すずしろ日誌

介護をテーマにした詩集(じいとんばあ)と、天然な母を題材にしたエッセイ(うちのキヨちゃん)です。ひとりごとも・・・。

祭りの夜

2007-07-27 00:04:25 | むかしむかし
 むかしむかし、あるところに15の娘がおった。名を「きぬ」という。きぬは器量よしの働き者じゃったが、家は貧乏じゃった。
 ある日、きぬは朝からうきうきしておった。その日は田舎のお祭りで、きぬは出掛けるのをとても楽しみにしておったのじゃ。
 ところが、いざ出掛けようとした時、きぬは思いがけず父親に呼び止められた。
 「母ちゃん、子供が産まれそうなんじゃ。今日は家におれ。」
きぬの母はちょうどこの月お産を控えており、この日産気づいたのじゃった。
 きぬは悔しゅうて悔しゅうてならなんだ。何で長女なんかに生まれたんじゃ。年に一度の夏祭りを、こんなに楽しみにしておったのに、何でうちだけ家におらないかんのじゃ。
 程なく、母親は元気な男の子を産んだ。あんなに生まれてくる兄弟に悪態をついたきぬじゃったが、その元気な赤ん坊を見ると、途端に愛しさがこみ上げてきた。それは不思議な感情じゃったそうな。
 きぬは翌年嫁に行き、すぐ子宝に恵まれた。年老いて出産した実家の母は子育てが大変で、きぬは弟を預かっては、自分の娘と一緒に乳を飲ませて育てたのじゃ。それはもう、自分の息子も同然じゃった。そんなきぬに弟は「母ちゃんがええ!姉ちゃんの乳や嫌じゃ。」と言うて困らせたと言う。
 時は流れ、齢90を過ぎたきぬだが、いまだに老いた弟の心配ばかりしており、甘えん坊のままいい爺さんになった弟に
 「姉やんの心配やいらん。」
と悪態をつかれておった。
 祭りの恨み言は、度々話すものじゃから、孫たちもしっておったが、ある日ひとりの孫が聞いてみた。
 「ばあちゃん、そんなに祭りに行きたかったん?そればあ、たのしみなかったん?」
するときぬは少し遠い目をして、ほほを赤らめた。
 「ばあちゃんな、その日初めて好きになった人と、祭りに行く約束しとったんじゃ・・・」
 「あ・・・。」
 それが嫁ぎ先の相手ではないことは明らかじゃった。「家族に恵まれて、うちは本当に幸せ者」が口癖のきぬの、遠い初恋のほろにがい思い出じゃった。

ひさしぶりに「むかしむかし」を書いてみました。勿論実話です。昔は親が決めたところに有無を言わさず嫁にだされたのですね。今のきぬさんは本当に幸せそうですが、いろいろあったのでしょうね・・・。

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2007/7/27の記事
コメント (2)
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