すずりんの日記

動物好き&読書好き集まれ~!

小説「雪の降る光景」第2章12

2006年12月06日 | 小説「雪の降る光景」
 私が入院している2週間の間に、アネットとクラウスが、ボルマンからの偽の報告を受け、病室に駆けつけた。案の定アネットは、ハーシェルの存在さえ知らないままクラウスに肩を抱かれてベッドの端に腰掛けた。
「兄さんたら、全くドジなんだから!研究所の階段から足を滑らせて全身打撲だなんて!」
クラウスは、アネットの肩に手を添えながら優しく微笑んだ。
「そうですよ。あなたらしくもない。」
私は立ったままのクラウスを見上げた。
「これが、君たちの知っている私の姿だよ。」
「何言ってるのよ!他にどんな姿が兄さんにあるって言うのよ!」
「そうですよ。あなたはあなたじゃないですか。」
いや、私はナチスだよ、という言葉が、妙に場違いなような気がした。2人は、「階段から落ちた私」の間抜けな姿に多少苛立ちながらも、たった2週間の入院であることに安心し、30分ほどで帰って行った。
 その後、2日が経って奴がやって来た。ボルマンが置いていった2人の兵士は、隣の部屋にいた。ハーシェルは、ナチ最高幹部の1人である私がいる病室に誰も見張りがいないことに、たぶん何の疑問も感じないだろう。奴は誰の目にも留まらず、誰にも呼び止められずに、1人でこの部屋にやって来る。・・・そう、全て脚本通りだ。
 奴がドアを開け、じっと中を見回している。中は真っ暗だ。奴はすばやく部屋の中に滑り込み、その時無用心にもドアが音を立てて閉まった。奴は少しその音の大きさに驚き、しばらくドアにもたれてじっとしていた。奴が、この時ゲシュタポとして私を殺そうとしていたら、私は兵士を隣室に潜ませ目を閉じて彼を待ったりはしなかっただろう。今のハーシェルは、殺し屋としては失格だ。真暗闇の中で目を閉じて寝た振りをしている私でさえ、奴の気配から、その一挙手一投足が手に取るようにわかる。奴が私のベッドの脇に立ち、再び静止した。そして、食い入るように私を見つめていたかと思うと、突然、何度も何度も深呼吸をし始めた。

(つづく)

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