天誅と新選組 野口武彦 新潮新書
幕末文久年間(1861~1863)の尊王派と佐幕派の対立の中で繰り広げられた、暗殺・闇討ち等のテロを取り上げ、それが幕府の威信をどんどん低下させていくさまを描いている。文久年間の政局をリードしたのは公武合体論で、京都朝廷と江戸幕府が協調して内外の難局に当たろうという政治構想である。今まで軽視されてきた天皇の存在が急に浮上してきた時代とも言える。この時代のテロは刀で行われたためにその凄惨さは見るに忍びないものがある。鉄砲の時代を迎える直前の最後の剣術の花道だった。江戸幕府成立後は剣は哲学になったといっても過言ではない。世の中が平和になったので、道場剣術が真っ盛りの時代であった。これが幕末のテロにより、剣は再び実戦として復活したのである。新撰組を初めとして剣戟ものは小説の題材となり、今も人気が高いが、天誅の言葉とともに繰り返される殺人は市民の魂胆を寒からしめるもので、乾いた抒情の社会を現出させた。
このような暴力が日常化する国家は滅亡するしかない。テロによってゆすぶられた江戸幕府は当然のごとく瓦解した。野口氏曰く、「古来どの国でも、テロリストが単独で政治権力を奪取した例は無い。テロそれ自体は決して政権を打倒できない。しかし国家の威信は低下させられ、反テロ政策に奔走することで国家の体力をいちじるしく消耗させられる。例えば現代のアメリカに起きていることがその生きた実例だろう。テロは国家を疲れさせるのである。」と。
歴史は現代を写す鏡。世界各地のテロの様子を見るにつけ、益々この感を深くする。人間は歴史に学ばねばならない。しかし学ぼうとしない。テロ(その最大のものは戦争だが)は許してはならない。殺し合いはもうごめんだ。