すずりんの日記

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小説「雪の降る光景」第2章13

2006年12月09日 | 小説「雪の降る光景」
 私は、刺すようなハーシェルの視線を体中に受けながらタイミングを待っていた。深呼吸をしたにも関わらず、奴の息はだんだんと荒くなり、それと同時に刃物のようなものが奴の胸元から顔を出して、暗闇にかすかに光った。
 奴がそれを大きく振り上げ、振り下ろしたその時、私の右手が彼の腕をわしづかみにし、持っていた刃物が宙に止まった。一瞬ハーシェルは、喉元から乾いた音を発し、硬直状態に陥った顔をゆっくりと私の顔に向けた。私が、右手の力を弱めずに目を開き、込み上げてくる笑いに顔をゆがめた時、奴は初めて驚きの声を発した。奴は混乱し、耳をつんざくような声で力任せに私の右手を振り払おうとした。私が、「生死をさまよっている」のではなく、「生きていた」。今のハーシェルには、それがわずかに理解できるだけだった。ただ、ただ、張り詰めていたものが切れた時の反動から生ずる恐怖、それだけだった。
 隣にいた2人の強靭な兵士が、未だにわめき散らしているハーシェルを、いとも簡単に両脇から押さえ、奴を連れ去ろうとしていた。
「私の退院まで牢屋にぶち込んでおけ。」
彼らは短く返事をし、ハーシェルを眉一つ動かさずに連行した。彼らと入れ違いに、ボルマンが病室に入って来た。
「早かったな。」
ハーシェルを見送った後、ボルマンはベッドの横に立ち、満足そうに私を見下ろした。
「何がそんなにうれしいんだ、ボルマン。」
「うれしくないのか?良かったじゃないか、裏切り者が捕まって。」
ボルマンがこれほど早く駆けつけて来たことについての疑問が私の意識に浮かんだが、一瞬のうちにシャボン玉のように消えた。
「ハーシェルをどうする気だ?」
「どうする気、だって?彼は死刑だ。決まってるだろう。」
私が微笑んでボルマンを見上げると、代わりに彼の笑みが消えた。
「どういうことだ?彼は公の軍裁判にかけられて、そして、死刑、だ。例外は無い。」
「ハーシェルは、私が殺す。彼は、ゲシュタポとして私を殺そうとしたのではない。彼は私の古くからの友人だ。彼にふさわしい死に方を知っているのは私しかいない。・・・ボルマン、君が何も言わない限り、総統は何の疑問も言い出したりしない。きっとハーシェルのことなんてすっかり忘れているよ。」
ボルマンは私から視線を外し、しばらく考え込んでいたが反論はしなかった。
「実験に使うのか?」
「あぁ、・・・彼は良いサンプルになるよ。」
「私なら、そんなことはできない。」
ボルマンは目を閉じ、小さく頭を横に振った。
「君は戦争屋じゃない。政治家だからさ。」
私も、ボルマンの真似をして頭を横に振った。


(つづく)

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