野口氏の本はたいてい読んでいるが、いつもその語り口が洒脱なのでフアンが多いと思われる。もともと日本の近代文学の研究者で神戸大文学部の看板教授だった。40年くらい前は小説も書いていたと記憶する。最近は近世歴史家として作家活動に専念している。多くの資料を渉猟して的確な記述をされるので、読んでいて非常に面白い。今回の忠臣蔵については、長年関わってきたテーマゆえに、決定版的要素が大きい。
この忠義の家来が主君の仇打ちをするというのは平和元禄の大事件であった。著者はまずこの時の将軍綱吉についてのエピソードをいろいろ取り上げて、彼の人間性がこの事件に大きく影響していると述べる。時代を仕切る権力者というのはそういう影響力を持つものだが、綱吉は「生類憐みの令」でもわかる通りエキセントリックな将軍であった。側用人の柳澤吉保を登用して政治を任せたが、綱吉は男色癖があり、吉保ともその関係があったという。吉保の異例の出世の背景には男色関係の寵愛があったらしい。この綱吉が吉保と諮って、この事件の処置について浅野内匠頭を切腹とお家断絶、片や吉良上野介はおとがめなしにしたわけだが、この裁定は喧嘩両成敗の原則に反するもので、幕府内でも批判が大きかった。そのために赤穂浪士が討ち入りに踏み切るであろうことを想定して、彼らの活動を阻止しないようにしていった。精妙な微調整をしたと著者は述べている。その一つが吉良上野介の本所賜邸である。上野介の隠居を期に、屋敷替えをさせたのだが、新しい屋敷は用心が悪かった。浪士に討ち入りして下さいというぐらいのレベルだった。ことほど左様に、吉保は裁定の偏りに対する世間の非難をかわして、政権にダメージがないように努力したのだ。
また赤穂浪士の中でも討ち入り賛成派と反対派が混在しており、47人に纏まるまで紆余曲折があった。家老の大石内蔵助最初は浅野家再興を目指して、討ち入りには消極的だったが、急進派の堀部安兵衛らにせっつかれて苦悩する。その苦悩ぶりは現代の中間管理職の苦悩を彷彿とさせて共感を呼ぶ。
また討ち入りの47人の中に「赤穂藩俳人グループ」の中の6人が混じっていたことも紹介されている。その中でリーダー格の大高源五の辞世の句、山を裂く力も折れて松の雪 についての著者のコメントは「仇討ちという目標の成就後、不意に源五に訪れた脱力感が読みとれる」で大高の心情を斟酌したものになっている。また大石内蔵助の 覚悟したほどには濡れぬ時雨かな は吉良家の本家である上杉家が吉良邸に応援に駆けつけなかったことにいたく失望している気配があると読んでいる。浪士たちは上杉勢とも一戦を交えるつもりで武器を準備していたのだ。
その他、この事件に関わった人間それぞれの対応の様子が述べられている。それぞれ向き合った過酷な現実に精いっぱい対処した、そこに忠臣蔵の人気の理由がある。本書は関わった多くの人間を温かい共感のまなざしで見つめ、寄り添っている。是非一読を。
この忠義の家来が主君の仇打ちをするというのは平和元禄の大事件であった。著者はまずこの時の将軍綱吉についてのエピソードをいろいろ取り上げて、彼の人間性がこの事件に大きく影響していると述べる。時代を仕切る権力者というのはそういう影響力を持つものだが、綱吉は「生類憐みの令」でもわかる通りエキセントリックな将軍であった。側用人の柳澤吉保を登用して政治を任せたが、綱吉は男色癖があり、吉保ともその関係があったという。吉保の異例の出世の背景には男色関係の寵愛があったらしい。この綱吉が吉保と諮って、この事件の処置について浅野内匠頭を切腹とお家断絶、片や吉良上野介はおとがめなしにしたわけだが、この裁定は喧嘩両成敗の原則に反するもので、幕府内でも批判が大きかった。そのために赤穂浪士が討ち入りに踏み切るであろうことを想定して、彼らの活動を阻止しないようにしていった。精妙な微調整をしたと著者は述べている。その一つが吉良上野介の本所賜邸である。上野介の隠居を期に、屋敷替えをさせたのだが、新しい屋敷は用心が悪かった。浪士に討ち入りして下さいというぐらいのレベルだった。ことほど左様に、吉保は裁定の偏りに対する世間の非難をかわして、政権にダメージがないように努力したのだ。
また赤穂浪士の中でも討ち入り賛成派と反対派が混在しており、47人に纏まるまで紆余曲折があった。家老の大石内蔵助最初は浅野家再興を目指して、討ち入りには消極的だったが、急進派の堀部安兵衛らにせっつかれて苦悩する。その苦悩ぶりは現代の中間管理職の苦悩を彷彿とさせて共感を呼ぶ。
また討ち入りの47人の中に「赤穂藩俳人グループ」の中の6人が混じっていたことも紹介されている。その中でリーダー格の大高源五の辞世の句、山を裂く力も折れて松の雪 についての著者のコメントは「仇討ちという目標の成就後、不意に源五に訪れた脱力感が読みとれる」で大高の心情を斟酌したものになっている。また大石内蔵助の 覚悟したほどには濡れぬ時雨かな は吉良家の本家である上杉家が吉良邸に応援に駆けつけなかったことにいたく失望している気配があると読んでいる。浪士たちは上杉勢とも一戦を交えるつもりで武器を準備していたのだ。
その他、この事件に関わった人間それぞれの対応の様子が述べられている。それぞれ向き合った過酷な現実に精いっぱい対処した、そこに忠臣蔵の人気の理由がある。本書は関わった多くの人間を温かい共感のまなざしで見つめ、寄り添っている。是非一読を。