2018年04月28日 09時30分15秒 | 日記

以下は前章の加地伸行氏に続いて掲載されている長谷川幸洋氏の連載コラムからである。

真相を歪めて放送する野党と一部マスコミ

安倍晋三政権が森友学園や陸上自衛隊のイラク派・遣日報、さらに加計学園問題をめぐつて、野党や一部マスコミから執拗な攻撃にさらされている。 

指摘された問題のほとんどは政権というより、官僚の問題である。

にもかかわらず、野党や一部マスコミは「安倍政権打倒」を目指して、追及の矛先を政権そのものに向けてきた。 

残念ながら、というより当然なのだが、彼らの試みは失敗しつつある。

追及すればするほど真実が明るみに出て、結果として安倍首相の潔白が証明されていった。

一方で、規律意識を欠いた官僚たちの堕落ぶりが白日の下に晒されてしまったのだ。 

たとえば、森友問題では財務省理財局による文書改ざんだけでなく、近畿財務局が森友側にゴミ撤去をめぐって「口裏合わせ」を依頼したり、ゴミの量を水増しして撤去費用を見積もるように国土交通省大阪航空局に依頼していた疑いが出ている。

こんな細かい話に政権中枢が関わるわけがない。

まさに現場に携わる官僚の所業である。 

野党や一部マスコミのロジックは、次のようだ。

「官僚が文書を改ざんしたり隠したりするのは、安倍首相におもねっているからだ。官邸の指示がなかったとしても、官僚は忖度している。そもそも官僚の不祥事は行政府を統括する政権の不祥事ではないか」。 

まず、「官僚がおもねっている」とか忖度の有無などは、そもそも議論に値しない。

「忖度する官僚もいれば、しない官僚もいる」という話にすぎない。

国民は分かっている。

そんな話で政権を批判しても、野党や記者のお粗末さがバレるだけだ。 

官僚の不祥事は政権の不祥事なのか。

タテマエはその通りである。

だからといって、政権を倒せば、官僚の規律が回復するのか。

真の問題はここだ。

私の答えを先に言えば、安倍政権を倒したところで官僚の規律は回復しない。

それほど腐敗は進んでいた。 

さらに野党が政権を握ったところで、ますます問題は解決しない。

彼らに官僚を制御する力がないだけでなく、そもそも彼らは「敵は官僚ではなく安倍政権」とみて問題を追及してきた。

初めから、戦う相手を間違えているのである。 

ある野党議員は前財務省理財局長の佐川宣寿氏が国会で証言する前、テレビカメラの前で「佐川さんにがんばってほしい」と語っていた。

彼女は佐川氏を味方に付ければ、政権の疑惑を明らかにできると思っていたのだろう。

加計学園問題で前文部科学事務次官の前川喜平氏が「総理の意向」メモに同調する証言をした例に味をしめて「二匹目のドジョウ」を狙ったのだ。 

政権打倒を目指すあまり、文書改ざん事件で佐川氏の果たした役割や、天下り問題で責任を追及され辞職した前川氏の過去を都合よく棚上げしている。

それほど官僚に甘い野党が「官僚の規律回復」などできるわけがない。

彼らが政権を握れば、官僚はますます野放図になるだけだ。

官僚を制御するどころか、官僚の手のひらの上で転がされて失敗した民主党政権の教訓から何も学んでいない。 

一部マスコミも似たようなものだ。

彼らは安倍政権打倒を目的にしているために、本来の真相解明どころか、逆に真相を歪めて報じる結果になった。

たとえば、森友問題で当初、安倍政権が関与した傍証であるかのように報じられた「特例取引」の真相は何だったか。 

なんのことはない。「十年間貸付後の売却」という契約が通達で定められた「特例処理」だった。

安倍首相が手続きを歪めたのではなく、逆に特例処理こそが適正だったのである。

「特例」という言葉を、首相が関与したかのような印象操作に便ったのだ。 

加計問題でも「本件は首相案件」という愛媛県職員の備忘録メモを根拠に「首相の関与」を印象付けようとした。

だが、そもそも国家戦略特区という政策自体が安倍政権肝いりの政策である。

特区を認定する国家戦略特区諮問会議の議長は首相だ。

つまり、特区は最初から「首相案件」なのだ。

安倍首相が「総理の立場を利用して加計学園に特別な便宜を図った」わけではまったくない。 

世界に目を転じれば、朝鮮半島情勢は言うに及ばず、米国のトランプ政権が招いた勃発寸前の米中貿易戦争など、通商面でも大激震が続いている。

国の平和と安全、繁栄、それに北朝鮮に残された日本人拉致被害者をどう取り戻すか、はまさに「日本がトランプ政権にどう向き合うか」にかかっている。 

幸い、印象操作による追及は息切れ感が出てきた。

ここは安倍政権の踏ん張りどころである。

ジャーナリスト。1953年、干葉県生まれ。慶應義塾大学経済学部卒。ジョンズ・ホプキンス大学高等国際問題研究大学院(SA-S)卒。東京新聞論説委員などを経て2018年に中日新聞社を退社。著書に山本七平賞を受賞した『日本国の正体』(講談社)など多数。


「忖度する官僚もいれば、しない官僚もいる」という話にすぎない。国民は分かっている。

2018年04月28日 09時28分37秒 | 日記

以下は前章の加地伸行氏に続いて掲載されている長谷川幸洋氏の連載コラムからである。

真相を歪めて放送する野党と一部マスコミ

安倍晋三政権が森友学園や陸上自衛隊のイラク派・遣日報、さらに加計学園問題をめぐつて、野党や一部マスコミから執拗な攻撃にさらされている。 

指摘された問題のほとんどは政権というより、官僚の問題である。

にもかかわらず、野党や一部マスコミは「安倍政権打倒」を目指して、追及の矛先を政権そのものに向けてきた。 

残念ながら、というより当然なのだが、彼らの試みは失敗しつつある。

追及すればするほど真実が明るみに出て、結果として安倍首相の潔白が証明されていった。

一方で、規律意識を欠いた官僚たちの堕落ぶりが白日の下に晒されてしまったのだ。 

たとえば、森友問題では財務省理財局による文書改ざんだけでなく、近畿財務局が森友側にゴミ撤去をめぐって「口裏合わせ」を依頼したり、ゴミの量を水増しして撤去費用を見積もるように国土交通省大阪航空局に依頼していた疑いが出ている。

こんな細かい話に政権中枢が関わるわけがない。

まさに現場に携わる官僚の所業である。 

野党や一部マスコミのロジックは、次のようだ。

「官僚が文書を改ざんしたり隠したりするのは、安倍首相におもねっているからだ。官邸の指示がなかったとしても、官僚は忖度している。そもそも官僚の不祥事は行政府を統括する政権の不祥事ではないか」。 

まず、「官僚がおもねっている」とか忖度の有無などは、そもそも議論に値しない。

「忖度する官僚もいれば、しない官僚もいる」という話にすぎない。

国民は分かっている。

そんな話で政権を批判しても、野党や記者のお粗末さがバレるだけだ。 

官僚の不祥事は政権の不祥事なのか。

タテマエはその通りである。

だからといって、政権を倒せば、官僚の規律が回復するのか。

真の問題はここだ。

私の答えを先に言えば、安倍政権を倒したところで官僚の規律は回復しない。

それほど腐敗は進んでいた。 

さらに野党が政権を握ったところで、ますます問題は解決しない。

彼らに官僚を制御する力がないだけでなく、そもそも彼らは「敵は官僚ではなく安倍政権」とみて問題を追及してきた。

初めから、戦う相手を間違えているのである。 

ある野党議員は前財務省理財局長の佐川宣寿氏が国会で証言する前、テレビカメラの前で「佐川さんにがんばってほしい」と語っていた。

彼女は佐川氏を味方に付ければ、政権の疑惑を明らかにできると思っていたのだろう。

加計学園問題で前文部科学事務次官の前川喜平氏が「総理の意向」メモに同調する証言をした例に味をしめて「二匹目のドジョウ」を狙ったのだ。 

政権打倒を目指すあまり、文書改ざん事件で佐川氏の果たした役割や、天下り問題で責任を追及され辞職した前川氏の過去を都合よく棚上げしている。

それほど官僚に甘い野党が「官僚の規律回復」などできるわけがない。

彼らが政権を握れば、官僚はますます野放図になるだけだ。

官僚を制御するどころか、官僚の手のひらの上で転がされて失敗した民主党政権の教訓から何も学んでいない。 

一部マスコミも似たようなものだ。

彼らは安倍政権打倒を目的にしているために、本来の真相解明どころか、逆に真相を歪めて報じる結果になった。たとえば、森友問題で当初、安倍政権が関与した傍証であるかのように報じられた「特例取引」の真相は何だったか。 

なんのことはない。「十年間貸付後の売却」という契約が通達で定められた「特例処理」だった。

安倍首相が手続きを歪めたのではなく、逆に特例処理こそが適正だったのである。

「特例」という言葉を、首相が関与したかのような印象操作に便ったのだ。 

加計問題でも「本件は首相案件」という愛媛県職員の備忘録メモを根拠に「首相の関与」を印象付けようとした。

だが、そもそも国家戦略特区という政策自体が安倍政権肝いりの政策である。

特区を認定する国家戦略特区諮問会議の議長は首相だ。

つまり、特区は最初から「首相案件」なのだ。

安倍首相が「総理の立場を利用して加計学園に特別な便宜を図った」わけではまったくない。 

世界に目を転じれば、朝鮮半島情勢は言うに及ばず、米国のトランプ政権が招いた勃発寸前の米中貿易戦争など、通商面でも大激震が続いている。

国の平和と安全、繁栄、それに北朝鮮に残された日本人拉致被害者をどう取り戻すか、はまさに「日本がトランプ政権にどう向き合うか」にかかっている。 

幸い、印象操作による追及は息切れ感が出てきた。

ここは安倍政権の踏ん張りどころである。

ジャーナリスト。1953年、干葉県生まれ。慶應義塾大学経済学部卒。ジョンズ・ホプキンス大学高等国際問題研究大学院(SA-S)卒。東京新聞論説委員などを経て2018年に中日新聞社を退社。著書に山本七平賞を受賞した『日本国の正体』(講談社)など多数。


まず、「官僚がおもねっている」とか忖度の有無などは、そもそも議論に値しない。

2018年04月28日 09時26分47秒 | 日記

以下は前章の加地伸行氏に続いて掲載されている長谷川幸洋氏の連載コラムからである。

真相を歪めて放送する野党と一部マスコミ

安倍晋三政権が森友学園や陸上自衛隊のイラク派・遣日報、さらに加計学園問題をめぐつて、野党や一部マスコミから執拗な攻撃にさらされている。 

指摘された問題のほとんどは政権というより、官僚の問題である。

にもかかわらず、野党や一部マスコミは「安倍政権打倒」を目指して、追及の矛先を政権そのものに向けてきた。 

残念ながら、というより当然なのだが、彼らの試みは失敗しつつある。

追及すればするほど真実が明るみに出て、結果として安倍首相の潔白が証明されていった。

一方で、規律意識を欠いた官僚たちの堕落ぶりが白日の下に晒されてしまったのだ。 

たとえば、森友問題では財務省理財局による文書改ざんだけでなく、近畿財務局が森友側にゴミ撤去をめぐって「口裏合わせ」を依頼したり、ゴミの量を水増しして撤去費用を見積もるように国土交通省大阪航空局に依頼していた疑いが出ている。

こんな細かい話に政権中枢が関わるわけがない。

まさに現場に携わる官僚の所業である。 

野党や一部マスコミのロジックは、次のようだ。

「官僚が文書を改ざんしたり隠したりするのは、安倍首相におもねっているからだ。官邸の指示がなかったとしても、官僚は忖度している。そもそも官僚の不祥事は行政府を統括する政権の不祥事ではないか」。 

まず、「官僚がおもねっている」とか忖度の有無などは、そもそも議論に値しない。

「忖度する官僚もいれば、しない官僚もいる」という話にすぎない。

国民は分かっている。

そんな話で政権を批判しても、野党や記者のお粗末さがバレるだけだ。 

官僚の不祥事は政権の不祥事なのか。

タテマエはその通りである。

だからといって、政権を倒せば、官僚の規律が回復するのか。

真の問題はここだ。

私の答えを先に言えば、安倍政権を倒したところで官僚の規律は回復しない。

それほど腐敗は進んでいた。 

さらに野党が政権を握ったところで、ますます問題は解決しない。

彼らに官僚を制御する力がないだけでなく、そもそも彼らは「敵は官僚ではなく安倍政権」とみて問題を追及してきた。

初めから、戦う相手を間違えているのである。 

ある野党議員は前財務省理財局長の佐川宣寿氏が国会で証言する前、テレビカメラの前で「佐川さんにがんばってほしい」と語っていた。

彼女は佐川氏を味方に付ければ、政権の疑惑を明らかにできると思っていたのだろう。

加計学園問題で前文部科学事務次官の前川喜平氏が「総理の意向」メモに同調する証言をした例に味をしめて「二匹目のドジョウ」を狙ったのだ。 

政権打倒を目指すあまり、文書改ざん事件で佐川氏の果たした役割や、天下り問題で責任を追及され辞職した前川氏の過去を都合よく棚上げしている。

それほど官僚に甘い野党が「官僚の規律回復」などできるわけがない。

彼らが政権を握れば、官僚はますます野放図になるだけだ。

官僚を制御するどころか、官僚の手のひらの上で転がされて失敗した民主党政権の教訓から何も学んでいない。 一部マスコミも似たようなものだ。

彼らは安倍政権打倒を目的にしているために、本来の真相解明どころか、逆に真相を歪めて報じる結果になった。たとえば、森友問題で当初、安倍政権が関与した傍証であるかのように報じられた「特例取引」の真相は何だったか。 

なんのことはない。「十年間貸付後の売却」という契約が通達で定められた「特例処理」だった。

安倍首相が手続きを歪めたのではなく、逆に特例処理こそが適正だったのである。

「特例」という言葉を、首相が関与したかのような印象操作に便ったのだ。 

加計問題でも「本件は首相案件」という愛媛県職員の備忘録メモを根拠に「首相の関与」を印象付けようとした。

だが、そもそも国家戦略特区という政策自体が安倍政権肝いりの政策である。

特区を認定する国家戦略特区諮問会議の議長は首相だ。

つまり、特区は最初から「首相案件」なのだ。

安倍首相が「総理の立場を利用して加計学園に特別な便宜を図った」わけではまったくない。 

世界に目を転じれば、朝鮮半島情勢は言うに及ばず、米国のトランプ政権が招いた勃発寸前の米中貿易戦争など、通商面でも大激震が続いている。

国の平和と安全、繁栄、それに北朝鮮に残された日本人拉致被害者をどう取り戻すか、はまさに「日本がトランプ政権にどう向き合うか」にかかっている。 

幸い、印象操作による追及は息切れ感が出てきた。

ここは安倍政権の踏ん張りどころである。

ジャーナリスト。1953年、干葉県生まれ。慶應義塾大学経済学部卒。ジョンズ・ホプキンス大学高等国際問題研究大学院(SA-S)卒。東京新聞論説委員などを経て2018年に中日新聞社を退社。著書に山本七平賞を受賞した『日本国の正体』(講談社)など多数。


にもかかわらず、野党や一部マスコミは「安倍政権打倒」を目指して、追及の矛先を政権そのものに向けてきた。

2018年04月28日 09時24分41秒 | 日記

以下は前章の加地伸行氏に続いて掲載されている長谷川幸洋氏の連載コラムからである。

真相を歪めて放送する野党と一部マスコミ

安倍晋三政権が森友学園や陸上自衛隊のイラク派・遣日報、さらに加計学園問題をめぐつて、野党や一部マスコミから執拗な攻撃にさらされている。 

指摘された問題のほとんどは政権というより、官僚の問題である。

にもかかわらず、野党や一部マスコミは「安倍政権打倒」を目指して、追及の矛先を政権そのものに向けてきた。 

残念ながら、というより当然なのだが、彼らの試みは失敗しつつある。

追及すればするほど真実が明るみに出て、結果として安倍首相の潔白が証明されていった。

一方で、規律意識を欠いた官僚たちの堕落ぶりが白日の下に晒されてしまったのだ。 

たとえば、森友問題では財務省理財局による文書改ざんだけでなく、近畿財務局が森友側にゴミ撤去をめぐって「口裏合わせ」を依頼したり、ゴミの量を水増しして撤去費用を見積もるように国土交通省大阪航空局に依頼していた疑いが出ている。

こんな細かい話に政権中枢が関わるわけがない。

まさに現場に携わる官僚の所業である。 

野党や一部マスコミのロジックは、次のようだ。

「官僚が文書を改ざんしたり隠したりするのは、安倍首相におもねっているからだ。官邸の指示がなかったとしても、官僚は忖度している。そもそも官僚の不祥事は行政府を統括する政権の不祥事ではないか」。 

まず、「官僚がおもねっている」とか忖度の有無などは、そもそも議論に値しない。

「忖度する官僚もいれば、しない官僚もいる」という話にすぎない。

国民は分かっている。

そんな話で政権を批判しても、野党や記者のお粗末さがバレるだけだ。 

官僚の不祥事は政権の不祥事なのか。

タテマエはその通りである。

だからといって、政権を倒せば、官僚の規律が回復するのか。

真の問題はここだ。

私の答えを先に言えば、安倍政権を倒したところで官僚の規律は回復しない。

それほど腐敗は進んでいた。 

さらに野党が政権を握ったところで、ますます問題は解決しない。

彼らに官僚を制御する力がないだけでなく、そもそも彼らは「敵は官僚ではなく安倍政権」とみて問題を追及してきた。

初めから、戦う相手を間違えているのである。 

ある野党議員は前財務省理財局長の佐川宣寿氏が国会で証言する前、テレビカメラの前で「佐川さんにがんばってほしい」と語っていた。

彼女は佐川氏を味方に付ければ、政権の疑惑を明らかにできると思っていたのだろう。

加計学園問題で前文部科学事務次官の前川喜平氏が「総理の意向」メモに同調する証言をした例に味をしめて「二匹目のドジョウ」を狙ったのだ。 

政権打倒を目指すあまり、文書改ざん事件で佐川氏の果たした役割や、天下り問題で責任を追及され辞職した前川氏の過去を都合よく棚上げしている。

それほど官僚に甘い野党が「官僚の規律回復」などできるわけがない。

彼らが政権を握れば、官僚はますます野放図になるだけだ。

官僚を制御するどころか、官僚の手のひらの上で転がされて失敗した民主党政権の教訓から何も学んでいない。 一部マスコミも似たようなものだ。

彼らは安倍政権打倒を目的にしているために、本来の真相解明どころか、逆に真相を歪めて報じる結果になった。たとえば、森友問題で当初、安倍政権が関与した傍証であるかのように報じられた「特例取引」の真相は何だったか。 

なんのことはない。「十年間貸付後の売却」という契約が通達で定められた「特例処理」だった。

安倍首相が手続きを歪めたのではなく、逆に特例処理こそが適正だったのである。

「特例」という言葉を、首相が関与したかのような印象操作に便ったのだ。 

加計問題でも「本件は首相案件」という愛媛県職員の備忘録メモを根拠に「首相の関与」を印象付けようとした。

だが、そもそも国家戦略特区という政策自体が安倍政権肝いりの政策である。

特区を認定する国家戦略特区諮問会議の議長は首相だ。

つまり、特区は最初から「首相案件」なのだ。

安倍首相が「総理の立場を利用して加計学園に特別な便宜を図った」わけではまったくない。 

世界に目を転じれば、朝鮮半島情勢は言うに及ばず、米国のトランプ政権が招いた勃発寸前の米中貿易戦争など、通商面でも大激震が続いている。

国の平和と安全、繁栄、それに北朝鮮に残された日本人拉致被害者をどう取り戻すか、はまさに「日本がトランプ政権にどう向き合うか」にかかっている。 

幸い、印象操作による追及は息切れ感が出てきた。

ここは安倍政権の踏ん張りどころである。

ジャーナリスト。1953年、干葉県生まれ。慶應義塾大学経済学部卒。ジョンズ・ホプキンス大学高等国際問題研究大学院(SA-S)卒。東京新聞論説委員などを経て2018年に中日新聞社を退社。著書に山本七平賞を受賞した『日本国の正体』(講談社)など多数。


真の絶望をしたことのない者が軽々と絶望について書き、研究者の在りかたが分っていない俗論を書き…それで一丁上りの 

2018年04月28日 09時11分30秒 | 日記

以下は4/26に発売された月刊誌WiLLの巻頭を飾る加地伸行氏の連載コラムからである。

朝日新聞などを購読しNHKなどのテレビ局の報道番組やワイドショーだけを見ている中高年…情報弱者と定義されている人たちこそが読まなければならない月刊誌群の一冊なのだが。

日本国民全員が必読の論文が満載されていて、たったの840円なのである。

読者は知己にも声をかけて最寄りの書店に購読に向かうべきである。

何故なら、そうしない限り、日本は日本以外の他国ならスパイと定義されるような国会議員たちや日本に対する敵性国家の工作員たちの細胞となっているジャーナリストや言論人と称する人間たちによって、日本を貶め国際社会における日本の存在感を低下させ日本国民の信用と名誉を棄損する反日プロパガンダに与する恥ずべき日本人=売国奴、或いは、国賊としての日本人になるだけだからである。

老生、人間ができておらぬ小人ゆえ、他人の悪口を言ったり聞いたりするのが大好き。 

と言うことからであろう、老生に書評をと言う仕事は、まず来ない。

常識的には、その本について、二分貶して、八分褒めるというあたりが最善の書評。それがまあ正続か。 

しかし、老生は世の健全な(つまりは退屈な)教育的な(つまりは洗脳的な)筆運びをしない(つまりはできない)崩れ者なので、書評などさせたりしたら、あぶない、あぶない。

それで老生には声がかからないのであろう。 

ならばと、いつもの悪い癖で、勝手に書評をいたしたい。

もっとも、なんの縁もない本を取りあげることにして、新聞広告からいい加減に選び出した。

と言うものの、でかでかと大広告で目に入ったというだけの理由。

出版社・著者ともに無縁。

もちろん、書店に行って代金は自腹。 

その書名は『極上の孤独』、著者は下重暁子。

もちろんどんな経歴の人か知らなかった。

読了後の感想―駄本、それも天下の駄本と言ってよい。そのわけは以下。 

著者の下重某は、同書全般、孤独、孤独と言い続けているが、その経歴上、何の苦労もしていない。

それこそ泥の中を這いずり回るような苦しみなど、何もない。

社会的にも金銭的にも何の苦労もしていない。

それでよく孤独と言えたものだ。 

孤独を実感する最大のものは、もちろん絶望である。

では下重某はどんな絶望を経験したのかと言うと、失恋である。

「十年間惚れぬいた男性との別れが訪れ……タクシーで帰る間……私の目から涙が流れ続けた」と記す。 

なんじゃこれと思った。

下重某は、文中、「つれあい」と称し今は別のオッサンと同居している。

そのオッサン、気の毒じゃのう。

「一生に一度の恋」をした後、このオッサンと同居したはいいが、心はあっち。

となるとオッサンこそ孤独じゃのう。よく同居できるわ。

ふつうの神経なら、十年も関係のあった男の話など今の男には〈言わぬが花〉―それが教養と言うものじゃがのう。 

さきほどの引用文、その流した涙をこう形容している。

「体内にある水分が全て流れ出たかのように……」と。

なんという散文的な描写であることか。

生物の講義みたい。

文才はまったくない。

こういうときは、例えば、『土佐日記』でも引いて、「行く人もとまるも袖の涙川」とかな。 

また、下重某、人生の真剣勝負を知らない。 

「仕事柄、学者にインタビューすることが多かったが、東大をはじめとする優秀な学者には、自分の専門以外、何の話題もなく、つまらぬ人が多かった」と述べる。

思わずおいおいと言ったわな。

研究者は、その専門に徹することに生命を燃やしているのだ。専門のみを知り、その他は知らない、それこそ真の学者なのである。

常に真剣勝負をしているならば、専門以外のことなど知る暇はないわな。 

テレビを観るがいい、なんとか大学教授と称してあれこれ時の話題を知ったかぶりして言っているのがよくいるが、おそらく研究などしたことのない連中だろう。

研究に専念しているならば、ことばを慎むからである。

それが教養人である。 

と書き出してゆくと、同書と同じくらいの分量の批判となろうから、この辺で。 

真の絶望をしたことのない者が軽々と絶望について書き、研究者の在りかたが分っていない俗論を書き…それで一丁上りのこの種の安物刊行―ところが下重某は日本ペンクラブの副会長とある。

同クラブも大したことのない組織と見た。 

読了した同書、何の価値も見出せないので、捨てることにした。

今や、一冊でも蔵書から減らすことに専念の終活の老生、書評などという無縁な話に手を出したこと、後悔後悔。 古人曰く、噫、斗しょうの人(小さな器分程度の凡才)〔に対しては〕、何ぞ算ふる〔評価する〕に足らん、と。


研究者は、その専門に徹することに生命を燃やしているのだ。専門のみを知り、その他は知らない、それこそ真の学者なので

2018年04月28日 09時08分58秒 | 日記

以下は4/26に発売された月刊誌WiLLの巻頭を飾る加地伸行氏の連載コラムからである。

朝日新聞などを購読しNHKなどのテレビ局の報道番組やワイドショーだけを見ている中高年…情報弱者と定義されている人たちこそが読まなければならない月刊誌群の一冊なのだが。

日本国民全員が必読の論文が満載されていて、たったの840円なのである。

読者は知己にも声をかけて最寄りの書店に購読に向かうべきである。

何故なら、そうしない限り、日本は日本以外の他国ならスパイと定義されるような国会議員たちや日本に対する敵性国家の工作員たちの細胞となっているジャーナリストや言論人と称する人間たちによって、日本を貶め国際社会における日本の存在感を低下させ日本国民の信用と名誉を棄損する反日プロパガンダに与する恥ずべき日本人=売国奴、或いは、国賊としての日本人になるだけだからである。

老生、人間ができておらぬ小人ゆえ、他人の悪口を言ったり聞いたりするのが大好き。 

と言うことからであろう、老生に書評をと言う仕事は、まず来ない。

常識的には、その本について、二分貶して、八分褒めるというあたりが最善の書評。それがまあ正続か。 

しかし、老生は世の健全な(つまりは退屈な)教育的な(つまりは洗脳的な)筆運びをしない(つまりはできない)崩れ者なので、書評などさせたりしたら、あぶない、あぶない。

それで老生には声がかからないのであろう。 

ならばと、いつもの悪い癖で、勝手に書評をいたしたい。

もっとも、なんの縁もない本を取りあげることにして、新聞広告からいい加減に選び出した。

と言うものの、でかでかと大広告で目に入ったというだけの理由。

出版社・著者ともに無縁。

もちろん、書店に行って代金は自腹。 

その書名は『極上の孤独』、著者は下重暁子。

もちろんどんな経歴の人か知らなかった。

読了後の感想―駄本、それも天下の駄本と言ってよい。そのわけは以下。 

著者の下重某は、同書全般、孤独、孤独と言い続けているが、その経歴上、何の苦労もしていない。

それこそ泥の中を這いずり回るような苦しみなど、何もない。

社会的にも金銭的にも何の苦労もしていない。

それでよく孤独と言えたものだ。 

孤独を実感する最大のものは、もちろん絶望である。

では下重某はどんな絶望を経験したのかと言うと、失恋である。

「十年間惚れぬいた男性との別れが訪れ……タクシーで帰る間……私の目から涙が流れ続けた」と記す。 

なんじゃこれと思った。

下重某は、文中、「つれあい」と称し今は別のオッサンと同居している。

そのオッサン、気の毒じゃのう。

「一生に一度の恋」をした後、このオッサンと同居したはいいが、心はあっち。

となるとオッサンこそ孤独じゃのう。よく同居できるわ。

ふつうの神経なら、十年も関係のあった男の話など今の男には〈言わぬが花〉―それが教養と言うものじゃがのう。 

さきほどの引用文、その流した涙をこう形容している。

「体内にある水分が全て流れ出たかのように……」と。

なんという散文的な描写であることか。

生物の講義みたい。

文才はまったくない。

こういうときは、例えば、『土佐日記』でも引いて、「行く人もとまるも袖の涙川」とかな。 

また、下重某、人生の真剣勝負を知らない。 

「仕事柄、学者にインタビューすることが多かったが、東大をはじめとする優秀な学者には、自分の専門以外、何の話題もなく、つまらぬ人が多かった」と述べる。

思わずおいおいと言ったわな。

研究者は、その専門に徹することに生命を燃やしているのだ。専門のみを知り、その他は知らない、それこそ真の学者なのである。

常に真剣勝負をしているならば、専門以外のことなど知る暇はないわな。 

テレビを観るがいい、なんとか大学教授と称してあれこれ時の話題を知ったかぶりして言っているのがよくいるが、おそらく研究などしたことのない連中だろう。

研究に専念しているならば、ことばを慎むからである。

それが教養人である。 

と書き出してゆくと、同書と同じくらいの分量の批判となろうから、この辺で。 

真の絶望をしたことのない者が軽々と絶望について書き、研究者の在りかたが分っていない俗論を書き……それで一丁上りのこの種の安物刊行―ところが下重某は日本ペンクラブの副会長とある。

同クラブも大したことのない組織と見た。 

読了した同書、何の価値も見出せないので、捨てることにした。

今や、一冊でも蔵書から減らすことに専念の終活の老生、書評などという無縁な話に手を出したこと、後悔後悔。 古人曰く、噫、斗しょうの人(小さな器分程度の凡才)〔に対しては〕、何ぞ算ふる〔評価する〕に足らん、と。


他国ならスパイと定義されるような国会議員たちや日本に対する敵性国家の工作員たちの細胞となっているジャーナリストや言論人

2018年04月28日 09時06分33秒 | 日記

以下は4/26に発売された月刊誌WiLLの巻頭を飾る加地伸行氏の連載コラムからである。

朝日新聞などを購読しNHKなどのテレビ局の報道番組やワイドショーだけを見ている中高年…情報弱者と定義されている人たちこそが読まなければならない月刊誌群の一冊なのだが。

日本国民全員が必読の論文が満載されていて、たったの840円なのである。

読者は知己にも声をかけて最寄りの書店に購読に向かうべきである。

何故なら、そうしない限り、日本は日本以外の他国ならスパイと定義されるような国会議員たちや日本に対する敵性国家の工作員たちの細胞となっているジャーナリストや言論人と称する人間たちによって、日本を貶め国際社会における日本の存在感を低下させ日本国民の信用と名誉を棄損する反日プロパガンダに与する恥ずべき日本人=売国奴、或いは、国賊としての日本人になるだけだからである。

老生、人間ができておらぬ小人ゆえ、他人の悪口を言ったり聞いたりするのが大好き。 

と言うことからであろう、老生に書評をと言う仕事は、まず来ない。

常識的には、その本について、二分貶して、八分褒めるというあたりが最善の書評。それがまあ正続か。 

しかし、老生は世の健全な(つまりは退屈な)教育的な(つまりは洗脳的な)筆運びをしない(つまりはできない)崩れ者なので、書評などさせたりしたら、あぶない、あぶない。

それで老生には声がかからないのであろう。 

ならばと、いつもの悪い癖で、勝手に書評をいたしたい。

もっとも、なんの縁もない本を取りあげることにして、新聞広告からいい加減に選び出した。

と言うものの、でかでかと大広告で目に入ったというだけの理由。

出版社・著者ともに無縁。

もちろん、書店に行って代金は自腹。 

その書名は『極上の孤独』、著者は下重暁子。

もちろんどんな経歴の人か知らなかった。

読了後の感想―駄本、それも天下の駄本と言ってよい。そのわけは以下。 

著者の下重某は、同書全般、孤独、孤独と言い続けているが、その経歴上、何の苦労もしていない。

それこそ泥の中を這いずり回るような苦しみなど、何もない。

社会的にも金銭的にも何の苦労もしていない。

それでよく孤独と言えたものだ。 

孤独を実感する最大のものは、もちろん絶望である。

では下重某はどんな絶望を経験したのかと言うと、失恋である。

「十年間惚れぬいた男性との別れが訪れ……タクシーで帰る間……私の目から涙が流れ続けた」と記す。 

なんじゃこれと思った。

下重某は、文中、「つれあい」と称し今は別のオッサンと同居している。

そのオッサン、気の毒じゃのう。

「一生に一度の恋」をした後、このオッサンと同居したはいいが、心はあっち。

となるとオッサンこそ孤独じゃのう。よく同居できるわ。

ふつうの神経なら、十年も関係のあった男の話など今の男には〈言わぬが花〉Iそれが教養と言うものじゃがのう。 さきほどの引用文、その流した涙をこう形容している。

「体内にある水分が全て流れ出たかのように……」と。

なんという散文的な描写であることか。

生物の講義みたい。

文才はまったくない。

こういうときは、例えば、『土佐日記』でも引いて、「行く人もとまるも袖の涙川」とかな。 

また、下重某、人生の真剣勝負を知らない。 

「仕事柄、学者にインタビューすることが多かったが、東大をはじめとする優秀な学者には、自分の専門以外、何の話題もなく、つまらぬ人が多かった」と述べる。

思わずおいおいと言ったわな。

研究者は、その専門に徹することに生命を燃やしているのだ。専門のみを知り、その他は知らない、それこそ真の学者なのである。

常に真剣勝負をしているならば、専門以外のことなど知る暇はないわな。 

テレビを観るがいい、なんとか大学教授と称してあれこれ時の話題を知ったかぶりして言っているのがよくいるが、おそらく研究などしたことのない連中だろう。

研究に専念しているならば、ことばを慎むからである。

それが教養人である。 

と書き出してゆくと、同書と同じくらいの分量の批判となろうから、この辺で。 

真の絶望をしたことのない者が軽々と絶望について書き、研究者の在りかたが分っていない俗論を書き……それで一丁上りのこの種の安物刊行―ところが下重某は日本ペンクラブの副会長とある。

同クラブも大したことのない組織と見た。 

読了した同書、何の価値も見出せないので、捨てることにした。

今や、一冊でも蔵書から減らすことに専念の終活の老生、書評などという無縁な話に手を出したこと、後悔後悔。 古人曰く、噫、斗しょうの人(小さな器分程度の凡才)〔に対しては〕、何ぞ算ふる〔評価する〕に足らん、と。


Korea Utara berkata pada mulanya,

2018年04月28日 09時02分48秒 | 日記

Ia adalah apabila berita melaporkan bahawa Korea Utara dan Korea Selatan memulakan perbincangan pegawai-pegawai peringkat tinggi.
Korea Utara berkata pada mulanya, 'Ia akan melakukan semua perbincangan ini dengan orang ramai.'
Media seperti NHK tidak menyedari apa maksudnya.
Ia tidak terlalu keterlaluan untuk mengatakan bahawa pelaporan mereka hanya cuba untuk membantu Korea Utara = Chongryon dan Korea.
Ini adalah pukulan KO yang dimandikan pada mulanya melawan rejim Moon Jae-in, yang terdiri daripada orang-orang yang datang dengan Korea Utara. 'Jika anda tidak mendengar apa yang kami katakan, kami akan mendedahkan semua yang anda lakukan ...'
Dalam satu perkataan itu, Korea Utara mengadakan inisiatif dalam perbincangan ini, rejim Moon Jae-in di Korea telah didorong ke dalam kedudukan yang ia tidak mempunyai pilihan tetapi hanya menerima. Dengan kata lain, permainan berakhir.
Orang yang berurusan dengan Korea di Jepun dalam perniagaan sepatutnya tidak mempunyai pengalaman yang lebih pahit.
Mereka berkata tiba-tiba perubahan mementingkan diri sendiri pada akhir yang terakhir, tidak lagi dapat kembali. Sekiranya ia perniagaan, pada malam hari kontrak dan pada hari itu, mereka tiba-tiba mengatakan perubahan dalam kandungan.
Banyak syarikat Jepun mempunyai pengalaman untuk berdiri hebat.
Itulah sebabnya syarikat-syarikat Jepun yang besar telah menghindarkan mereka dari penghormatan.
Walau bagaimanapun, semua pengurus PKS dan pelanggan kepada Asahi Shimbun sepatutnya melakukannya, tidak lebih daripada pengalaman yang tidak dapat ditoleransi sekurang-kurangnya sekali.
Orang-orang Semenanjung Korea, itu cara biasa di Korea Utara dan China seperti parti monokrat Parti Komunis secara khusus.


Pohjois-Korea sanoi alussa: "Se tekee kaiken tämän keskustelun yleisön kanssa."

2018年04月28日 09時01分59秒 | 日記

Kun uutiset ilmoittivat, että Pohjois-Korea ja Etelä-Korea alkoivat keskustella korkean tason virkamiehistä.
Pohjois-Korea sanoi alussa: "Se tekee kaiken tämän keskustelun yleisön kanssa."
Media, kuten NHK, eivät huomaa lainkaan, mikä tämä tarkoitti.
Ei ole aivan liioiteltua sanoa, että niiden raportointi vain yrittää miellyttää Pohjois-Koreaa = Chongryonia ja Koreaa.
Tämä oli KO-leima, joka alun perin kylpee Kuun Jae-in -järjes- telmää vastaan, joka koostuu Pohjois-Korean kanssa tulleista ihmisistä. "Jos et kuuntele, mitä sanomme, paljastamme kaiken mitä teet ..."
Tässä yksittäisessä sanak sessa Pohjois-Korea piti aloitetta tässä keskustelussa, Korean kuun Jae-in-järjestelmä ajettiin asemaan, jolla ei ole muuta mahdollisuutta kuin vain hyväksyä. Toisin sanoen peli on ohi.
Ihmisillä, joilla on liiketoimintaa Korean kanssa Japanissa, ei ole ollut enää katkeraa kokemusta.
He sanovat yhtäkkiä itsekkäitä muutoksia viimeisen lopussa, eivätkä enää pystyisi kääntymään takaisin. Jos se on liiketoimintaa, sopimuksen aattona ja päivällä he yhtäkkiä sanovat sisältömuutoksen.
Lukemattomilla japanilaisilla yrityksillä on kokemuksia pysyä kauhistuneena.
Siksi suuret japanilaiset yritykset ovat pitäneet heidät pois kunnioituksesta.
Kaikki pk-yritysten ja Asahi Shimbunin tilaajien olisi kuitenkin pitänyt tehdä niin, ainakaan kerran sietämätöntä kokemusta.
Korean niemimaan kansa, joka on tuttu tapa Pohjois-Koreassa ja Kiinassa, kuten kommunistisen puolueen puolueen monagratiassa.


朝日新聞などを購読しNHKなどのテレビ局の報道番組やワイドショーだけを見ている中高年…情報弱者と定義されている人たち

2018年04月28日 09時01分50秒 | 日記

以下は4/26に発売された月刊誌WiLLの巻頭を飾る加地伸行氏の連載コラムからである。

朝日新聞などを購読しNHKなどのテレビ局の報道番組やワイドショーだけを見ている中高年…情報弱者と定義されている人たちこそが読まなければならない月刊誌群の一冊なのだが。

日本国民全員が必読の論文が満載されていて、たったの840円なのである。

読者は知己にも声をかけて最寄りの書店に購読に向かうべきである。

何故なら、そうしない限り、日本は日本以外の他国ならスパイと定義されるような国会議員たちや日本に対する敵性国家の工作員たちの細胞となっているジャーナリストや言論人と称する人間たちによって、日本を貶め、国際社会における日本の存在感を低下させ、日本国民の信用と名誉を棄損しようする反日プロパガンダに与する、恥ずべき日本人=売国奴、或いは、国賊としての日本人になるだけだからである。

老生、人間ができておらぬ小人ゆえ、他人の悪口を言ったり聞いたりするのが大好き。 

と言うことからであろう、老生に書評をと言う仕事は、まず来ない。

常識的には、その本について、二分貶して、八分褒めるというあたりが最善の書評。それがまあ正続か。 

しかし、老生は世の健全な(つまりは退屈な)教育的な(つまりは洗脳的な)筆運びをしない(つまりはできない)崩れ者なので、書評などさせたりしたら、あぶない、あぶない。

それで老生には声がかからないのであろう。 

ならばと、いつもの悪い癖で、勝手に書評をいたしたい。

もっとも、なんの縁もない本を取りあげることにして、新聞広告からいい加減に選び出した。

と言うものの、でかでかと大広告で目に入ったというだけの理由。

出版社・著者ともに無縁。

もちろん、書店に行って代金は自腹。 

その書名は『極上の孤独』、著者は下重暁子。

もちろんどんな経歴の人か知らなかった。

読了後の感想―駄本、それも天下の駄本と言ってよい。そのわけは以下。 

著者の下重某は、同書全般、孤独、孤独と言い続けているが、その経歴上、何の苦労もしていない。

それこそ泥の中を這いずり回るような苦しみなど、何もない。

社会的にも金銭的にも何の苦労もしていない。

それでよく孤独と言えたものだ。 

孤独を実感する最大のものは、もちろん絶望である。

では下重某はどんな絶望を経験したのかと言うと、失恋である。

「十年間惚れぬいた男性との別れが訪れ……タクシーで帰る間……私の目から涙が流れ続けた」と記す。 

なんじゃこれと思った。

下重某は、文中、「つれあい」と称し今は別のオッサンと同居している。

そのオッサン、気の毒じゃのう。

「一生に一度の恋」をした後、このオッサンと同居したはいいが、心はあっち。

となるとオッサンこそ孤独じゃのう。よく同居できるわ。

ふつうの神経なら、十年も関係のあった男の話など今の男には〈言わぬが花〉Iそれが教養と言うものじゃがのう。 さきほどの引用文、その流した涙をこう形容している。

「体内にある水分が全て流れ出たかのように……」と。

なんという散文的な描写であることか。

生物の講義みたい。

文才はまったくない。

こういうときは、例えば、『土佐日記』でも引いて、「行く人もとまるも袖の涙川」とかな。 

また、下重某、人生の真剣勝負を知らない。 

「仕事柄、学者にインタビューすることが多かったが、東大をはじめとする優秀な学者には、自分の専門以外、何の話題もなく、つまらぬ人が多かった」と述べる。

思わずおいおいと言ったわな。

研究者は、その専門に徹することに生命を燃やしているのだ。専門のみを知り、その他は知らない、それこそ真の学者なのである。

常に真剣勝負をしているならば、専門以外のことなど知る暇はないわな。 

テレビを観るがいい、なんとか大学教授と称してあれこれ時の話題を知ったかぶりして言っているのがよくいるが、おそらく研究などしたことのない連中だろう。

研究に専念しているならば、ことばを慎むからである。

それが教養人である。 

と書き出してゆくと、同書と同じくらいの分量の批判となろうから、この辺で。 

真の絶望をしたことのない者が軽々と絶望について書き、研究者の在りかたが分っていない俗論を書き……それで一丁上りのこの種の安物刊行―ところが下重某は日本ペンクラブの副会長とある。

同クラブも大したことのない組織と見た。 

読了した同書、何の価値も見出せないので、捨てることにした。

今や、一冊でも蔵書から減らすことに専念の終活の老生、書評などという無縁な話に手を出したこと、後悔後悔。 古人曰く、噫、斗しょうの人(小さな器分程度の凡才)〔に対しては〕、何ぞ算ふる〔評価する〕に足らん、と。