昔、ある村に温厚で正直者の老夫婦が住んでいました。この家には一本の不思議な
杖があり、その杖で畑に線を引くと、土がモコモコと盛り上がり、立派なうねができ
るのです。
爺さん:長い冬が終わり、暖かさとともに春の匂いがしてきたな~。この杖で畑の土
起こしをしてくるよ。今年もいよいよ畑作りの準備を始めるぞ。
婆さん:はい、お願いしますよ。その杖のおかげで畑仕事が楽になり助かりますね。
爺さん:そうとも、そうとも。それじゃあ、行ってくるよ。
この老夫婦の隣に佐助という若い男が住んでいました。彼はなまけもののくせに乱
暴なので、村人たちは「サボ助」というあだ名で呼んでいました。毎日ゴロゴロして
ばかりで、ちっとも働かないために畑も山林も荒れ放題です。
ある日、隣のお爺さんの畑仕事を見てびっくりしました。一本の杖で線を引くだけで、
立派なうねが次々とできるのです。サボ助はその杖が欲しくてたまらなくなりました。
サボ助:お~い、爺さん。その杖はたいそう便利だな。俺にも使わせてくれないか。
爺さん:これはダメじゃ。お前さんが使ったって、ただの棒じゃよ。ワシだけが使い
こなせる杖なんじゃ。諦めな。
サボ助:諦めるものか。力ずくでも奪い取ってやる。ヤイよこせ。手を離せ。
爺さん:サボ助、この杖のことは諦めるんじゃ。無理に奪い取ると禍いが降りかかる
ぞ。やめなさい。
サボ助:うるさい、こっちによこせ。俺の方が力持ちだから抵抗しても無駄だ。
エイッ!
こうしてサボ助は無理やりお爺さんから杖を奪い取り、自分の家に持って帰ったので
す。早速、雑草だらけで荒れ果てた自分の畑に出向いて、杖で線を引きました。すると
引いた線に沿って土が盛り上がったのですが、そこからは何と、がれきが次々と出て来
たのです。
サボ助:ヤヤヤッ、これは何だ。畑ががれきだらけでますます荒れてしまった。これで
は何も植えられないぞ。こんな杖は折ってやる。
サボ助は怒って杖を折ろうとしましたが折れません。その代わり、腕に激痛が走り大き
な青あざができました。ますます怒ったサボ助は次にノコギリで切ろうとしましたが歯が
立ちません。その代わり、今度は足に激痛が走ったあと両足がしびれて、しばらくの間、
動けなくなりました。この杖は俺に恨みでもあるのかと激昂したサボ助は杖に火をつけて
燃やそうとしましたが燃えません。その代わり、サボ助の住む母屋から火の手が上がり
家は全焼してしまいました。サボ助はとうとう観念して、老夫婦の家に杖を返しに行く
ことにしました。
サボ助:爺さん、婆さん、俺が悪かった。爺さんが言ったとおり、この杖のせいで、ひ
どい目にあってばかりだ。今日からは納屋で寝起きをしなければいけなくなった。
これ以上この杖を持っていたら、もっとひどい禍いが襲ってきそうだから返すよ。
爺さん:だから言ったじゃないか。実はこの杖はナ、お前の親友だったワシの息子・勘太
の命日に届いたものなんじゃ。その日、勘太が夢に出てきて「不思議な杖を届
けるよ。そのうち必ずサボ助が奪いに来るから、ワザと無理やりに取られるフ
リをして渡してくれ」と言ったんじゃ。目が覚めると枕元にこの杖が置かれて
いたのじゃよ。
サボ助:それじゃ、勘太が死んでからは、何もする気が起きずに仕事をサボっていた俺
を戒めるために、勘太がその杖を送り込んできたというのか。
婆さん:そうなんだよ。あんたがこの杖を欲しがるようにするために、ワザと目につく場
所で爺さんが使っていたんだよ。
サボ助:そんなこととは知らなかったよ。勘太は死んでからも俺のことを心配してくれて
いたのか。勘太、ゴメンな。これからは心を入れ替えて、一所懸命に働くよ。
爺さん:わかってくれたかい。それならば、この杖の役目も終わりじゃな。
サボ助:杖の役目が終わるってどういうこと?
婆さん:「サボ助が改心したら、この杖はただの木の杖に戻る」と勘太が言ったんだそ
うだよ。散歩用の杖に最適だから、私が使わせてもらうね。
そうだ、サボ助。納屋で寝ないで、今夜からは私たちと一緒に暮らさないかい?
サボ助:エッ、いいのかい?それはありがたい。これからは二人を本当の親だと思って、
しっかりと親孝行をさせてもらうよ。勘太、見ててくれよな。俺、頑張るよ。
それからのサボ助は人が変わったように真面目に働き始めました。自分の畑と山林の
手入れだけでなく、老夫婦の畑仕事も引き受けて、毎日毎日、朝から晩まで働き続けた
のです。いつの間にかサボ助と呼ぶ人はいなくなりました。そして、やがて村民の信頼
を得て、立派な村長になりました。
めでたし。めでたし。