以下は今日の産経新聞に掲載された阿比留瑠比の定期連載コラムからである。
本論文も彼が現役最高の記者の一人であることを証明している。
日本国民のみならず世界中の人たちが必読。
6割5分可能性あった北有事
7日に東京都内で開催された第2回「安倍晋三元鎰理の志を継承する集い」の懇親会でのことである。
挨拶に立った河野克俊元統合幕僚長が、2017(平成29)年の北朝鮮危機の際のエピソードを披露した。
同年7月、米国で開かれたシンポジウムに出席するため訪米していた河野氏は急遽、面会を予定していなかったダンフォード米統合参謀本部議長に呼び出され、こう告げられた。
「実は、北朝鮮に対して軍事オプションを取る可能性が高まった。われわれは金正恩朝鮮労働党委員長の居場所を探している」
ダンフォード氏から説明を受けた河野氏は「ある時点で6割5分方、米朝間で戦端が開かれる」と思ったという。
当時、米国が金氏個人を狙った「斬首作戦」から広範囲を攻撃する核兵器使用まであらゆる攻撃を検討していたことは、米政府高官らの回顧録などでも明らかになっている。
緊迫下の解散決断
そんな河野氏が「40年の自衛隊生活で一番緊張している」状態にあったこの年9月、安倍氏は衆院解散・総選挙を決断した。
同月には、北は6回目の核実験も実施しており、河野氏は直感した。
「安倍氏は解散の理由について、消費税の使途変更と北朝鮮対応の2つを挙げたが、私は北朝鮮解散だと思った」
衆院議員の任期は翌平成30年12月までで、このタイミングを逃すと北朝鮮有事の最中に衆院選を強行しなければならなくなるからである。
河野氏はしのんだ。
「安倍氏は決断できる稀有(けう)なリーダーだった」
この頃、訪米してトランプ大統領と会談した安倍氏は帰国後、筆者にこう語っていた。
「金氏はすごく臆病だから自分からは絶対先制攻撃しない。トランプ氏にもそう説明したが、ミサイルも米領グアムの方向には撃たない。米国が戦略爆撃機B52を飛ばしても北は一切反応しない。本格的な挑発はやらないんだ。一方で、米国が来年、先制攻撃をする可能性が出ている」
また、このようにも指摘していた。
「北のミサイル危機は長引く。時間がたてばたつほど問題は深まる」
事態はそこまで緊迫していたのである。
トランプ氏自身も9月の国連総会演説で「防衛を迫られれば、北朝鮮を完全に破壊するより選択肢はなくなる」と明言していた。
また、マティス国防長官も前後して「(南北軍事境界線から50㌔と北に近い)ソウルを重大な危機にさらさずに、北に対して軍事的な対応が可能だ」と警告していた。
不感症のマスコミ
にもかかわらず、この極限の緊張状態にあっても野党もマスコミも鈍感で不感症だった。
例えば朝日新聞や毎日新聞は社説でこう決めつけていた。
「『森友・加計隠し解散』と言われても仕方がない」(9月18日付朝日)
「解散に持ち込むのは、よほど疑惑を隠しておきたいからだろう」(同月19日付毎日)
「『疑惑隠し』の意図があると断じざるを得ない」(同月20日付朝日)
結局、モリカケ問題では安倍氏が隠さなければならない話など何も出てこず、ただの空騒ぎだった。
北危機は、強い圧力に北が米朝首脳会談を望んで回避されたが、日本でも台湾でも韓国でも、極東地域で有事が起きる可能性はこれからも排除できない。
当時の危機感のなさを反省材料とし、9月に予定される自民党総裁選や立憲民主党代表選では、国際問題もぜひ議論してもらいたい。
(論説委員兼政治部編集委員)
2024/7/8 in Akashi