読書日記

いろいろな本のレビュー

ヒトラー演説 高田博行 中公新書

2014-09-16 19:58:31 | Weblog
 ヒトラー関係の本は多いが、本書はヒトラーの25年間の演説150万語をデーターベース化して、時系列の中でどのような語を多く使っているかを分析したもので、非常に興味深いものだ。ヒトラーは若いころから弁舌の才能を認められていたが、権力を握ってからはその大げさな身振り手振り、そしてその大きな声で聴衆を熱狂させた事だけが大きく取り上げられているが、本書は演説の内容も分析してその修辞技巧の卓越していることを証明している。
 本書は25年間を、第一章 「ビアホールに響く演説」(1919~1924)第二章「待機する演説」(1925~1928) 第三章「集票する演説」(1928~1932) 第四章「国民を管理する演説」(1933
~1934)第五章「外交する演説」(1935~1939) 第六章「聴衆を失った演説」(1939~1945)の六つに分けてその時期に使用された語彙の傾向を科学的に分析しているのだが、ヒトラーの伝記としても大変よくまとまっており、時代の流れが理解しやすい。
 例えば、第五章「外交する演説」の項では、この時期の演説の重要な概念は「民族、国民」「連帯」「力」「世界」「平和」「抵抗」「未来」で、レトリックでは「対比法」と「平行法」であるという。そして著者は次のように述べる、「最終的な強さというものはそもそも師団や連隊、大砲や戦車の数にあるのではなく、政権にとっての最大の強さは国民自体のなかに、一致団結した国民、内面で連帯した国民、理想を確信した国民のなかにある」。この「AではなくてB」という表現形式の対比法によって、Bのほうに焦点を当てて際立たせている。白黒を明確にする対比法の二項対立の図式は、さまざまにあるはずの可能性を二つだけに局限し、その二つの緊張関係の中で一義的な選択を強制する。その後で「~した国民」という相似的な名詞句が、「国民自体のなかに」あることを解説する目的で平行的に三回用いられている。(以下略)ヒトラーは「バカな聴衆には中身を単純化同じことを繰り返していうことが肝腎だ」といつも側近に言っていたらしい。それを上記のように実践していたのだ。
 私はこの部分を読んで、どこかの国の市長が同じような流儀で演説しているのを思い出した。彼の演説に既視感があったのは、なるほどこういうことだったのかと納得した。もちろん彼がヒトラーをここまで研究していたのならそれはそれで大したものだと感心するが。でも戦況の悪化とともにヒトラーの演説(ラジオ放送)はどんどん空疎になっていき、聴衆からも批判が起こってくる。著者の言葉で言えば、国民を鼓舞できないヒトラー演説、国民が意義を挟むヒトラー演説、そしてヒトラー自身がやる気をなくしたヒトラー演説。これが政権末期の真実なのだ。これでもなおヒトラーをカリスマと思うのはナチのプロパガンダに80年たった今も惑わされているのだということになる。これを肝に銘じて政治家の演説には踊らされないようにしなければ。

日本共産党の深層 大下英治 イースト新書

2014-09-09 19:12:32 | Weblog
 本書の腰巻には 大反響!売り切れ店続出。アマゾンイデオロギー部門第一位 「原発再稼働反対、ブラック企業告発、平和憲法堅持」の共産党が政権を狙う日。〝暗黒日本、戦争への道を許さない〟結党九十一年、「自共対決」の時代へ  というコピーが代々木の共産党本部とマルクスの資本論(岩波書店版)の写真をバックに書かれていて、これだけで読んだ気になる。まるで週刊誌並みだ。最近の共産党の人気は自民党の安部政権に対するアンチテーゼという意味であろうが、昔のイメージからは想像もできない人気ぶりだ。その先駆けとなったのは平成25年7月の第23回参議院議員通常選挙の東京選挙区で吉良よし子氏が当選したことである。腰巻にある公約を掲げて立候補したが、勝手連の活躍もあり大激戦区を勝ち抜いた。
 それ以後、安部内閣の集団的自衛権の行使容認問題もあり、ストッパーとしての共産党の役割が大きくクローズアップされてきた。以前は暴力革命を是認しているのではないかという自民党からの中傷にさらされてきたが、最近は暗いイメージの払拭に努力している様子がうかがえる。とはいえ、テレビ・新聞のアンケートの支持率は2~3%で、とてもじゃないけど自共対決という構図にはなっていない。だが維新や結いのような胡散臭さは無いので、反権力のメンタリティーを持っている人にはアピールするかもしれない。
 本書でも主な共産党員の履歴が紹介されているが、ベテランの松本善明氏が取り上げられていたのが印象的だった。非常に懐かしい人物でかつて田中角栄と張り合ったことが記憶に残っている。著者の人物紹介の特徴は主人公に会話させることで、これによって人となりが浮かび上がる利点がある。講談の「見て来たように嘘をつく」の方法だ。これは有力な方法で、今回は共産党の固いイメージを払拭するのに貢献している。
 昔は共産党の幹部は高学歴で(東大卒が多かった)官僚的なところが欠点として指摘されてきたが、この流れの中で改める度量を見せることが大切だ。とりわけ平和憲法堅持は作家の大江健三郎氏もライフワークにされているので、その辺の連帯も大事かと思われる。

中国の大問題 丹羽宇一郎 PHP新書

2014-09-04 05:24:14 | Weblog
 前中国大使で、もと伊藤忠商事会長の中国論である。氏は民主党政権下で中国大使になったが、この人事は民主党としては数少ない良い人事だったと思う。氏は商社マンとして中国相手に長年商売をした経験を生かして、大使時代も中国全土を駆け回って日中友好のために奔走した。従ってその中国論も経験則に裏打ちされたもので、傾聴すべきものが多い。
 尖閣諸島問題で氏は棚上げ論を提唱したが、それが右派の逆鱗に触れ一部のメディアでは国賊扱いするものもあったが、私は棚上げ論は大人の知恵としてこれに賛成する。この棚上げ論は周恩来や小平が述べた歴史があり、ややこしい領土問題で日中がいらぬ神経を使うことを諌めたものだ。
 あの石原元東京都知事の「尖閣を都が購入する」という発言で中国を刺激し、反日デモが一挙に暴発して日本の国益が大いに損なわれた事は誠に遺憾である。その後野田首相は胡錦濤主席の願いを無視して国有化に踏み切ったが、これも最悪の選択だった。石原知事の策略にまんまと載せられてしまった。領土問題はナショナリズムを喚起する危険なテーマで、日本側の対応は拙速の一語につきる。おかげで日中の軋轢は最悪の状態で、現在に至っている。
 丹羽氏はこの状況を予測し、棚上げ論を唱えたのだが、いかんせんこれを弱腰の非国民という不当な評価を下してしまったメディアが多かった。領土を主張するのは大切だが、長いスパンで戦略を練らないと外交は失敗する。その後、自民党政権になって、安部首相の靖国参拝で、再び関係が悪化した。政治的センスを疑うような暴挙であった。
 このような時、中国をじかに知る丹羽氏の中国論は傾聴に値する。この本が売れているというのは、日中友好を願う人が多いということを証明しているわけで、好ましい傾向だと思う。